第78話団らんの手巻き寿司パーティ

 「あらぁ? 二人とも、なんの話をしていたの?」


 乙成のお母さんが手巻き寿司用の食材を笑顔でテーブルに並べながら言った。笑うと乙成に似ている。金髪の乙成だ。乙成は黒髪だが、金髪も似合うんだな。まぁこちらは髪だけではなく、肌も普通の人間のそれだが。

 頭の中で昔の乙成を思い出そうとしたけど、もうすっかり灰色の肌が見慣れてしまったので人間の肌色だった時を思い出せない。つくづく、俺はなんでこんな子に惚れてしまっているのだと何とも言えない微妙な気持ちになった。


「前田くんが土食に興味があるとかで……」


「土食?! 前田さん! 土は食べ物じゃないですよ!!」


「いや……! そうじゃなくって……!」


 話を聞いていた乙成が慌てて俺を止めた。その様子を笑顔で見ている美作さん。この人、絶対に楽しんでる……


「前田くん? 土もいいけど、今は手巻き寿司を食べましょう? ほら、こんなに美味しそうよ? どうぞ食べて?」


 そう言って、お母さんは土食について肯定しつつも俺に海苔を渡してきた。美作さんの悪い冗談を真に受けないで欲しいんだけど……


「いえ、だから土はそんなに興味はなくって……いや、そうじゃなくって……! ありがとうございます、えっと……」


「ああ、麗香でいいわよ? あいり以外にお母さんなんて呼ばれたら、なんだか急におばさんになった気がしちゃうから」


「あ、ありがとうございます。……麗香さん」


 俺がなんて呼んだらいいのか悩んでいると、お母さんの方から麗香さん呼びを指定された。確かにお母さんってよりは麗香さんの方がしっくりくる人だ。それだけ生活感がないという事だろう。これからは心の声も麗香さんで統一させてもらおう。


 麗香さんの「さぁ! 食べましょう」で、みんな各々好きな具材を取り出した。

 

「うう……いいなぁお寿司……」


 そんな様子を、指をくわえて残念そうにする乙成。普段から少し子供っぽい所があるが、今日は家族の前だからなのか、いつもより子供っぽさが増している。


「風邪引きさんが何言ってるの! そんなに顔色も悪いのに!」


「これは普段からなの! ねぇ、見て!! 今ネットで調べたんだけど、風邪の治りかけの時ってお魚食べると良いんだって! お刺身も消化に悪い物じゃないから良いって書いてあるよ?!」


 麗香さんが乙成のスマホを覗き込む。その姿は親子というより姉妹にも見える。本当に、麗香さんは一体いくつなんだ?


「もうあいりったら屁理屈ばっかり! しょうがないわね……少しだけよ?」


「わあい!」


 か、可愛い……うっかりゾンビである事を忘れて見惚れてしまった。いや、もうむしろゾンビがこんなに愛嬌があるから可愛いまである。え? 俺、いつから人外を愛する性癖を持つようになったの? 自分が怖いんだけど。


 手に海苔を持ったまま乙成に見惚れていた俺を、美作さんが手巻き寿司を無言で食べながら見ている。彼が作ったのはかっぱ巻だ。刺身包丁まで持って張り切ってたくせに、魚食わねぇのかよ。つくづく謎の人物だ。



 無事に手巻き寿司にありつけた乙成。本当に夕べの様子とは打って変わって元気そうだ。良かった。


「ほういえば、リンしゃんは?」(そう言えば、リンちゃんは?)


「こら! 食べながら話をしないの!」


 手巻き寿司をムグムグしながら乙成が話すのを、お母さんっぽくたしなめる麗香さん。いや、本当にお母さんなんだもんな、とてもそうは見えないが。


「リンちゃん……?」


 リンちゃんという単語に、美作さんが反応する。


「あ、リンは俺……ぼ、僕のです。リンは用事があるって言って、朝早く帰ったんだ」


「そうなんですね……リンちゃんに悪い事しちゃったから謝りたかったのに……」


 乙成が手巻き寿司を皿に置いて残念そうに下を向いた。忘れかけていたけど、昨日リンは乙成に振られたんだ、流石に気まずくて帰ったとは言えなかったので、適当に用事がある事にして誤魔化した。


「……リンちゃん?」


 美作さんがもう一回言った。聞こえていないとでも思ったのだろうか、ちょっとめんどくさい。


「あ、だからリンは俺の弟で……」


「それはさっき聞きました」


「ぐ……」


 ばっさりと言われてちょっとショックなのと同時に少しイラッともした。美作さんはかっぱ巻を置いて、乙成に向きなおった。



「あいり、前田くんの他にも男がいるのですか? あいりは一人じゃ満足出来ないのですか?」


「あいりってば、モテるのねぇ」


 神妙な面持ちで乙成に語りかける美作さんと、あっけらかんと笑う麗香さん。そんな二人を見て慌てて訂正する乙成。


「え?! 光太郎さん何言ってるんですか! お母さんもやめてよ! リンちゃんは親友だし、前田さんは……」


 そう言ってちらりとこちらを見る乙成。なんて言って説明するのか、乙成と目が合って顔が熱くなった。


「え、えっと……」


 次の言葉を待つ俺。乙成も恥じらう様にオロオロしている。こんな場面で聞いていいのか? 乙成の親が目の前にいる中で、乙成が俺をどう思っているのか。

 もしかしてこのまま、乙成も俺と同じ気持ちなら婚約なんて事もあり得るのか? まだ心の準備が出来てないんだけど?!

 いや、でもこのまま親公認の仲になっておいた方がいいのでは? それならコソコソする必要もないし、俺も乙成も積極的なタイプではないから、むしろ周囲のサポートがあった方がいいのではないだろうか?



「アウト」


「……………………は?」



「アウトです。前田くん。顔がいやらしいです。よって、君とあいりが友達である事も認めません」 


 

 

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