第51話ゼファーの彼とマジェスティの男

 ここは都内のバルという名の居酒屋だ。当店オリジナルのお洒落カクテルに、お洒落の為だけにサラダに添えられた花。俺は、甘いんだか酸っぱいんだか分からんソースのかかったサラダを無言で口に運ぶ。


 目の前には休日仕様のケバい朝霧さんに、いつも通りニコニコ顔の乙成。そして俺の隣には……


「兄貴ー? 全然喋んないじゃん! 具合悪いの?」


 俺の弟で元ヤンキーで男の娘配信者のリン。今は絶賛、乙成に恋している二十歳だ。


 ……なんでこうなったかと言うと、数時間前まで遡る。


 今日は土曜日。俺は毎度の事ながら特に予定もなかったので、一日中ダラダラ過ごしていた。

 滝口さんから飲みに行こうと連絡があったが、なんかしんどかったので断ってしまった。どうせあの人の事だから、飲みのついでに風俗に連れて行かされる。そうでなければコンカフェか、キャバクラだ。もしくはその全てか。とにかく俺は、休みの日にわざわざ出張ってまで女の子と話す元気がなかったので断った。


 そんな時に、今度は乙成から連絡があった。朝霧さんとこれからご飯に行くから一緒にどうか、と。

 それだって悪い気がしたから断ろうとしたら、どうやら朝霧さんの提案だった様で、拒否権はなかった。断りの連絡を入れた直後に電話がかかってきて、


 分かってるよな?


 の一言で俺の参加が決まった。


 少し薄暗い店内の照明が、テーブルに並んだ料理達を一層お洒落に見せている。シュッとした店員がお洒落なカクテルを持ってくると、女子達(一人男)の中で歓声があがった。


「やっぱりここのお酒って可愛いの多いのよね〜乙成ちゃん写真撮って! うんと綺麗に撮ってね!」


 目の前で撮影会が始まった。テーマは「お洒落なお酒と写る私」朝霧さんはさっきから何度も角度を変えながら、やれ目が隠れてるだの、ほうれい線が目立つ等と言っては乙成に写真を撮り直させていた。


「あのー、すみません」


 撮影会にリンも加わって三人で大はしゃぎしている所に、俺は空気も読まずに飛び込んだ。なにやら三人で盛り上がっていますが、これは一体なんの集まりなんだ?


「なによ前田、なんか文句あんの?」


「いや、文句はないです……でも一つだけ。なんでコイツリンがここにいるの?」


 水を差されてご立腹の朝霧さんを他所に、俺はリンを指差しながら乙成に聞いた。指を差された本人は、メニューを見ながら、自身のスマホでどんどん食べたい物を注文している。


「朝霧さんがリンちゃんに会ってみたいって言ったんです! 丁度この辺りで遊んでたみたいだったので連れて来ちゃいました!」


「兄貴〜、もしかして自分だけ呼ばれたって思ったの〜? 俺がいて嫌だったぁ?」


 そこには、いつも通りのリンがいた。この前の事があったから、もっと好き好きオーラ全開で来るかと思ったのに。


「嫌、別に……てか、くっつくなよ!」


 そして相変わらずの距離の近さだ。もっとギスギスしてしまうかと思ったのに、あまりにもあっけらかんとしているリンに、俺は拍子抜けしてしまった。


「前田にこんな可愛い弟がいたなんてね〜? 前田が来るまで話してたんだけど、リンちゃんって昔やんちゃしてたんでしょ?」


「もうそんな話まで……まぁ多少は……」


「あ! 写真ありますよ美晴さん! 見る?」


 リンがスマホの画像を検索しながら言った。てか、今日会ったばかりなのにもう美晴さんって呼んでんの? どんなコミュニケーション能力してんの……?


「え! めちゃくちゃヤンキーじゃない!」


「リンちゃん眉毛ない!」


 乙成も朝霧さんもめちゃくちゃびっくりしている。そらそうだろう、見せている写真はうんこ座りしてガン飛ばしている写真だからな。ちなみに、その写真の場所は実家の前の道路だ。後ろに母さんが育てている椿が写っている。


「もう今はこんな恰好しないよ? でも面白いから初めての人には見せるんだぁー」


「これは凄いギャップよねぇ。私は昔の方が好きだけど。なんか、この写真見て昔を思い出しちゃったわ」


 朝霧さんの持っているグラスの中に入っている果物がシュワシュワと泡立ち、ピンク色のお酒が揺れる。そのグラスを見つめながら、朝霧さんは、もう酔っているのか照明のせいなのか分からないが、妙に艶っぽい笑みを浮かべていた。


「朝霧さん、昔ヤンキーだったんすか?」


「私じゃなくて、元彼がね。学生時代の話よ。よく茨城から単車に乗って会いに来てくれたっけ。久しぶりにゼファーの後ろ、乗りたくなっちゃった」


 流石としか言い様がない。遠い記憶の彼方にいる、茨城のヤンキーを想って酒を飲む朝霧さん。やっぱりとは思っていたけれど、昔結構やんちゃしてたんだな。


「俺は単車は乗らなかったなぁ。お金無かったし! いっつも徒歩かチャリ!」


「そうだったな、てか、チャリでどこ行ってたんだよ……」


「んー? それは秘密だよぉ! こんな所では言えない!」


 まぁ、そうだろうな。多分、茨城から千葉まで会いに来ていたヤンキーの方がずっと健全で可愛いものだった事だろう。


「昔はさ、これでも結構モテてたのよ、マジェスティの男とゼファーの彼が、私を取り合ったりしてね……」


「はぁ……バイクの種類っすか? 全然ピンとこないですけど……」


「美晴さん今でも十分モテるでしょー! 良い男いないの?」


 リンの言葉に、思い出の底から戻ってきた朝霧さんがピクリと反応した。


「そうね……気になる男はいるわ……」


 おい、まさかその男って……

 

 

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