第80話乙成家

 「前田さん、ごめんなさい。光太郎さんちょっと変な人なんです……」


 駅まで向かう道すがら、乙成が申し訳なさそうに謝ってきた。良かった、やっぱり変な人って認識で合ってたんだ。


「うん……まぁちょっとどころでは無かったけどね。でも面白い人だね、お母さんも優しい人だし」


「光太郎さんは昔からちょっと変わってて……でも、母の事を支えてくれているから感謝しているんです」


 隣で歩く乙成は、何かを思い出すかの様な、懐かしさを含んだ柔らかい表情をしていた。


「あの……言いたくなかったら言う必要ないんだけど、乙成のお父さんって……?」

 


「父は……私が中学生になったばかりの頃に、ある日突然……。あんまりにも突然の事だったので、凄く驚いたのを覚えておます」

 


「え……そうだったのか……ごめん、変な事聞いて」

 


 そうだったんだ……確かに今までお父さんに関する話が出てこなかったし、麗香さんも恋人がいるから一緒にはいないとは分かっていたけど、特に深く考えずに軽い感じで聞いてしまった事を後悔した。


「え? あぁ気にしないでください! 私も母も、もう乗り越えたので平気ですよ!」


「本当に? それでもこんな歩きながら話す様な話じゃなかったよな、ごめん……亡くなっているなんて知らずに、デリカシーがなかったよ……本当にごめん」


「ん? 亡くなった? 誰がですか?」


 俺の言葉に乙成が立ち止まって聞き返した。え? 違うの?


「え、だって、お父さんが突然……って言ったから」


「違いますよ前田さん! 父はめちゃくちゃ元気です! 今はトレジャーハンターをしてます!」


「………………はい?」


 トレジャーハンター? 急に何を言い出すんだ?



「父は大学教授だったんですけど、私が中学生の時にいきなり、今日からトレジャーハンターになって世界を巡る! って言って出て行っちゃったんです。元々父もだいぶ変わってはいたんですが、映画を見て心に決めた様で。なので今頃、世界の何処かにはいると思います! たまに絵葉書が届くので」


「なんだ……紛らわしい言い方するなよ……てっきりもう亡くなられてるんだと思うだろ……」

 


 ようやく理解したのか、乙成は「確かにそうですね!」なんてあっけらかんとして言った。ほんの少しでも心がしんみりしたのを返してくれ。



「ちなみにその父の教え子が、光太郎さんです!」


「まじかよ……なんか色々とあるんだな」


 トレジャーハンターになると言って家を飛び出して行った親父に、夫の教え子と付き合う母親。そう思うと、俺の家って本当に普通なんだな……この前電話した時なんか、節分の豆の数で喧嘩になったって言ってたもんな、なにを揉める事があるのか不思議で仕方が無かったが、乙成家と比べると平和なものだ。後で母さんに電話しよ。



「あ、そういえばさ」



 もうすぐ駅に着くという所で、俺は思い出したかの様に足を止めた。隣で歩く乙成も、首をかしげて立ち止まる。


「前田さん? どうしたんです?」


「なんかさ、ここ最近色々……あったじゃん? だからさ、何処か行かない? 二人で」



 言った途端に頬が熱くなるのを感じた。多分だけど、俺は生まれて初めて女の子をデートに誘ったと思う。


「いいですね! 行きましょう! 何処行きたいですか?」


「乙成は行きたい所はない?」


「いつも私ばかりが前田さんを連れ回しているので、前田さんの行きたい所に行きましょうよ!」



 そう言われてもな……この前も思ったけど、スッと出てこないんだよな。


 デート……女の子と二人で出かけるってなったら、みんな何処に行くんだ?


 俺が考えてる間、乙成はニコニコしながら俺の言葉を待っていた。二月にしては暖かい気温のせいか分からないが、やけに顔が熱い。人に見つめられるってこんなにドキドキするものだっけ? 相手が乙成だからかな……?



「す、水族館……とか?」


 俺は自分の経験値不足の頭をフル回転させて、ようやく水族館というワードを絞り出した。定番で確実、俺にはもう、これくらいしか出てこなかったのだ。

 水族館という名前が出た途端、ニコニコこちらを見ていた乙成の顔がパァっと輝いたのがわかった。

 


「水族館いいですね!! 行きましょう! 二人で!」



 二人で。この言葉一つで心がジワァっとなるから不思議だ。ここ最近で、一番欲しかった状況かもしれない。


 乙成への気持ちを意識して初めて。


 今まで何度も出かけてはいるが、今回が本当の初デートになる。



 別れ際の挨拶を笑顔でする一方で、俺の心は喜びの混じった、嬉しいソワソワが渦巻いていた。


 

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