第150話保養所に行こう!
「私、旅行に行きたい」
いつもの追い出し部屋にて。今日は珍しく朝霧さんと滝口さんも一緒にランチである。乙成以外の全員はコンビニ飯。冷製パスタをくるくるしながら、朝霧さんはフウとため息混じりに言葉を発した。
「良いですね! 今の季節なら、もう紫陽花咲いてますし! 夏本場前に旅行行くっていうのもいいかもしれません!!」
朝霧さんの唐突な提案に、テンション高めで賛同する乙成。今日の弁当も蟹尽くしである。カニクリームコロッケに、カニさんウインナーに、弁当箱に入った小さなおにぎりには、カニ型に切り抜いた海苔……いつも思うけど、推しの概念を食べるってちょっと狂気じみてるよな。
「でもオレ金ねっすよ」
例によって例の如く、滝口さんはいつも金がない。マジで何に使っているのか謎である。朝霧さんと付き合って、少しは飲みに行く頻度が減ったと思ったのに相変わらずの金欠である。借金でもしてるのか?
「滝口……あんたは本当にしょうがないわね! でもそんなあんたにもオススメの、良い所があるのよ」
そう言って、朝霧さんはおもむろに自身のスマホを取り出す。そしてしばらくした後、みんなにあるページを見せてきた。
「保養所……?」
「そ! 組合の保養所! 一泊五千円で食事付きよ? 場所もここから二時間弱だし、みんなで言ってみない? 今まで利用した事なかったんだけど、折角お安く行けるんだもの、利用しない手はないわ!!」
朝霧さんの見せてきた保養所は、緑豊かな自然に囲まれた、清潔感溢れる施設だった。車で少し行けば観光地もあり、立地的にも良い。保養所があるのは知ってたけど、ちゃんと調べた事がなかったので驚いた。結構しっかりしてるんだな。
朝霧さんからの提案に満場一致で賛同する俺達。これから九月のイベントに向けて、ちょっとバタバタする事もあるだろうから、決起集会的な意味合いでも良い考えであった。
「前田さん、楽しみですね!」
そしてなにより、初めての旅行である。滝口さん達と一緒とはいえ、彼女と小旅行なんて、考えただけでテンションがあがる。これは、ダブルデートって事になるんか? 俺、大人になったんだなぁ……
「じゃあ私がまとめて申請出しておくわ! 今週末は厳しいだろうから、来週か再来週ね!」
この数時間後、来週末で四人分の予約が取れたと朝霧さんが報告をくれて、晴れて俺達の旅行が決定した。
******
「んーーーーー! ついたぁ!!!!! やっぱり田舎って空気綺麗ね〜新鮮だわ♪」
次の週の土曜日。俺達は保養所のある最寄り駅に到着した。電車の窓から見える景色がどんどん緑豊かな山に変わっていく様を見て、地元を思い出してほんのちょっとだけ懐かしい気分になった。緑に青い空、雲は真っ白でもくもくしている。肌にあたる日差しが少しチリつくのを感じる。もうすぐ夏が来るんだなあ。
「朝霧さんの家の方もこんなもんじゃないすか?」
田舎を堪能している朝霧さんの横で、滝口さんがすかさずツッコミを入れる。朝霧さんは都会人ぶっているが、途中で乗り換えた、ワンマン運転の電車の仕様を完璧に理解していた所を見るに、朝霧さんの家の方ってだいぶ田舎なのかな? 本人は母方の実家がこんなんだったって言ってたけど……。電車内に整理券の発券機がある事に驚いていた滝口さんと乙成は、流石東京生まれ東京育ちといった所か。乙成はそんな事ないけど、滝口さんはナチュラルに田舎をディスってる感じがするから腹立つな。
ちなみに、俺の地元でもワンマン運転はしていない。だからこの特殊なシステムには少し戸惑った。おまけに電車に乗る為の手段も豊富だ。切符にICカードに定期券に回数券、そしておまけに整理券だ。切り替えのタイミングなのかもしれないが、これだけ選択肢を与えられたら逆にどうやって電車に乗ったらいいのか分からん。
そんな事はさておき、俺達は目当ての保養所へと無事辿り着けた。
ホームページで見た通り、白を基調とした小綺麗な建物だ。建ててから随分経ってそうではあるが、掃除も行き届いているし、エントランスはレトロな雰囲気漂うソファやテーブルが置かれていて、なんだろ? 昭和レトロ? 和洋折衷? そんな感じがした。
「お部屋は二階ですね~」
受付をしてくれたおばちゃんも良い感じの人だ。一瞬、近所のお母さんが入って来たのかと思ったが、このおばちゃんはれっきとした保養所の管理人だった。
めちゃくちゃ私服にエプロン姿という出で立ちが、初めて来た場所なのに何故か懐かしい気分にさせる。
「はい、これ」
おばちゃんから鍵を受け取った朝霧さんは、チャリ……と俺の手のひらにその鍵を置いた。なんとなく、もう一方の鍵を渡す相手は、俺じゃなくて滝口さんだと思ってた俺は、朝霧さんからその鍵を受け取った瞬間に「?」と首を傾げてしまった。
「あ、ありがとうございます。あれ? 滝口さん、そっちは女性陣の部屋ですよ?」
「何言ってるの? 滝口はこっち。あんたは乙成ちゃんとよ」
朝霧さん達の部屋に向かおうとしている滝口さんを呼び止めた途端、突如告げられた衝撃の事実。
……え? 二人? 乙成と……????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます