第119話なぜそうなる

 ――節操の無い女子大生――


 偏見にしかまみれていないであろうワードを口に出して、美作さんは心配そうに麗香さんの顔を見た。


「こうちゃんったら! あいりなら大丈夫よ? あなたの大学時代に居た様な、とんでもない子なんかじゃないわ」


 美作さんの心配を他所に、麗香さんは朗らかな笑顔を向けたまま心配はないと言った。どこの大学にもいるんだな、とんでもない子。

 

「え、とんでもない子ってどんなんなんすか?」


「あら滝口くん気になる? あいりの父親が大学に勤めてた頃にね、用があって大学に行った事があるの。何処にいるんだろう? って探してまわってたら、研究室の前の廊下にこうちゃんが座っててね……部屋に入れないなんて言うのよ? あの時のこうちゃんの顔、すごい恥ずかしそうで可愛かったなあ♪」


「お母さん!」


 滝口さんの余計な質問に丁寧に応えてあげる麗香さんを、乙成が慌てて止めに入る。直接的ではないが、ソレと匂わせる様な話を親から聞くのは、子としてちょっと気まずいものがあるのだろう。


「あいりってば初心なのね~。そんな事より、さっき新しいパン屋さんに行って来たの♪ たくさん買ってきたからみんなで食べましょう」


 乙成の言葉を軽くあしらって、麗香さんはテーブルの上のグッズ達をそそくさと退けてパンを並べだす。

 

 あっという間に、テーブルの上は様々な種類のパンでいっぱいになった。俺達がいるって聞いてなくてこんなに買ってきたの? 3人でどんだけ食うつもりだったんだ?


「それで? あなた達二人はもうお付き合いしてるの?」


 突然の麗香さんの問いかけに、俺は驚いて口の中のパンを全て吹き出しそうになった。


「お母さん! 一体何を言い出すの?!」


「あらぁ? もうてっきり付き合ってるんだと思ってたのよ? ホワイトデーの時に良い感じだったじゃない♪」


 驚きの余り、乙成も運んできたお茶を盛大にひっくり返しかけていたが、なんとか踏み止まって麗香さんに反論していた。麗香さんは俺達の焦った顔を交互に見ながらクスクスと笑っている。


 なんて言っていいか分からない俺は、ハハハと乾いた笑いをこぼしてその場を軽く流した。何せ、もう付き合ってるもんだと思ってたのは俺も同じだからだ。あとほんのひと言を伝え損ねたせいで、俺達は今だ「お友達」のままなのだ。


 ふと、俺の真正面から不穏なオーラを感じる。


 美作さんだ。奴はパンをムグムグしながら殺気立った鋭い目で俺を睨んでいる。麗香さんの冷やかしに苛立ちを感じている様だが、俺を睨むのは違くない? 俺じゃないじゃん。麗香さんが言ったんじゃん。


「あ」


 俺が美作さんに睨まれて動けずにいると、隣でパンを貪り食っていた滝口さんが急に間抜けな声を出した。


「どうしたんすか?」


「え、ああ、ごめんごめん。今朝霧さんから連絡来てさあ! オレ帰る! これ、やるわ!」


 そう言って、食いかけの焼きそばパンを手渡してくる滝口さん。本当に要らないので手渡して来た手をやんわりと拒否してやった。


「あら? もう帰っちゃうの?」


「すみません、彼女から連絡が来まして……! パンごちそうさまでした!」


 バタバタとせわしなく部屋を出て言った滝口さんに、麗香さんはのほほんとした雰囲気で「忙しそうね」とだけつぶやくと、乙成と二人で台所の方へと移動していった。なにやら新種のお茶を手に入れた様で、みんなで試飲してみようとの事。彼女が調合したお茶ではないので危険はなさそうだけど、大丈夫だろうか……?


「やはり問題は君だけの様ですね」


 女性陣はキャッキャ言いながら台所で楽しそうにしている中、またしても二人っきりにされてしまった俺と美作さん。二人になるなり速攻で訳の分からない事を言い出した。


「問題……とは?」


「さっきの彼は彼女がいるとの事でしたので、とりあえずは警戒しておく心配はないかと。問題はやはり、前田くんだけとなった。という意味です」


 はぁ……と、それでも訳の分からない俺は曖昧な返事をして美作さんを見ていた。相変わらず感情の読み取りづらい人だ。顔が良いからちょっと怖さまである。


「それにしても君もしつこいですね。まだあいりの事を諦めていないとは」


「えっ、ちょっと待ってくださいよ! この前なんかちょっと許してくれてる雰囲気出してたじゃないですか!」


 そう、先日のホワイトデーの時。美作さんに乙成への気持ちを伝えた時に確かに感じたのだ。これまでとは違う、敵意を向けて来ない目を。これは俺的には、俺達二人の事を認めてくれたと思っていたのだが、違うという事なのか?


「友達になる事は認めました。でもそれ以上の関係、つまり性的な関係になる事は認めていません」


「ちょっと生々しい言い方しないでくださいよ! 噛み砕いて言わなくても分かりますし!」


 ダメだ……またしてもこの人のペースに巻き込まれている気がする。てか、もう友達以上恋人未満な感じじゃん、俺達。今更そこを認めないって言っても遅くね??


「あ」


 俺のツッコミを華麗に無視して、何やら考え込んでいた美作さんが、急に何かを思いついて顔をあげた。お、おい……何を言い出すんだよ? なんか閃きやがったぞ。

 


「そっか。前田くんが僕を好きになれば良いんですよ」



 ……ん? え、なんて?

 


「すみません、意味がちょっと分からないんですが……」


「だから、前田くんが僕を好きになれば、あいりの事を諦めるでしょう?」



 ……………………………………



 なんでそうなるんだっっっっっ!!!!!


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る