第83話もういいてあんた
しばらく二人で、ショーの後もスナメリを眺めていた。ミニマリストもびっくりするくらい何もない水槽の中を、仲間のスナメリくんと楽しそうに泳いでいる。点と線のみで描かれたゆるい顔つきは、生き物なのに既にデフォルメされたイラストの様だ。絵に描いた様な顔とは、こんな顔の事を言うのだろう。
「可愛いですね! たまにこっちを見るから、スナメリさんも私達が分かるんでしょうね!」
水槽にぴったりと手をくっつけて、スナメリをよく見ようと覗き込む乙成。店内の明かりが薄暗く、今日はあんまりゾンビ感がない。俺も乙成の隣に立って、二人で時間を忘れてスナメリを観察していた。
「あのさ」
「はい?」
人も少しまばらになったスナメリエリア。
誰も俺達を知らない。
目の前には悠々と泳ぐスナメリ。
めちゃくちゃ雰囲気がいい。
つまりこれは……
告白のチャンスだ!!!
……え? 気が早くない? そうかな? でもまどろっこしくない? 第四部だぜ? いい加減、次のステップに進んでもいいんじゃないか?
声をかけたはいいけれど、この後なんて言おう? いきなり好きだ!!!! は、流石に変だしな……どうしよう……こういう時、どうすればいいのか調べて来なかった。
「? 前田さん? どうしました?」
ええいもういったれ!!! 当たって砕けろだ!!!!!
「乙成っっ!!!!!!」
意を決して隣に立つ乙成を方を向いた。それはもう、漫画だったらバッて効果音付きで。
「………………」
俺の目の高さの位置には乙成の姿はなく、代わりにモフモフのシャチのぬいぐるみがこっちを見ていた。
「前田くん、もうすぐイルカショーが始まります」
み
美作ああああああああああ!!!!!!
なんでいんの?! あとそのシャチは何?!
美作さんはでっかいシャチのぬいぐるみを抱きかかえながら俺達の間に入ってきた。麗香さんに買ってもらったのだろうか、乙成も可愛いなんて言いながらシャチに夢中だ。
この男、狙ってたな……? 絶妙なタイミングを見計らって割って入ってくるなんて、計算していたとしか思えない。
俺の一世一代の告白のチャンスがあっけなく塵となって消え、可愛いシャチのぬいぐるみとイルカショーという人参をぶら下げた美作さんが乙成をかすめ取って行った。えげつない身長差の二人を恨めしそうに眺めながらついて行く俺。ここに来てから俺、いい事なくない?
「麗香さんが場所を取ってくれてます」
そう言って美作さんに案内されたのは屋外にある大きなステージだ。大きなプールには既にイルカが元気いっぱい泳いでおり、飼育員さんもショーの準備をしている。
会場となっているステージには気持ちばかりのプラスチック製の壁があるが、多分イルカがジャンプする度に客席に水しぶきが飛んでくるだろう。その証拠に、客席や床に水溜まりが出来ている。最前列は間違いなくビショビショ確定だ。
麗香さんが場所取りをしてくれていた席は最前列から二段上がった三列目の真ん中辺り。程よく見えて、水がかからなそうな席だ。この真冬にびしょ濡れになったら確実に風邪を引くからな。丁度いい席で良かった。
席順は左から、麗香さん、美作さん、乙成、俺だ。美作さんが女性二人に挟まれる形で座っているのが少し気に食わないが、乙成の隣に座れただけ良かった。てっきり俺は美作さんの隣でガッチリガードされると思っていたからな。
そうこうしている内に、イルカショーが始まった。音楽と共にイルカ達がプールを縦横無尽に泳ぎまくる。さっきのスナメリとは打って変わって、こちらはダイナミックな動きに圧倒されてしまった。
天井からぶら下がった高い位置にあるボールを華麗にジャンプしてタッチすると、想像していた通り、観客席に向かって大量の水しぶきが飛んできた。
途中から乱入してきたアシカの合図でイルカがジャンプしたりと、会場の熱気はまさに最高潮。大興奮のままショーは終了した。
「凄かったですね! イルカさん格好良かった!」
名残惜しそうに席を立つ俺達。通路側の席にいた俺が最初に立ち上がって乙成達を先に行かせる。
「そこ、水たまりあるから気を付けて……」
俺が言いかけた丁度その時、美作さんの後ろをついて通路の階段をおりようとした麗香さんが足元の水たまりに足を取られて転びそうになった。
「キャッ」
「大丈夫ですか?!」
間一髪、転ぶ既のところでなんとか麗香さんを受け止める事が出来た。
「あぁ……びっくりしたぁ。前田くんありがとう!」
長い髪をふわりと耳にかけて笑顔でお礼を言う麗香さん。間近に見たその表情に、不覚にもドキっとしてしまった。
「麗香さん、大丈夫ですか?」
美作さんが慌てて俺達の方へと向き直った。その顔は余裕がなく、とても焦っているように見える。
「すみません、シャチを抱いていたのですぐに対応出来なくて……」
「転びかけちゃったの。でも前田くんが助けてくれたから大丈夫よ〜」
分かりやすくめちゃくちゃ落ち込む美作さん。心なしか彼の抱えるシャチまで元気なさそうだ。
麗香さんは再び「平気よ〜」なんて軽く返事をして、階段下で待っている乙成の方へと向かって行った。
「前田くん」
くるっと振り返って俺の顔を真剣に見る美作さん。何を言い出すのか分からなくて、無意識に身構えてしまった。
「ありがとうございます。麗香さんを助けてくれて」
「そ、そんな大袈裟な……」
突然のお礼に、苦笑いで応える俺。深々と頭を下げられて恐縮してしまった。
この人かなり変な人だけど、ちゃんとお礼は言える人なのだなと、何故か感動してしまった俺がいた。
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