第121話初彼氏が出来ました(震)
「こんにちは前田くん」
ここは俺の会社のロビーだ。目の前にいるのは美作さん。奴は室内で風も出てないのに、サラッサラの黒髪をなびかせそこに立っている。通りすがる女性らが、奴の事を見る度ちょっと目を輝かせる。
なんでこんな所にいるのかと言うと、奴の目的は俺だ。乙成を諦めさせる為に奴が考えた事、それは俺が美作さんを好きになる事。説明してても意味が分からん。その為に美作さんは、男には1ミリも興味はないけど俺と付き合うそうだ。うん、やはり意味が分からん。やっぱりサイコパスの思考って理解出来ないもんなんだな。
で、なんでか分かんないけど俺の事を迎えに会社まで来たという訳だ。ただでさえ身長が高くて目立つのに、あの顔の良さも相まって余計に目立つ。なんかちょっと恥ずかしい。
「美作さん……何してるんすか?」
「お迎えです。僕は前田くんの
"彼氏"というワードに、通りすがりの女性らが思わず振り返る。先日、別部署の女性社員に俺と滝口さんが付き合っていると勘違いされたばかりなのに……。乙成とはこんだけいつも一緒にいて、噂の一つも生まれなかったというのに、なんで俺は男とばかり噂になってるんだ?
「あ! 前田さん、一緒に帰りましょ……って、光太郎さん……」
「あ」
乙成は駆け寄ってくるなり、美作さんの姿を見つけて表情が曇る。先日の一件以来、美作さんが絡むと乙成の様子がおかしい。なんかよそよそしくなるというか……。
「あいり。前田くんは今から僕と帰るんです。良かったら、あいりも一緒に帰りますか?」
「うん……」
今日一日、いつも通り乙成は元気いっぱいだった。界隈では人気の絵師が描いた蟹麿イラストに終始興奮しっぱなしで、昼休みなんかその人のオリジナルの絵まで全て見せてきた程だ。透明水彩で描かれた蟹麿が儚げで美しいだの言っていたのに。どういう訳か、今はすっかり元気がない。
「前田くん、先日言ってた初デートの事ですが」
「いや、えっと美作さん? この前も言った様に、俺はあなたと付き合うつもりなんてさらさらなくて……」
「前に麗香さんが行っていた様に、ピクニックとか如何でしょう? 桜はじきに散ってしまいますが、この季節は他の花や木々達もとても綺麗ですよ」
俺の話を完全に無視して、美作さんは俺とピクニックデートの計画を立てている。もうこの「ピクニックデート」というワードだけで震えが止まらないんだが、誰か助けて……
「前田さん! 本当に光太郎さんとピクニックデートするんですか?!」
お? それまでずっと黙って聞いていた乙成が、急に発言した。しかも鬼気迫る感じだ。どうしたんだ……?
「もし行くって言うなら……私も一緒に行きます!!」
「あいり、これは僕達二人のデートなんですよ? あいりがいたらデートになりません」
美作さんにそう言われて、一瞬グッと押し黙る乙成。しかし負けじと、ずいと前のめりになって俺と美作さんの間に入って来た。
「だから一緒に行くの!」
いつも控えめな乙成の、予想外のちょっと強引な態度に、俺と美作さんは二人して驚いた。
「い、いいですよ……あいりがそこまで一緒に来たいと言うなら」
流石に美作さんは、乙成からのお願いには弱い。了承しつつも、何度もいつもの乙成らしくないとボヤいていた。
こうして今週末に乙成と美作さんという、なんともよく分からんメンバーでピクニックデートをする事が決まってしまった。完全に一人要らない奴が紛れ込んでいるが……。
それにしても。
乙成は一体、どうしたんだろうか……?
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