第178話君ら緊張感なさすぎ

 クラクラしてきた……これ以上美作さんと一緒にいると色んな感覚が麻痺してしまいそうだ。俺はまだブタ箱には入りたくない。もしもの時に備えて、俺は一旦美作さんの元を離れる事にした。丁度乙成達の様子も気になってたしね。俺は美作さんの控室の隣に位置している麗香さんの控室へと向かった。


 コンコン


「はーい! どうぞ〜」


 小気味良いノック音を響かせた後、すぐに中から返事が返って来た。声の主は乙成だ。俺はすぐに扉を開けて中へと入った。


「失礼します……」


「前田さん丁度良かった! 今みんなでお喋りしてた所です!」


 中に入ると、開放的なアーチ型の大きな窓の前に、麗香さん、乙成、そして朝霧さんの女子三人衆が座ってお喋りしていた。乙成は婚活パーティでも着用していたピンクのフワフワのパーティドレスに身を包み、その胸元には白と黄色の花飾りがつけられている。


 朝霧さんはいつものバブリーなタイトドレス。仕事終わりにジムに行くくらいストイックに鍛えているからか、酒を浴びる様に飲んでいるというのに随分と引き締まっている。本人もそれを自覚しているから過度な露出とボディラインがしっかり出る服を好むのだろうな。そして手に持っているのはシャンパン。うん、いつも通りだ。


 そして一番目を惹くのはなんと言っても麗香さんである。真っ白なウェディングドレスに身を包み、金髪の長い髪の毛は綺麗にまとめられている。透明感のある肌に映える、品の良いレースのドレス……この人乙成の母親だよね? 成人している子供がいる様にはとても思えん。


「前田くんもいらっしゃいな。今お茶を淹れてあげるからね」


 そう言って、本日の主役である麗香さんが席を立って紅茶を淹れてくれる。お茶というワードに敏感になっていた俺は一瞬ビビったが、出されたのが普通の紅茶だったので安心した。


「今ね、ご主人との馴れ初めを聞いてた所なの!」


 椅子に座った俺にもたれかかる様にして絡んでくる朝霧さん。ちょ、酒くさ……


「私も聞きたいって思ってたの! 実はお母さん達の馴れ初めって聞いた事ないから!」


 すっかり甘えたモードになっている乙成。麗香さんの前だとかなりリラックスしている様子だ。普段と違う、砕けた喋り方の乙成に少しだけドキッとする。いつかはあんな風に俺にも接してくれるだろうか……今もまだ、何処かに遠慮がある気がするもんな。


「そんな大したことないのよぉ~みんなハンカチくらい持ってるでしょ?」


 そう言って、麗香さんは白いレースのハンカチを取り出すと、意味ありげな笑みを浮かべてヒラヒラと揺らしてみせた。


「ハンカチ……えっ、まさか目の前でハンカチを落として?! そんな古典的な方法で?!」


 酒が入っているからか、いつも以上に声のデカい朝霧さん。古き良き時代の出会い方に興奮している様だ。


「きっかけなんてなんでも良いのよ〜こっちに注目させれば良いんだから♪」


 や、やるな……流石麗香さんだ。


「なんか恥ずかしくなってきた……!」


「さっきちょろっとご主人に挨拶したけど、本当に漫画に出てきそうなミステリアスなタイプのイケメンよねっ! ハンカチ一枚で、あんな年下のイケメンを掴まえるんだから麗香さんってすごいわ!」


 親の恋愛話を聞いて赤面(?)する乙成に、年下イケメン男子を掴まえた事に感心した様子の朝霧さん。そうだよな、朝霧さんは美作さんがただの男前だと思っているのか。俺からしたらあの人は顔が良い以上に異常者だからな。さっきまで殺鼠剤持ってニヤニヤしてたぞ。


「ん? でも待って。お母さんが光太郎さんと会ったのって、大学の中でだよね? お父さんに会いに行った時って前に言ってた様な……?」


「んー? そうね、そんな気がする♪」


「お母さん??」


「だってすっごい可愛かったんだもん! あの時の光ちゃん♪ ちょっとお話してみたくって♪」


 そう言って、両手を頬にあててキャハ☆ と笑う麗香さん。可愛く笑ってみせてるけど、それって浮気……?


「もうお母さんったら! その時はまだお父さんと結婚してたでしょ?!」


「乙成ちゃん? イケメンが目の前にいて、見るなって方が無理なの。それに、結婚してたって可愛い男の子と話しちゃいけない法律なんてないのよ」


「それは……そうだけど……」


「それにね、思考は誰も干渉する事は出来ないの。想像の中だけなら、イケメンとありとあらゆる事をしたっていいのよ」


「そうそう♪」


「もう……二人とも……」


 ありとあらゆる事というワードに何を思ったのか、乙成は下を向いてなんか気まずそうに縮こまっている。


「それに……」


 朝霧さんがスッとシャンパングラスをテーブルに置く。艶々ピカピカの足を組み直して、諭すような目で乙成を見る。あ、これは良い女モードに入ったな。定期的にそれっぽい雰囲気だすんだよ。普段はオッサンみたいにガバガバ酒飲んでるのに。


「人生、何があるのか分からないんだから、いつ如何なる時でも準備、しておかなくちゃね?」


「そうよ〜旦那が急にトレジャーハンターになるって言って家を飛び出すかもしれないし、この機に乗じて格好良い男の子から猛アタックされるかもしれないわよ♪ あいりも蟹麿くんが急に目の前に現れたら、どうなるか分からないって言ってたじゃない♪」


「も、もうやめてよ、お母さん!! 恥ずかしいじゃないっっ!」


 俺がここにいる事をすっかり忘れて盛り上がる女子達。清廉潔白、品行方正。そんな旧時代みたいな女の子はこの世にはもう残っていないのかもしれない。俺は、女の子も男の子も大して変わらない生き物なのだと知った。


 

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