第82話俺が何をしたと…?
「え、は? ……え?」
肩にポンと手を置きながら、美作さんは憐れむ様な、それでいて面白がっている様な若干の含み笑いで言い放った。
これは……つまり……?
「ざ、残念とは……? つまり俺に甲斐性がないと、そう言いたいんですか?!」
「あ、ほら前田くん、順路は向こうですよ」
分かりやすく話を逸らす美作さん。入館5分にして早くもダメージを負わされる俺。このままいけば、水族館をまわり終える頃には、俺の心が壊れてしまう……なんとかしなければ。
「んもぉ〜みんなこんな所で立ち止まって何をしてるの??」
ひとあし先に進んでいた麗香さんがオロオロしながら戻って来た。俺達がいつまでも来ないので不安になったらしい。
麗香さんは戻ってくるなり美作さんの側に寄って行き、その細くて真っ白な手をごくごく自然に美作さんの指に絡めた。
「麗香さん、アマミホシゾラフグですよ。海底に大きな家をこさえる魚です」
「凄いわねぇ。でもうちはもうこれ以上大きくなくてもいいかな?」
そう言ってにっこりと笑う麗香さん。絶妙に会話が噛み合っていないが、本人達はいつもこんな様子なのか気にしていない。麗香さんが、行きましょうかと言って歩き出すと、俺と乙成も仲良く連れ立って歩く二人の後ろを追うように歩き出した。
「前田さん! 見て下さい! 綺麗な魚! あ、向こうにはエイがいますよ!!」
螺旋状のスロープになっている道をゆっくり進みながら、俺達は大きな水槽の中で悠々と泳ぐ魚達を観察していた。今日が休日とあってか、家族連れも多い。小さい子供に混ざって水槽を覗き込む乙成が無邪気で可愛らしかった。
「でもこんなにたくさんの種類の魚が一緒の水槽に入ってて、食べられたりしないのですかね?」
「確かに……小さい魚なんか食われちまいそうだよな……」
「時間帯を決めてしっかり餌をあげているから他の魚を襲う事はないそうですが、うっかり捕食される事もあるみたいですね」
俺達の会話に、またしても美作さんが割って入ってきた。その隣には、麗香さんがぴったりと寄り添っている。
「うっかり食べられちゃうのは嫌ねぇ……」
「もし、麗香さんとあいりが魚になったとしても、僕が他の魚達に、健康を害する程の食事を常に供給し続けるので大丈夫ですよ」
「こ、怖い……」
俺は仲睦まじく会話をしているこの家族達の横で、小さく独り言を言った。普段からずっとこのテンションで会話をしているのか……? 考え方が極端なんだよな……
会話の中に俺の名前は一切出てこない疎外感で、ほんのちょっぴりダメージを負ったけど、まだいける……! でも気を抜くな……うっかり気を抜いたらやられるぞ。
螺旋状のスロープを下って、今度はトンネル型の通路に出た。先程下りてくる時に見ていた水槽の中を今度は歩く感じだ。イワシの群れがキラキラと輝いていて、これもまた幻想的。全体的に青っぽく薄暗い館内の雰囲気と相まってゆったりとした時間が流れている様に感じる。
き、来てよかった……乙成も楽しんでくれている様だし。美作さんがマジでいらんけど。
「あ!!!! 前田さん! スナメリさんがいますよ!!!!」
トンネルを抜けた先、少しひらけた大きな水槽の中をゆったりと泳ぐスナメリが目に飛び込んできた。スナメリを見るなり、その他多くの子供達に混ざって興奮する乙成。丁度餌時の様で、水槽の上の方に長いホースが見える。あれで餌をやるのだろうか?
「スナメリのプレイングタイムが始まるみたいですよ! 見ましょう!!」
乙成に手を引かれ、水槽の方へと早足で向かう。このプレイングタイムとやらは有名なのか、既に水槽の真ん前は凄い人だかりだ。俺達は斜めからギリギリ見える位置に移動をして、なんにもない広い水槽の中で直立しているスナメリに注目した。
飼育員さんの元気な声で可愛いスナメリのショーが始まった。
みんなが見守る中、スナメリくんは悠々と泳ぎながら数々の技を披露する。
水槽の底に沈んだボールを頭と口? を使って器用に運ぶ姿や、ホースにつけられた魚を、口から勢いよく吹き出した水で見事に魚を吹き飛ばして食べる姿。
吹き出した水と空気で出来たバブルリングというパフォーマンスをする度に、お客さんの可愛いー! という歓声と拍手が起きていた。当然、乙成も一緒になって興奮している。
いつの間にか美作さんと麗香さんの姿も見えなくなり、この場には俺と乙成だけ。あと知らない人達。
やっと……やっとデートらしくなってきたぞ……!
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