第77話土は絶対食べちゃだめ!

 俺の普段している仕事……あれ? そう言えば俺って普段何してるんだ? 午前中はあれだろ、滝口さんのおもり。この前は何故か消しゴムはんこを作っていたからそれを手伝ったりしていた。

 完成した「滝口」と書かれた消しゴムはんこで書類に判を押して、北見部長にブチギレられたっけ……


 お昼は乙成と一緒にご飯を食べて、余った時間で蟹麿を演じてみたり、乙成が思う蟹麿の格好良い所10選について、朗らかな笑顔で聞いたりしていた。


 あとは……あ、あれだ! 午後からは朝霧さんに言われて、コンビニにコーヒー買いに行ったり、保管期間が過ぎた書類をシュレッダーにかけたりだな!



 あれ……? 俺って仕事してなくね? 8時間も会社にいて、それっぽい事はシュレッダーだけ?



 いやいやいや、その合間に取引先からの電話対応をしてみたり、次のイベントの手配で契約書類を作成したり、それを発送したり……この前みたいに販促物の内職的な事をやったりなんかも……………………




「? 前田くん、どうかしました?」


「い、いやぁ自分の仕事を一言で説明するって難しいですねハハハ! 普段は営業さんのフォローで取引先と打ち合わせしたり、契約書類を作ったりしてます!」


「そうなんですね。忙しそうなお仕事です」


 良かったぁ~なんとか切り抜けたぞ! まぁ普段は会社のパソコンで、備品買うふりして通販サイトみたり、勉強と称して動画見たりしてるんだけどな。

 


 さて……会話を続けなければ。ここでだんまりを決め込むと、ますます空気が悪くなるぞ……いつだったかも思ったけど、こういう時の為にしょーもない自己啓発本の類にでも目を通しておけば良かったとつくづく思う。

「賢い大人は知っている! みるみるコミュ力アップで本音を引き出す会話術!」みたいなやつ。コミュ力なんて言葉を使う時点で賢くはない事が確定しているが、今はそんなもんに頼ってもいいかな? って思うくらいにはこの状況をどうにかしたいと思っている。



「あ、乙成……あいりさんに聞いたんですけど、美作さんは学者さんなんですよね? 地質学者? でしたっけ」


「いえ、地質学者ではなく、農学者とでも言うのでしょうか……農業に関する研究機関で働いています」


 美作さんはテーブルに出されていたお茶を一口飲みながら言った。本当に、さっきまで俺を殺そうとしていた人と同一人物か? 所作も落ち着いているし、物腰も柔らかい。こんなに落ち着いている人なら、変に警戒する必要もなさそうだ。



「農業研究ですか……あ! なんか前にテレビで見た事あるんですけど、土を舐めてなんか分かったりするんですよね?」


「あぁ、いえ、そういうのは多分、安全性を証明する為の一種のパフォーマンスでしょうね。環境にもよりますけど、大抵の土には病原性大腸菌や食中毒菌、エキノコックスなどの危険な寄生虫の卵などもいたりして危ないのでおすすめはしません。まぁでも、やりたいなら止めはしませんよ。むしろ僕にとっても好都合です」



 ん……?



「え……好都合って……?」


「ああ、すみません。てっきり土食に興味があるのかと……最近じゃ自然派志向の方達の間で流行っていると聞きますし。もし興味がおありなら、土壌汚染が著しい環境の土を持って来ますけど。前田くんが僕としては喜ばしい限りなので協力します」



 前言撤回、この人まだ俺を亡きものにしようとしている。目を細めて優しく微笑みながら、とんでもない事を言っていやがる。

 まだ俺を許していなかったという事か……いや、そもそも受け入れる気は毛頭ない様な気さえしてきた。


 


 俺、今日無事に帰れるのか……?


 



「はーい! 準備出来ましたよぉ〜! 食べましょ!」


 そのタイミングで、台所から元気よく乙成とお母さんがお盆を持ってやって来た。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る