第157話アカツキさん

「全く、散々な旅行だったわね!」


 翌朝。俺達は帰りの電車に揺られていた。絶賛二日酔い中だと言っていたのに、朝霧さんも滝口さんも酒を飲んでいる。これが迎え酒というやつか……週末にこれだけ酒を飲みまくり、それでも月曜日には会社に来れるのが凄い。こんな所で朝霧さん達の凄さを垣間見る事になるとはな……恐れ入ったぜ。


「でもなんだかんだで楽しかったですね! お土産も買えましたし!」


 そう言って、大量のお菓子やらお茶やらが入った袋を掲げてホクホク顔の乙成。麗香さん達に買ったのだそうだ。とんだ週末にはなったが、こうして乙成が嬉しそうにしているので良かった。


 結局、あの後は何事もなく二人して寝た。ドキドキ展開なんかもなく、とりあえず疲れたのと、ほんの少し肝が冷えたので眠って忘れてしまおうと。ちょっと残念な気持ちではあったが、まぁ仕方ない。ゆっくり時間をかけていけばいいのだ。その時は今回みたいに、起こらなければいいのだが。


 行きはまぁまぁ遠く感じた保養所までの道のりも、帰りとなったら一瞬だ。気が付けばあっという間に、いつもの俺達の街まで帰って来た。


 乙成は一旦荷物を家に置いて来た後で、麗香さん達の所へお土産を渡しに行くのだそうだ。俺も一緒にどうかと誘われたが、丁重にお断りした。だって、麗香さんに会いに行くという事は、美作さんに会いに行くという事だろ? もう今回は疲れたんだ、疲れて帰って来た所で、美作さんの相手はしたくない。


 一緒には行けないとは伝えたが、残念がる乙成の顔を見て申し訳なく思った俺は、一旦荷物を置きに帰る乙成を送って行く事にした。少しでも一緒に居たい、だって俺達付き合ってるんだもんな。


「そういえばさ」


「? どうしました?」


「紫陽花寺で話した事、覚えてる? ほら、ゾンビが〜ってやつ」


「あぁ! もちろんですよ! 夏が来たらどうなるんだろうってやつですよね?」


「それで思ったんだよ。どうにかしてゾンビを治す方法ってないのかなって」


 そう。俺がこの週末、密かに考えてた事。それは乙成のゾンビ化を治す手立てがないのかという事だ。夏が来るとかはそのきっかけでしかない。今の俺は、乙成のゾンビ化の進行を一時的に抑えているだけ。完治はさせていない。でもきっとある筈なのだ、乙成を治す方法が。


「方法……ですか。確かにこのままで特に不便もなかったので、そこまでちゃんと考えた事なかったんですけど、言われてみれば元の姿に戻る方法が何処かにあるかもしれないですよね!」


 少し考える風にしてから、乙成は明るい笑顔でそう言った。乙成だって考えてなかった訳ではなかろうに、俺に合わせてくれたのかな?


「俺、探してみるよ……! ネットに書いてあるのかも分からないけど、治す方法!」


「ありがとうございます! 私も何か手がかりがないか、探してみますね!」


 そうだ。ゾンビになるなんて突拍子もない事が起きたんだから、もしかしたらそれを治す方法だって何処かに転がっている筈なんだ。


「もし、そこの」


 乙成と別れてしばらく。ほんのちょっと寂しさを噛みしめながら駅までの道を引き返していた所で、突然背後から話しかけられた。


「は、はい?」


「この辺に、薬局はあるか? 腰をやっちまってのぉ……」


 声のする方を見ると、今俺が通って来た道の端っこに一人の老人が座っていた。


「駅前にならありますけど……大丈夫ですか?」


「いやぁ、普段はを飲んで紛らわせているんだがなぁ……生憎と切らしてしまってな……」


 お茶で腰痛が治る? なんか麗香さんみたいだな。それになんでこんなボロボロの服を着てるんだ? 顔も日に焼けてて赤黒いし、ヒゲも髪もボサボサの伸び放題だ……もしかしての人か? 見た感じ、腰以外は元気そうだけど……


「湿布かなんかがあると助かるんたが……」


「あの、俺買ってきましょうか? 歩くのもしんどいでしょう?」


「なんと! それは助かる!! ついで……と言ったらあれだが、何か食いもんとお茶も買ってきてくれるか? なんか腹に溜まりそうなの」


 ちょっと図々しいな……いやいや、いかんぞ! きっとこの人も、今日を生きるのに精一杯なんだ。ここで会ったのも何かの縁。湿布と何か食べ物を買ってきてあげよう。


「分かりました! ここで待っててください」


「早く頼むな〜」


 おろ? ちょっとムカつくな……この爺さん、俺が買ってくるって言った途端に、そんな感じの態度になるの? いや、だからいかんって! お年寄りには親切にしないとだよな! 図々しいジジイだなんて思っちゃいけないよ!

 

 数十分後……



「はぁ……はぁ……買ってきました!」


「おお〜お疲れ様。遅かったな?」


 こいつ……


「なんか駅前混んでて! えーと、湿布とコンビニでお弁当とお茶買ってきましたよ」


「おおこれは助かる! の食いもんはなんでも美味いからな! 恩に着るぞ若者よ!」


「じゃあ俺はこれで……」


「待て」


 ひと仕事終えて、そそくさとその場を立ち去ろうとする俺を、謎の老人が引き留めた。


「な、なんですか? ってか、食べるの早!」


 振り向いたらもう既に半分程食べ進められた弁当を片手に、老人は真っ直ぐ俺の方を見ている。帽子を被っているし、ヒゲやらなにやらであまり顔はよく見えないが、俺を見るその目は鋭く光っていた。


「お前、何か悩んでいるな?」


「は?! な、なんでそれを……」


「やはり図星か。理由はそうだな、さっき一緒に歩いていたあの娘にある……と言った所か」


 こ、この人見てたのか? 景色に同化していて気が付かなかっただけで、本当は結構前からここに座っていたのか? 俺は、住宅街の路地の端っこにポツンと座る老人を訝しげに見た。


「あの、お爺さん、あなたは……」


「アカツキ」


「は?」


「アカツキだ」


 アカツキ……それがこの人の名前なのだろう。


「アカツキさん、あなたは一体なんなんですか? なんで彼女に原因があると思うんですか?」


「そんなもん、見たら分かるよ。あの子、ゾンビだろ?」



「!!!!!!!」

 


 

 

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