第156話保養所の真実
脱ぎ散らかされた服。乱れた布団。隣ですぅすぅ寝息を立てる乙成。
散乱したビールや缶チューハイに、ポテトチップスの香ばしい香り。アイスの包み紙に甘い甘いチョコレート……。
なんで……なんで……!
「なんでこの状況でみんな寝られるの?!」
まるで嵐の後の様になった俺達の部屋。そこら中、酒やらお菓子やらのゴミが散乱し、ぐちゃぐちゃになった布団の上で朝霧さん、滝口さん、乙成が寝ている。
どうしてこんな事になったのか。理由は単純明快、朝霧さん達が乱入してきたからだ。
あの時、俺と乙成はすごく良い感じだった。二人とも風呂上がりで身綺麗な状態だったし、向こうは浴衣、俺は甚兵衛スタイルという、まぁなんとも脱がしやすい恰好をしていた。
にもかかわらず、俺がモタモタしている間に、売店てしこたま酒とお菓子を買ってきた朝霧さん達が押しかけて来てしまったのだ。いや、空気読めよ? ここは君らもヨロシクやるタイミングだろ? なんで俺達の所に来るわけ? そして散々騒いだ挙げ句、三人して川の字になって寝てしまった。
「んあ? 前田ァなんか言ったかあ?」
「なんでもないです……あ! もう滝口さん! お腹出して寝てたら風邪引きますよ?!」
これだ……いつも乙成と良い感じになった時にやってくるお決まりのパターン。一体何回目だ? 擦られ過ぎて味もへったくれもないぞ?
時刻はもうすぐ二時……明日の朝にはチェックアウトしないといけないから、この二人には早いとこ部屋に戻ってもらいたい。
「ほら、寝るなら自分の部屋で寝てくださいよ?」
「なあによぅ! 人がせっかくいい気分で寝てたってのに!」
俺に叩き起こされてご機嫌斜めの朝霧さん。すまんな、でもここには布団が二枚しかないのだ。川の字で寝たんじゃ、流石に疲れが取れない。ていうか逆にしんどくなりそう。
起こすつもりはなかったけど、乙成まで起きてきてしまった。少しは酔いが冷めたのか、朝霧さん達はジュースを飲みながら談笑している。早く帰って欲しいんたけど……
「なんか、変な声聞こえませんか?」
俺が朝霧さん達に早く帰る様に促している時、乙成が辺りをキョロキョロしながら言った。
俺達は黙って耳をすます。するとまた聞こえてきたのだ。
言い争う男女の声が。しかも今度はより激しい気がする。女の方が叫んでいるみたいだ。
「ちょっと……なんなの? こんな時間に痴話喧嘩?」
流石に不安になったのか、朝霧さんの声のトーンも低くなる。
「なんかヤバくないっすか? 今にもコロしそうな雰囲気っすけど」
「滝口さん! 変な事言わないでください!」
物騒な事を言い出す滝口さんに、乙成がすかさず注意する。しかしその声は心なしか震えている様だ。
「もう我慢出来ないわ! みんな、行くわよ! こんな夜更けに大騒ぎして、幽霊だろうと人間だろうと、私がとっちめてやるわ!!!」
そう言って、意気揚々と立ち上がった朝霧さん。つい一時間程前、酒を飲んでどんちゃん騒ぎしていたとは思えない言い分である。びっくりするくらい自分の事を棚にあげるんだな。
「おおー! そうだ! 大騒ぎしやがって、せっかくのオレ達の旅行を邪魔するなんて許せん! ギッタギタにしてやる!」
滝口さんも物騒な事を言いながら立ち上がる。なんか、この二人っておめでたいよな、お似合いだと思うわ。
「私も! 日々ゲームでゾンビやら怪物やらを倒しているんです! 絶対に負けません!!」
乙成、お前もか……。ゲームと現実はだいぶ違うと思うのだが……
「前田! お前も行くよな?」
「え、俺も?!」
何故か部屋に置いてあったバットやら傘などの
「え……いや、あんまり首を突っ込まない方が良いんじゃないかと思うんですけど……」
「はは〜ん? さては前田、お前怖いんだな? おかしいと思ったんだよ! 蕎麦屋のおばちゃんの話にものって来なかったし! ビビってんだろ?」
「なっ……! そ、そんな訳ないじゃないですか!」
「じゃあ決まりな!」
くそ……つい流されてしまった。滝口さんは、俺の扱いに慣れていやがる。仕方ないので俺もみんなに混ざって
廊下に出るとより一層声が大きく聞こえる。声がくぐもっていてよく聞こえないが、今は女性が何かを必死に訴えている様だ。
声の出所は廊下の一番端の部屋。俺達四人は各々武器を握りしめ、一歩、また一歩と部屋へと近付く。
ドキ……
ドキドキ……
バン!!!!!
「あんた達!!! こんな夜中にうるさいのよ! 喧嘩なら外でしなさ……って、ええ?!」
「え?! あらやだどうしたの?!」
ノックもせずに強引に扉を開けて部屋へと押し入った朝霧さん、と俺達。朝霧さんの姿で部屋の全貌が見えずにキョロキョロしていると、中から意外な人の声が聞こえてきた。
部屋の中にいたのは、俺達がここに来た時に受付をしてくれた管理人のおばちゃん一人だけだった。缶ビール片手に一人晩酌する、リラックスモードのおばちゃん。
そして大音量で映画が流れるテレビ。
「え……おばちゃん、これって……」
「あら、もしかして聞こえてたかしら? 私、これ好きなのよ〜ミザリー! 何回見ても飽きないわ!」
おばちゃんが嬉しそうに興奮しながら見ていたのは、イカれた女が作家を監禁して自分の納得のいく小説を書かせるスリラー映画だった。そのタイトルを聞くだけでゾワッとする程のサイコスリラーの傑作を、深夜に、それも部屋を暗くして嬉しそうに鑑賞しているこのおばちゃんも大分イカれてると思うのだが。
「じゃあ、蕎麦屋のおばちゃんが言ってた
「あの人ったら、あなた達にも変な事吹き込んだのね?! もぉー! お客さんを怖がらせるのやめてって言ったのに! ごめんなさいね、それ全部嘘よ。あの人、適当な事を言って人を脅かすのが好きなのよ〜」
カラカラと笑って応えるおばちゃん。バックに映るミザリーのイカれ女と相まって、そこはかとない恐怖を感じるのだが、もうそんな事どうだっていい。全てはこの、人騒がせなおばちゃん達が巻き起こした騒動なのだと分かったからな。
「全く人騒がせね! 一時は本気で、お化けが出るんだと思ったわよ? おばちゃん、映画が好きなのは分かったけど、音量にはくれぐれも気を付けてね? あと、昼間っからそんなの見ない事!」
「はいはい、ごめんなさいねって……昼間ってなんの事?」
「昼間も見てたでしょう? 大音量で聞こえてたわよ? この映画みたいに言い合う男女の声が」
「昼間は見てないわよ〜お客さんが来る日は忙しいんだから! だから落ち着いたこの時間に見てるんじゃない!」
「「え……」」
じゃああの声は一体……??
そしてまた俺達はふりだしに戻るのだ。
翌朝。一泊二日の短い旅行は、最後にとんでもない謎を残して幕を閉じた。
結局、あの蕎麦屋のおばちゃんが言っていた事は本当だったのか……全ては謎のままだ。
でも俺達はあの時全員聞いたんだ。あれは映画のワンシーンなんかじゃない。
今でも鮮明に耳に残っている……悲痛な声で何かを訴えている女の声。
それは研修中に恋人を奪われ、恋人とその浮気相手までも手にかけた女の、嘆きの声だったのかもしれない……
保養所編 完。
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