第34話団らん
もう何も言うな。
とでも言わんばかりに、親父は俺に念を押した。どうなっているんだ……。
てか、振り幅デカすぎだろ。ヤンキーから男の娘って……丁度いい塩梅を見つけられないタイプなのか?
そうこうしている内に、車は俺の実家に到着した。よくある一般的な、二階建ての建売住宅だ。車を降りた俺達は、母さんが玄関の鍵を開けるのを待つ間に、玄関先の良くわからない植物を眺めていた。
「てか、背デカ……」
厚底靴を履いているせいもあってか、リンは並ぶと俺よりだいぶ背が高い。この背の高さも相まって、余計に威圧感を感じさせる。
「兄貴背低いからなぁ。
「あのなぁ……俺は決して背は低くない! それにお前とだって数センチしか変わらないだろ?! それに! 今そんな靴履いているんだからズルだろ?!」
「はいはい喧嘩しないの! 全くあんた達は子供の時から変わらないんだから! さ! 入って! 今林檎剥いてあげるから!」
出た。何かにつけてすぐ林檎を出したがる母親。って言っても、剥くのはいつも親父なんだがな。綺麗なウサギ型のやつ。
俺の両親は仲が良くて、年甲斐もなくいつもいちゃいちゃしている。両親のこういう所を見るのは微笑ましい様な、気恥ずかしい様な……
「わぁーい林檎! リン大好きっ! ほら、兄貴も早く!」
リンは、その人形の様な顔をこちらに向けてキラリと光る八重歯を見せながら言った。この顔は子供の頃から変わらない。
なんで俺達兄弟はこうも似ていないんだと、よく思ったものだ。俺は完全に母親に似てちんちくりんなのに対し、リンは手足も長くシュッとしている。一時は母親の不貞を疑われた程だ。
でもそんな疑惑を打ち払ったのは、リンもまた親父に似て、生まれついての美声の持ち主という特性持ちだったのだ。親父とはタイプの違う、高く綺麗な声。今はその見た目も相まって本当に女の子と見紛うレベルだ。俺も乙成に声を褒められた所を見るに、これは完全に父親からの遺伝なのだろう。
「え! リンって配信やってんの?!」
家にあがってすぐ、荷解きもそこそこに親父が剥いてくれた林檎をシャクシャクしながらテーブルを囲んでいると、リンが嬉しそうに自分のアカウントを見せながら話してきた。
「そ! ネットアイドルリンちゃんだよ☆ ゲーム配信とかやっててさ、最初はみんな女の子だと思ってたみたいだけど、男って分かった途端にめちゃくちゃフォロワー増えてさ! 今ちょっとした人気者!」
知らなかった……リンがネット界隈の有名人だなんて……金属バットからゲームのコントローラーを持つ生き方にシフトしたのか。しかも男って分かってから人気出るって……多分そういう趣味の男が見てるんだろうな。なんか兄として複雑……
「父さん達は全面的にバックアップする所存だ。父さんなんてな、会社の同僚にも薦めまくって、深夜の耐久配信で高額投げ銭する猛者達を何人も生み出したんだぞ」
「それどうなんだよ……その人達の生活を家族総出で壊しに行くなんて……」
「でもそれだけリンちゃんの魅力があるって事よ! お母さんのパート先ではね、この前リンが男装配信した時の動画が人気でね、リンちゃんが帰ってくるって言ったらこんなにお菓子貰っちゃった♪ やっぱり女って中性的な外見の子に弱いのよぉ」
「……へへ。そんなに褒められると照れちゃうなぁ!」
ん? なんか今、リンがちょっと変な顔をした様な……? 気のせいか。
それにしても、両親が嬉しそうで何よりだ。行動の是非は置いといて。リンがいつの間にか家族の話題の中心になっている事自体が、単純に俺は嬉しい。
思えばこんな風に家族でテーブルを囲むのは何年ぶりだろう? 中二でグレたリンは、日に日にボロボロになっていく金属バットを手に、毎晩何処かへ消えて行った。だから俺の高校時代後半の夕飯時にリンがいた記憶があまりない。その後すぐ俺は大学で上京してしまったから、両親の心労は耐え難いものであった事だろう。
でもそんなリンでも、前の晩に母さんが残して置いた食事を綺麗に平らげて、おまけに食器まで片付けていたのを、俺は知っている。当の本人は家族が起き出す時間にはいつも夢の中だったが。
俺は、久しぶりの家族の団らんに心からリラックスしていた。やっぱ実家っていいもんだな。
……あれ? なんか忘れているような?
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