第81話水族館デート

 今日は乙成と水族館に行く。実質初デートだ。


 いや、これは俺が勝手にそう思っているだけで、乙成はデートと受け止めているのかは分からない。でも、この前二人で出かけようと誘った時、彼女もそれに同意した。

 昨今では何かと同意がない事によってトラブルに発展するケースが後を絶たない中で、二人きりで出かけようという提案に同意してくれた事は奇跡としか言いようがない。


 これはもう付き合っているという認識で差し支えないのでは? 俺にはよく分からないけど、気が付いたらいつも隣にいて、いつの間にか付き合っている事になっていた、なんて大人の世界じゃよくある事なんだろ? 俺達だって大人だからな、そんな事になっていてもおかしくはないと思う。うん。


 水族館の後は、ちょっとお洒落な所でご飯を食べるのもいいな、高い店じゃなくって雰囲気の良いカフェ&ダイニング……とか。それがどんなもんなのかは知らないけど、大体間接照明の淡い光に照らされた、北欧の家具と革張りのソファが置かれた店だろう。

 

 店員もお洒落の国からやって来たファッションモンスターばかりで、砕けた感じに見えるが英語がペラペラだったりするんだ。そんな店でお洒落なリゾットとか食べたりしてな……白いコンクリの壁には白黒映画が投影されていて、薄暗い店内にチラチラと光る明かりが、乙成の瞳に反射したりなんかしてさ、何故かちょっと艶っぽく見えたりするんだ。ゾンビなのに。


 これは完璧なデート……完璧なシチュエーションだ。



 



「前田くん、チケット売り場はあっちですよ」




 そう、俺はほんの数分前までこんな感じで、今日の初デートを何度も脳内でシミュレーションしていたんだ。昼間は水族館でほのぼの楽しいひととき、夜はグッと大人な感じで距離を縮める。全ては完璧だったんだ。



 こいつ美作が現れるまでは。



「前田さん、本当にごめんなさい! 二人で出かける事、母達にバレちゃって……母って、博物館とか水族館の類に目がないんです……一緒に行きたいって言って、聞かなくって……」


「いや……いいよ……」


 心底申し訳なさそうに謝る乙成。ここで乙成を責める訳にはいかないが、麗香さん以上に厄介なのは美作さんだ。

 先日の日曜日、中々にパンチの効いた初対面を果たした俺達だが、俺は多分何度会っても美作さんには慣れないだろう。


 明らかな敵意を向けてこそ来ないが、落ち着いた敬語でジワジワ攻撃してくる、それを先週会った時にまざまざと見せられた。

 油断したらやられる……今日ここに来たのも、麗香さんを盾にして、俺に牽制しに来たという所か……


「母達はいるけど、楽しみましょうね前田さん!」


 本当に楽しめるのか不安ではあったが、せっかくのデートだ。ここで腐っていても仕方が無い。俺達は連れ立ってチケットを買い、頭上に書かれた看板通りに見てまわろうとした所で、まだ何も生き物のいないエントランスに展示してある、不思議な形の模型が目に入った。



 それはサークル状の不思議な模様をしたバカでかいプラスチック製の模型。その模型の隣にはデカデカと「海のミステリーサークル!?」と書かれている。


「なんだこれ?」


「凄い大きい模型ですね……波みたいな模様をしています」


「アマミホシゾラフグについての展示ですね。ここ10年くらいで見つかった新種のフグです。この大きな丸い模型は、アマミホシゾラフグが海底で自らのヒレで砂をかき上げ作った産卵巣の実際の大きさを模して作られた物です」


 俺達が不思議な形の模型に見入っていると、俺と乙成の間に割って入る様にして美作さんが解説を挟んできた。


「えっ、これ巣なんすか?!」


「はい。オスのアマミホシゾラフグがメスを向かい入れる為に作るものです。あ、ここにアマミホシゾラフグの模型も居ますね。こんな小さな魚が、2メートル近い産卵巣を作るそうです」


 美作さんが指差す先に、アマミホシゾラフグの模型もいた。直径10センチくらいの小さな魚だ。模型の隣には、実際に海底で撮られたであろう産卵巣の写真が何枚も展示されている。計算されているかの様に整った丸い形に、中心に向かって描かれた波状の模様。少し盛り上がっている形は、まるで古代の遺跡か何かにも見える。てか、こんな小さいのに、なんでこんなでかい巣がいるのだろうか……


「光太郎さん凄い物知りですね!」


「あ、いえ、全部ここに書いてあるので」


 謙遜した様にちょっとオロオロする美作さん。でも乙成に褒められてわかりやすく喜んでいる。


「僕は魚には1ミリも興味がないのですが、こういう生き物として本能的にオスに課せられている役割の様な物には興味がありますね」


「確かに……でもなんでこんなデカい巣が必要なんですかね? こんなに小さいんだから、小さい巣で良いじゃないですか?」


「前田くん、いつの世も甲斐性があるオスがモテるのですよ。デカい家を建てられるだけのポテンシャルがないと、子作りすらままならないのです。現にアマミホシゾラフグは、素敵な家を用意しないとメスに気に入ってもらえないそうです。彼らも子孫を残す為に必死なんですよ」


「なんか……切ないっすね……」


 美作さんの話を聞いて、俺は水族館という楽しい筈の施設にやってきたのに何故か悲しくなってしまった。オスにとって、この世界はなんて厳しい所なんだ……。俺もオスの端くれだが、オスとして生きる事がちょっと嫌になった。俺達が一体、何をしたっていうんだ……


「でもこの模様見てると不思議な気持ちになります……下書きも目印もないのに、こんなに綺麗に描けるものなのですね……!」


 そんな俺を他所に、乙成はキラキラした目でアマミホシゾラフグが描く海底の模様に見入っている。



「ほらね? メスには魅力的に映るんですよ」


 そう言って、美作さんは俺の肩にポンと手を置いた。


「だから前田くん、


 

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