第56話真価を問われる俺
あの夜から一夜明け、今日は土曜日だ。あれから乙成から連絡はない。朝霧さんを駅まで送り届けて、そのまま帰ったのだろうが、普段なら土曜日の午前中には連絡があるのでちょっと不安だ。
昨日の滝口さんとの会話を聞かれたんだ、幻滅したのも当然だろう。今さらながら、滝口さんの口車に乗った自分が情けない。
こういう時の女子の結束力の凄さって半端ないもんな。きっと今頃、俺も朝霧さんの復讐リストに載せられている筈だ。
ポコン
俺のスマホから間抜けな音が鳴った。乙成かと思って急いでメッセージを確認する。
朝霧「前田、ちょっと出てこれる?」
メッセージの主は朝霧さんだった。乙成かと思って開いた俺は、ほんのちょっとだけがっかりする。
ポコン
またしてもメッセージだ。なんだ?
朝霧「無理とは言わせない。出てこい」
あ。これは怒ってるわ。ヤバいな。昨日の事を咎められるのではないだろうか……俺はビクつきながらも返信をして、すぐに家を出た。
******
ここは秋葉原のカフェ。朝霧さんは千葉から来るので、丁度いい場所で待ち合わせしようとなった結果が秋葉原になった。
駅ビルの中に入っているカフェ。秋葉原ってオタクばっかだと思ってたけど、案外普通の人もいるんだな。ここに来るまでには、中々パンチ効いてる人が歩いていたけれど。
コーヒーを頼んで暫く、朝霧さんがカフェのガラス戸を開けて入って来た。見た感じはいつも通りだ。いつも通り派手。長い髪をファサ……ってしながらこっちへ向かって来る。
「……朝霧さん、お疲れさまです」
「……ええ」
俺が一度立ち上がって挨拶をしても、朝霧さんは元気がない。まぁ、それもそうか。朝霧さんと俺は、静かに向かい合って座った。
「あの、朝霧さん? 昨日の事なんですけど……」
「あんた、全部知ってたの?」
緊張が走る。ここは素直に謝った方が良いよな? でも、俺が主導した訳じゃないし……いや、ここは素直に謝ろう。命が惜しい。
「はい……実は知ってました……でも言えなくて」
俺はかしこまった状態でチラリと上目で朝霧さんを見る。腕を組んだまま、背もたれにもたれて座る朝霧さん。この絵面は、誰が見ても俺が何かやらかして怒られている様に見えているだろう。実際、そうなんだが。
はぁ、と朝霧さんがため息をつく。俺は次に続く言葉を待ってドキドキしていた。
「まぁ、あんたは滝口を止めようとしてたみたいだからね。一回は復讐リストに加えたけど、今回は多目にみてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
やっぱり復讐リストあるんだ……適当に思っていた事がマジだと分かって少し怖い。
「でも腹立つから一回謝ってくれる? 本当は土下座させたい所だけど、公の場だし勘弁してあげるわ」
「た、大変申し訳ございませんでした……」
「よろしい」
ここでやっと、朝霧さんの表情が少し和らいだ。二人して温かいコーヒーを飲む。さっきまでこちらをチラチラ見ていた店員も、仲直りしたと思ったのか通常業務に戻っていった。
「それにしても」
コーヒーカップを静かに置いて、朝霧さんが口を開いた。
「滝口って本っっっ当最低ね!! なんなのあいつ?! よくも人をコケにしたわね……! 絶対に許さない! ありきたりな暴力じゃ温すぎる……四肢を裂いてもまだ足りないわ! そうね、やっぱり一番屈辱的な方法で復讐してやるのが一番だわ! 爪を剥ぐのは確実で、あとは……髪を情けない感じに引き抜いて、二度と外を歩けなくして……」
「朝霧さん! 落ち着いて!!」
さっきからめちゃくちゃ怖い事を言う朝霧さんのせいで、安心しきっていた店員達がまたソワソワしている。俺が四肢を裂かれると思っているのだろう。
「あぁ……ごめんなさいね、つい昨日の事を思い出しちゃって。あんたに来てもらったのは、昨日の事を話したかったからなのよ。昨日は怒りで滝口もろともあんたを地獄に落とす手立てを考えていたんだけどね」
「サラッと怖い事を言わないでください……」
「でも乙成ちゃんに止められたから考え直したのよ」
「え? 乙成?」
朝霧さんの言葉に、俺は驚いて聞き返した。てっきり乙成も怒っているとばかり思っていたが……現に連絡もないし……
「あの子、私があんたをどうにかしちゃうのかもって思ったのね、必死に止められたわ。それ見てたら、なぁんか冷めちゃって。それで、あんたが誤解してたらやだなーって思って連絡したわけ」
「乙成が……」
乙成がそんなに必死になって朝霧さんを説得してくれていたなんて……そこまで思わせる朝霧さんがすごいのか、はたまた乙成が心配性なのか……どちらにせよ、乙成のお陰で俺の四肢は今も無事くっついている訳だな。ありがとう乙成。
「あんた、あの子とどうにかなりたいなら、ちゃんと動いた方がいいわよ」
「え? き、急になんすか」
「この前も言ったけどね、リンちゃんの事。でもあんなの氷山の一角よ。これから先、ああやって言い寄ってくる男が現れないとも限らない。もしかしたら、乙成ちゃんが誰かを好きになっちゃうかも。それでいいの?」
なんだろう……今胸の奥の方でチクリと何かが疼くような痛みが走った。腹の奥底で芽吹いていた不安の種が、とうとう心臓にまで根を張ったのだろうか。
朝霧さんの言葉が、自分でも受け止めていなかった核心を掘り起こした様だった。
「まぁ、私がお節介する程ではないと思うけど」
朝霧さんはテーブルに肘をついてニコっと笑った。その笑顔がなんだか吹っ切れた様な、何処か寂しさの残る笑顔だったのが気になった。
「朝霧さんは大丈夫ですか? その、今回の件で……」
「あぁ、私はいいのよ。やっぱりこんなもんよねって感じ! もういいの。私には友達も
「え?! コーヒー?! ちょっと!」
行ってしまった……昨日の飲み会に続き、今回も俺持ちか……別にいいけどなんか釈然としない。
「乙成……かぁ」
ポコン
その時、俺のスマホからまたしてもメッセージの受信を告げる音が鳴った。
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