第151話ドキドキ!初夏の保養所(2つの意味で)

 なんでその事を考えなかったのだろう。普通に考えたら分かる事なのに。


 朝霧さんと滝口さんは付き合っている。そして、俺と乙成も、だ。朝霧さん達は大人、当然俺と乙成もだ。朝霧さん達は週末どちらかの家に泊まり、寝食を共にする機会がそれなりにある。この前の滝口さんの暴露により、常にへべれけになるまで酔わないと、が出来ない事は分かっているが、それでも寝食を共にしている。


 が、俺達はどうだろうか。俺が風邪を引いた時に、乙成が看病してくれた事はあったけど、あの時は未遂に終わったし、乙成が風邪を引いた時に看病しててそのまま泊まってしまった事も、翌日美作さんに刺身包丁で殺られそうになって、正直言うとそっちの記憶の方が色濃くて乙成がどうとか考える余裕すらなかった。てか、今思うと病気の時しか泊まってないじゃん。


 でも今は違う。俺達は付き合っているし、大人だ。大人が一晩明かすとしたらする事なんて一つしかないだろう。


 朝霧さん達は荷物を置いてくると言って早々に部屋に入ってしまい、取り残された俺と乙成。だだっ広い廊下の真ん中、スリッパ越しに伝わるカーペットの感触が柔らかい。


 乙成も、このパターンは想定していなかったのか黙っているし、なんか知らないけどめちゃくちゃ気まずい。


「とりあえず、部屋入る……?」


「そうですね」


 あれ? 意外と冷静……? ソワソワしてるのって、もしかして俺だけ? それと悟られない様に鍵を開けて部屋に入ろうとしたら、鍵穴に上手いこと鍵が入らなくて落としてしまったりした。それを見て慌てて拾ってくれる乙成。乙成が今時の女子高生みたいに、事ある毎に「カエル化現象」を唱えないタイプで本当に良かった。奴ら、スマートじゃないとすぐキモいやらキショいやら言うもんな。いや、それは女子高生に限った話じゃないか。朝霧さんも前に言ってたもんな。


「前田さん! 見て下さい! 窓からの景色、とっても綺麗ですよ!」


 俺がカエル化やら今時の女子高生やらを考えてる横で、乙成はキラキラした笑顔で部屋の窓から見える壮大な山々を眺めていた。

 見渡す限り山、山、山。そして山、である。これは俺達の部屋が山側に面した部屋だからというのもあるが、それでも山ばっかりだ。吸い込まれそうな程の緑。窓を開け放つと、風にのって部屋の中まで青い匂いが届く。


「ここ、気持ちいいですね。静かだし、空が高くて」


「田舎って感じだよな。俺の地元もちょっと行けばこんな感じだよ」


「前田さんのご実家! いいなあ、いつか行ってみたいです!」


 二人して並んで窓の外眺めていると、先程までのソワソワはだいぶ薄れてきた。そうだよな、今焦ってたってどうしようもない。今は旅行に来ているんだ、目の前の景色に集中しないと。


「なんか、隣からごちゃごちゃ聞こえますね?」


 しばらく窓の外を眺めていた後、なにやら隣の部屋から言い争う様な声が聞こえてきた。何を言っているのかまでは聞こえないけど、多分朝霧さん達だろう。あの人達はケンカではない言い合いを、日に数回やっている。俺達からしたら、もう見慣れた光景だ。ケンカしている様で二人とも、あの時間が好きなのが手に取る様に分かる。まぁいちゃついてるんだろう。


 ******


「ぷはーーー! やっぱり昼間っから飲むビールは格別よね!!!!」


 ダンッ! っと大ジョッキをテーブルに置き、ざる蕎麦をすする朝霧さん。目の前には、一杯まるまる使ったのかってくらいボリュームのあるイカの天ぷら。この店の名物らしい。


 ここは保養所の近くにある蕎麦屋だ。観光客だけでなく近隣住民も多く利用するらしく、昼時を少し過ぎた時間帯だというのにお客さんでいっぱいだった。


 とりあえず腹ごしらえをと四人で保養所を出た先で見つけたこの蕎麦屋。なんにも考えずに入ったが大正解だった。

 少し不揃いだが味と香りが段違いの蕎麦に、ダイナミックイカ天。これまたエプロン姿のお母さんが「はいはい〜」なんて言いながら運んできてくれるのも最高である。都会のおしゃれな店より、俺はこういう方が好きだな。何故か実家に帰って来た感じがする。


「ここ最高ね! ご飯は美味しいし、静かだし景色も良い! テレワークだけで全部まわるのなら、こんな所に住みたいわ〜」


「朝霧さんマジで言ってます? 虫スゴイっすよ?」


「滝口! あんたって本当にデリカシーの欠片もないんだから! 虫くらい何よ、そんなもん、捻り潰せばいいじゃない」


「私も虫は苦手だけど、ここなら住んでみたいです! ご飯もとっても美味しいし!」


 みんな思い思い旅行を楽しんでいる様だ。俺はさっきからクソデカイカ天と格闘しているから、みんなの会話を聞いているだけだが。それにしてもこのイカ天美味いな……なんかイカがトロケるんだよな。


「そういえば、さっきあんた達の部屋から言い合いしてる声が聞こえたけど、あんた達ってケンカとかするのね?」


「え? ケンカ? なんの事ですか?」


 突然変な事を言い出す朝霧さん。思わず聞き返したけど、ケンカしてたのは朝霧さん達だよな?


「俺達もさっき言い合う声を聞きましたけど、朝霧さん達の部屋から聞こえてきましたよ? な、乙成?」


「はい! 何を話しているのかは分からなかったですけど、しっかりケンカしてました!」


「何言ってるのよ! 私達はケンカなんかしてないわよ? ね? 滝口」


「んぁ? そうだぞー前田。オレら聞いたんだからな? お前らの部屋から怒鳴り合ってる声」


 昼間っからビールを飲んで上機嫌の滝口さんが、朝霧さんの言葉に賛同する。俺と乙成は二人で顔を見合わせ首を傾げる。



 俺達はケンカなんかしていない。そして朝霧さん達も。


 え……? じゃああの声ってなに?


 

 


 

 

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