第148話そういやイベント会社だったな
季節はもう夏、の、ちょっと手前。大体ゴールデンウィーク終わったあたりから、ほとんど記憶のないうちに季節が変わっていたりするんだが、みんなもそうか? この時期って特になんもイベント事がないよねー。ただ暑いだけ。
しかもさ、真夏じゃないから交通機関の冷房も微妙なのよ。なんか温くてさ、ジメっとしている所に、朝の満員電車でおじさんのしっとりした腕に触れちまった日には……だから夏は嫌いなんだよ。
「え、うちがそんな大きなイベントを企画するんですか?!」
そんな絶賛ベタベタジメジメ中の事だ、キラキラ営業部の田中さん経由で、九月に行われるイベントの情報が舞い込んできたのは。
「な、凄いでな?! うちみたいな中小が、芸能人も出る様なイベントやで?! まぁ、うち単独の仕事やのうて、
北見部長がガハハと笑いながら事務椅子の背もたれに目一杯身体を預けて、腕を組みながら仰け反ってみせる。目のやり場に困るくらい足を開いて座る癖はいつも通りだ。この人多分、電車でもこんな感じで座ってんだろうな。人目を気にしないって本当に最強だと思うわ。いつかズボンが裂けそうだ。
みんなお忘れかもしれないが、この人は俺達の上司、北見部長だ。最近はリモートばっかで、ほとんど出社していなかった。まぁ、いてもいなくてもあんまり業務に支障はないし、特にこのお話にも関わりがないので完全に空気となっていた
「そんな大きな仕事、うちだけでまわるんですかね?」
話を聞いていた朝霧さんが心配そうな顔で部長に問いかける。大きい仕事と聞いてテンションがあがってるのは部長だけ。実際に段取りをつけて動くのは下の者達だ。朝霧さんあたりはその辺の、動かない上司と、どうせ同じ給料で仕事するなら楽な方が良いと思っている部下達との間のポジションだから余計に心配になるのだろう。
「まわらんやろー。当日は俺らも派遣のスタッフに混じって動かなあかんと思うわ。まぁでっかいイベントって言っても、うちが任されるんは末端の末端やから、それなりにやっといたらええねん」
ましてもガハハと下品な笑いで流す北見部長に、朝霧さんは静かににっこり微笑んでみせた。北見部長の胡散臭い関西弁に、そろそろ苛立ってくる頃だと思っていたが、それは見せない朝霧さんは流石大人だ……あ。部長からは見えない位置で中指立ててるわ。全然大人じゃなかった。
「まあ今回は準備期間も結構カツカツやし、俺も手伝うから、みんなで頑張ろうな?」
ちょっと良い事を言って満足したのか、それだけ言うと、部長はコンビニまで行ってくると言って出て行ってしまった。次に部長が登場するのは、恐らく九月のイベントの時までないだろうな。また三ヶ月後に。
「はぁーあ! まったく、やんなっちゃうわよ! 見た?! 部長の大開脚! あんまもん、誰が見たいってのよ!」
部長が消えるなり陰口を連発する朝霧さん。俺達以上に、あの
「でも芸能人の方が出演される様なイベントは初めてなので楽しみです!」
ブツクサ言ってる朝霧さんの隣で、大口の契約が決まった事に喜ぶ乙成。分かりやすくテンション上がってるの可愛いな……あ、いや、そんな事考えてる場合じゃなかった。仕事中だぞっ! 俺!
「私は前もやった事あるけど、もう最悪だった思い出しかないわよー。確かあの時は、派遣スタッフに混じって来場者にトイレの誘導やらされたのよ! 学生のバイトだか知んないけど、暗がりでいちゃついてる奴らもいたから蹴り入れてやったわ」
「そんなんしたら問題っすよ……」
昔を懐かしむ様に嬉々として語る朝霧さんに、ついまともなツッコミを入れてしまった。やっぱり、朝霧さんってガラ悪い人なんだな。
「? 朝霧さん、これがそのイベントの企画書ですか?」
荒れる朝霧さんを宥めていると、乙成が朝霧さんのデスクにある資料を指さしながら言った。分厚い資料の表紙には、でっかく「社外秘:企画書」と書いてある。ちょっと安直過ぎない?
「あ、そうそう! 営業の田中くんが置いてったみたいね。出演者とかの名前も載ってるけど、誰が誰だか分かんないのよねー。知ってる人、いる?」
パラパラと資料をめくる乙成の後ろから、俺も一緒になって資料を覗き見る。出演者の名前が書かれたページには、今をときめくアイドル……の中の誰かと、動画サイトから人気が出た男女のグループ、なんて読むのか分からないアルファベットの名前のインフルエンサーなどなど。多分若い人が見たら錚々たる面々の名前が書かれているのだろうが、俺も朝霧さんと同様、流行には疎い人間だ。ギリ名前を知ってるってだけで、多分そこら辺で遭遇しても気が付かない。
「え……うそ……」
突然声をあげる乙成。企画書を持つその手は、心なしか震えている様だ。
「乙成、どうしたんだ?」
「いる……いるんです!!! 出演者一覧の中に!! 蟹麿の中の人、
え……
えええええええー?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます