第13話ところでスッポンドリンクが渡されるイベントって何?
「よぉ、やっとるかぁー」
俺達が気合いを入れて作業に取り掛かっていると、北見部長が差し入れだと言ってコンビニ袋を幾つも持ってやって来た。
ドサドサとおにぎりや飲み物を机の上に置いていく。四人しかしないのに、これじゃ十人分くらいはある。もう何時間も休み無しで作業していた事もあって、すっかりへとへとになっていた俺達は、北見部長の好意に甘えて休憩する事にした。
「しっかし酷い業者やなぁ、さっき文句言ったろって思って連絡したけど平謝りするばっかで腹立ったから怒鳴りつけてやったわ!」
ガハハと部長は体を仰け反らせて笑うと、自分で買ってきた差し入れに手をつけ出した。本当は自分が食いたいだけだったのでは? と思ったが、普段パワハラ大魔王の割に、こういう時は絶対に部下を責めないのは、なんというか流石だ。逆ギレされた業者はとても気の毒だが。
「すみません……私本当に皆さんに迷惑かけちゃって……」
「かまへんかまへん! 俺も手伝うからな! ほら、おにぎり食って、元気だしぃや〜」
「は、はい……!」
みんなで飲み食いした束の間の休息の後、乙成はようやく元気を取り戻してきた。なんだかんだいって、俺の部署の人達って優しいなぁ。
そして……。
「終わったぁーーー!」
時間は午後十時を回っていた。終電は確実に逃すと思っていたけれど、案外早く終わってよかった。
「滝口、まだ終わってないわよ。これを今から会場まで納品しないといけないんだから」
朝霧さんは長い髪の毛を結び直すと、もう帰り支度をし始めている滝口さんを呼び止めた。
「あ。そうだった。車出さないとっすよね?」
「あぁ、それなら社用車使ったらええで。一台、デッカイやつあったやろ?」
「そうですね、じゃあ滝口! あんた一緒に来て、荷下ろし手伝いなさい!」
「はぁ?! なんでオレなんすか!」
もうすっかり帰れる気分でいた滝口さんが、朝霧さんに食ってかかった。
「あ、俺行きますよ。思ったより早く終わったし」
「えっ、わわ、私が行きますよ! 皆さんに迷惑かけちゃったし」
俺が滝口さんの代わりに手を上げたタイミングで、乙成も自分が一緒に行くと言った。朝霧さんはフンと鼻を鳴らすと、滝口さんの肩に手を置いてもう決定事項だと言わんばかりに滝口さんの顔を覗き込んだ。
「まぁそう言わない! 優しい先輩とドライブよ? 有り難く思いなさい? あんた達二人はもう帰って良いわよ、前田、乙成ちゃんを家まで送ってあげてね? いい?」
「あ、了解っす」
「は?! 前田ぁー! お前、オレを売る気かぁ?! もう風俗連れてってやんねーぞ?!」
「頼んでないからいいっす。お先に失礼します。部長も、お疲れ様でした」
「お疲れやで〜」
乙成は、何度も朝霧さん達に自分も行くと言って聞かなかったが、ここ数日の仕事ぶりを見るに休息が必要であると朝霧さんにしっかり言い聞かされてしまった為、結局根負けして俺と一緒に帰る事になった。
道中、何度も「二人に行かせてしまった事が申し訳ない」と言っていたが、電車に揺られる内に、寝不足と今日の事で相当疲れが溜まっていたのか、いつの間にか俺の隣で寝息をたてていた。
「乙成、降りるぞ」
「ふぁ、ふぁい……」
まだ寝ぼけ眼の乙成を無理矢理電車から引っ張り降ろし、俺達はいつもの夜道を二人並んで歩いた。
「前田さんも、今日は本っっ当にありがとうございました! 前田さんがラストで怒涛の手捌きを見せてくれなかったら、終わっていなかったかもしれません!」
「俺も自分にこんな力があるなんて思わなかったわ。でも、もう徹夜とか無理すんなよ? ちゃんと夜は寝る事!」
「うう……はい。徹夜は週末だけにして、仕事は絶対手を抜かない様にします」
それが果たして良い事なのか良くわからないが、とりあえず乙成は、無理せず程々にやっていく様だ。こうして話している間も、乙成の顔には薄っすら疲労とクマが見てとれる。顔色が悪いのは違う理由だから仕方ないとして、早い所送り届けて休んでもらおう。
「じゃあな、乙成。週末しっかり休んで。また月曜日にな」
「あ! 前田さん、ちょっとご相談が……」
「え? 何?」
「なんていうか、非常に言いにくいのですが、23日って祝日じゃないですか? 今日のお礼もしたいし、翌日のまろ様生誕祭に向けてお料理も大量に作る予定なので、良かったら、うちに来ませんか?」
なんてこった。乙成が家に誘ってきた。恋愛シミュレーションゲーム風に言えば、お家デートイベントだ。どうしよう。ちょっとドキドキする展開とかが起こるやつだ。でも、相手がゾンビの場合のドキドキは、別の意味になりそうだな……。
いや、そもそも乙成とドキドキするイベントが発生するのか? 混乱してきた。一回家に持ち帰りたい所ではあるが、ここで返事しないと印象良くないよな? えー……。
「あのっ! 無理にとは言いません! 来ていただければ、もちろん嬉しいですけど……」
「い、いくよ!」
「え! 本当ですか?!」
俺が意を決して返事をすると、乙成はパァっと花開く様な笑顔を見せて、傍目にもそうと分かるくらいに喜んでいる様だった。
「私、腕によりをかけてお料理作りますね! お腹空かせて来て下さい! そうと決まったら、メニューもう一回練り直さないと! じゃあ前田さん、また月曜日に! お休みなさい!!」
「あ、あぁ。お休み」
部屋に入る乙成の背中を見届けて、俺は一人その場に立ち尽くした。
とんでもない事になった。生まれて初めて女の子の家に行くなんて……
こうして、俺、前田廉太郎二十四歳素人童貞は、生まれて初めて女の子の家に招待されたという事実に、驚きと動揺を隠せないでいたのだった。
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