第177話ほんとマジでさ、真夏に結婚式って何事?

 夏だ。言わずもがな暑い。立っているだけで額からダラダラと汗が滴ってくる。


 こんなクソ暑くて何もやる気が起きない時に、アクティブに外に出て何かをする人達はどうかしている。そう例えば、結婚式をする人達とか。


「美作さん〜買って来ました……」


 ドサドサと買って来た物をテーブルに置く俺。休みの日にわざわざスーツを着て、炎天下の中汗だくで奴のお使いに走らされていたのだ。まったく、アカツキさんといい美作さんといい、人の事こき使い過ぎじゃね? 俺をなんだと思ってるんだ。


「前田くんありがとうございます。随分暑そうですね?」


 涼しい顔をしながらそう言い放つ美作さん。光沢のあるグレーのタキシードに身を包んで、鏡を前にして袖のボタンを留めている。その姿だけ見るとビシッと決まっていて格好良いのだが、なんせ中身がイカれてるから魅力半減である。まぁ、知らない人が見たらそうはならないんだろうけど……


 今日は美作さんと麗香さんの結婚式当日。そしてアカツキさんが乗り込んでくる予定となっている日だ。いつ何時、アカツキさんが来ても良い様に、警備は厳重にしてある。


 まず入り口付近に滝口さんを配置。正直あの人がいた所でどうなる訳でもないけど、怪しい浮浪者が入って来たらすぐに連絡をしろと伝えてある。


 乙成と朝霧さんは二人で一緒に麗香さん側の控室にいる。今頃女子三人でキャッキャしている事だろう。後で様子を見に行かねば。


「外、暑かったでしょう? お茶飲みます?」


 そう言って、俺が買って来た買い物袋の中からお茶を取り出して差し出す美作さん。それ、俺が買って来たんだけど? なんか複雑。


「それにしても……お茶にお菓子におにぎり……今日結婚式当日ですよね? こんな休日の引きこもりセットみたなラインナップ……おまけに……なんで殺鼠剤? こんなんいつ使うんですか?」


「どちらかと言えば殺鼠剤がメインで買って来て欲しかった物です。あとのは僕が個人的に食べたかった物です」


 トン、と机の上に置かれる殺鼠剤。美作さんと殺鼠剤は嫌な予感しかしない組み合わせである。まさかこれを使ってアカツキさんを? いや、いくら美作さんでも、それをやったらマジの犯罪者になる事は分かるよな?


「これをお茶に混ぜて乙成暁に飲ませれば、戦わずして勝つ事が出来ます」


「やっぱり殺る気じゃん!!! 美作さんそんな事したらダメですよ! 結婚式当日に警察に捕まる!」


「安心してください。あくまで死なない程度の量を混入させるだけです。麗香さんや乙成暁は、普段からあのドブみたいな珍妙なお茶を常飲しているので、軽い毒にも耐性が出来ているんですよ。これしきの事でどうにかなる様な事はありません」


 あのドブ茶にそんな力があるのか……てか、嫁さんがそんな変なお茶を毎日飲んでて嫌じゃないの? 俺なら絶対に嫌なんだけど。何使ってるか分かんないし。


「で、でも、いくらアカツキさんが耐性を持ってるって言ったって、そんな明らかに怪しいお茶を自ら進んで飲む真似はしないと思いますけど?」


「ああ、その事なら心配しなくても、奴は僕が作ったこの毒を、麗香さんの物と勘違いして勝手に飲むと思いますよ。あの男と麗香さんを繋ぐものは、出会いのきっかけにもなったこのお茶です。その昔、お茶の師匠の所に通ううちに二人は出会ったとか。だからあの男は、元妻が煎じたであろうお茶なら、迷わず口にするでしょう。前々から気に食わないと思っていたのです。今日で二人を繋ぐものを完全に消し去ってやろうと思います」


 なんて事だ……。乙成を守るのは建前で、本当は麗香さんとの思い出ごとアカツキさんを葬り去るつもりだったのか。いやもうここまでくると潔いよ。麗香さんの作るものならなんでも好きになりそうなこの男が唯一嫌っていたお茶にはそんな事情があったのか。


「でも流石に、あいりの父親を殺める事は気が引けるので、とりあえずはこの殺鼠剤入りのお茶で盛大に苦しんでもらおうかと。隠密行動の基本ですよね? 邪魔者を排除する為に毒を盛るのは」


「基本じゃないです!」


 クラクラしてきた……これは何も、さっきまで炎天下の中買い物に走らされていたからではない。


 このイカれ長髪男のせいである。白を基調とした美しい式場に、血の雨が降るやもしれない。


 


 

 

 

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