第118話梱包とプチプチは俺にまかせとけ!

 春だ。だいたいこの頃になると、意味もなく気分が高揚する。それは何も俺だけが例外という事はなく、だいたいこの時期になるとみんな外に繰り出すし、開放的になり過ぎた不審者が多く見られるのも、今の季節だ。まぁ暖かいもんな。春には、そんな何か不思議な力がある。


 そんな春の真っ只中、俺は生まれた。4月29日。大型連休の始まりあたりに生まれた俺は、友達を大勢招いて家で誕生日パーティ……なんて事は一度もなく、大抵の場合は家族とのんびり過ごす子供時代を送った。

 こどもの日が近いから、柏餅をよく出された記憶がある。あれ、無性に食いたくなるよね。甘じょっぱいのって最高。


 とにかく、俺はこの春で25歳になる。そしてこの年は、俺にとって歴史的な誕生日になる事だろう。


 なんてたって人生初、好きな子がいての誕生日だ。乙成あいり。俺は今、この子に絶賛恋心を抱いている。


 俺の中の計画では、誕生日には二人は付き合ってる算段だったんだがな……。思わぬ邪魔滝口カップルが入ったせいで、立ち消えとなってしまった。


 まぁまだ4月に入ったばかり。俺の誕生日は月末だから、ここから充分挽回出来る筈だ。


 

「ほら、そこ……もっと優しくしてください……」


「乙成……」


「あ……私がやってあげます、こっちへ……」


「乙成……」



「ああ! もう! 滝口さん何回言ったらわかるんです?! 缶バッジをそんなに雑に扱わないでください!!!」


 部屋に響き渡る乙成の怒号。鬼の形相をした乙成が、さっきからめちゃくちゃ滝口さんに怒っている。


「乙成……?」


「なんですか?! 前田さん! さっきから何度も何度も名前を呼んで!!」


 

 バレンタインの時、その声でもっと私の名前を呼んで欲しい、などと言っていたいじらしい乙成の姿はどこにもなく、今日の乙成は缶バッジとカードの山の前で仁王立ちして俺達に梱包の指示を飛ばしている。名前を呼んだだけで怒られるなんて……理不尽極まりない。


「はい! 缶バッジをOPP袋に入れました! プチプチを使わせて頂きたいのですが!!!」


「もう袋詰め終わったのですか?! 流石前田さんです! 滝口さんも見習ってくださいよ!」


「なんでオレがこんな事……」



 ここは乙成の家。今日は土曜日だ。折角の土曜日という貴重な休日に、俺と滝口さんは乙成が先日行って来たというポップアップストアでの戦利品達の梱包に追われていた。数に指定のあるブラインド商品を複数買ったらしく、蟹麿以外のカードや缶バッジやらを、を用いて交換に出したらしい。


「だってよー。オレ、こーゆう細かい作業嫌いなんだもん」


 怒られ過ぎて、すっかりへそを曲げた滝口さんが、梱包用のプチプチをプチプチしだす。おい、不用意にプチプチするなよ、梱包に使えないだろ!


 元々、今日の梱包作業を頼まれたのは俺だけだった。俺のを見込んでの、乙成からのお願いだ。当然断るわけがない。俺は嬉々として乙成の家へと急いでいたわけだが、その途中で滝口さんから連絡が入ったのだ。

 なんでも、今日本当は朝霧さんと出かける予定だったが、朝霧さんの都合でキャンセルとなったらしい。そして暇になった滝口さんは、半ば強引に俺について行くと言い出したのだ。


「でも滝口さん、この前作ってた消しゴムはんこの出来もなかなかでしたよ?」


「え? やっぱり?? やっぱそう思うよなあ! 部長にはバレたけど、次は絶対にバレない認印を作ってみせるんだ!」


「ふふ、流石滝口さんです! じゃあ、もう少しだけ梱包頑張りましょう!」


 乙成に持ち上げられて、滝口さんは分かりやすくやる気を出して梱包作業に戻った。乙成って、こういう感じで相手を持ち上げたり出来るんだな。見たことはないけど、何故か麗香さんが頭に浮かんだ。あの人もこういうの得意そうだよな。


 しばらくは3人でお喋りしながら梱包作業していた。なんだかんだで滝口さんも楽しそうにしてるし、滝口さん達の次のデートプランなんかを話し合いながら手を動かす作業は、なかなか充実した土曜日の風景と言えるだろう。


「お腹空きましたね……」


 作業にひと区切りついて、乙成がお腹の辺りを擦りながら力なくへなへなと呟いた。それに続く様に、俺と滝口さんの腹も鳴る。丁度昼時だ。腹が空くのも無理はない。


「どうする? なんか食いに行くか?」


「うーん……」


 3人して悩んでいた丁度その時、乙成の部屋のインターホンが大音量で部屋に響き渡った。


 ピンポーン


 はいはい〜みたいな感じでモニターを確認しに行く乙成。蟹のぬいぐるみが付いたスリッパを履き、パタパタと音を立てて走っていく。俺は、一体何処でそのスリッパ買ったんだろ? などと余計な事を考えながら、来客に対応する乙成を待っていた。


 何やら玄関先でバタバタしている様子。その原因が、このすぐに理解出来た。


「あらぁ♪ 前田くんも来てたのね♪」


「麗香さん! ……と、美作さん。こんにちは……」


 リビングに入って来たのは麗香さんと美作さん。いつも通り、ほんわかした雰囲気で肩にストールをかけている。一方の美作さんは、紙袋を抱えて相変わらずの表情の読めない顔をして麗香さんの後ろにぴったりとくっついている。


 先日のホワイトデー以来、久しぶりに会う。4月に入ってからは初だ。この前は俺達の事を認めてくれた様な雰囲気を出していたが、部屋に入って来て俺と滝口さんを見て目を細める仕草を見せた。


「麗香さん、新しい男がいます」


 そう言って美作さんが見たのは、梱包作業で疲労困憊中の滝口さんだ。


「あ! お母さん達は会うの初めてだよね? この人は会社の先輩で、前田さんとの滝口さん!」


 乙成が麗香さん達に滝口さんを紹介する。俺の友達というワードに引っかかりはしたが、乙成には俺達がそう見えているのだろう。笑顔の乙成を尻目に、相変わらず美作さんは難しい顔をしながら滝口さんを見ている。


「あ、滝口です。よろしくお願いしまっす!」


 余所行きの顔で挨拶をする滝口さん。外面の良さたけは本当に天下一品だよな。中身は本当にクズなのに。


「滝口くん、いつもあいりと仲良くしてくれてありがとうね♪ こうちゃん? なんでそんな怖い顔、してるの?」

 

「……麗香さん、やっぱりあいりを一人暮らしさせるのは間違いだったんじゃないでしょうか?」


 あ。これはまたなんか変な事を言い出す流れだぞ?


「えー? どうしたのいきなり? それについては何百回も話し合ったじゃない」


「ここ最近、あいりの周りで出会うが全員男なんですよ? あいりは一体、どうちゃったんでしょうか。これじゃまるで節操の無い女子大生みたいですよ」


 

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