第64話乙成の家族について
久しぶりの四月一日さんとの再会に喜ぶ乙成。四月一日さんも少しお話しましょうと言って、友人の売り子さんにその場を任せて一緒に少しまわる事になった。
ちなみにこの友人も中々のキャラの濃さで、名前は声が小さすぎて聞こえなかったけど、どうやら彼女も天網恢恢乙女綺譚のオタクらしい。その中でも
まともに接客が出来るのか不安になる人だったが、四月一日さんがいけると判断したのなら大丈夫なのだろう。
「あ、あいりん殿。あそこに居られるのが私が神と崇めている、同人作家の塩だれお肉さんですぞ」
「わわ! 本当ですか?! 私もフォローしてるんです! ほ、欲しい……!」
塩だれお肉……?
「あ! あの方、ももち冷奴さんですぞ! 前にフォロバしてくれたって言っていた!」
「あの方が! ご挨拶せねば!!!」
ももち冷奴……?
乙成と四月一日さんは、二人して目を輝かせながら売り場を見てまわる。途中こんな感じで、知っている同人作家に激励を送りながら、同人誌を買い漁っていた。乙成に関してはあらかじめ用意して来た
「いつもお世話になっておりますー」
手渡された塩だれお肉さんも乙成の事は存じているのか、乙成が渡したホットアイマスクと個包装の紅茶の差し入れを喜んで受け取っている。四月一日さんと三人で、推しカプについて興奮気味に話しているのが見ていて微笑ましかった。
気が付けば乙成の手には大量の同人誌。販売スペースから少し離れて、俺が持っていたキャリーバッグにしまう事にした。
「それにしてもいっぱい買ったな……」
「はい! もう興奮しちゃって!! お会いしてみたい作家さんもいらしたので、大満足です!」
一冊一冊丁寧にキャリーバッグに積めていく乙成。その横で四月一日さんも優しく微笑みながらその様子を眺めている。ここに来てからずっと思っている事だが、なんかみんな温かくない?
「してあいりん殿、以前のコラボカフェといい、あいりん殿はいつも男性を連れておられるのですな。なかなかすみに置けません」
「あ、あれは母のボーイフレンドですよ! いつも母と一緒にいるので、その日もついて来たんです!」
「えっコラボカフェに親と行ったの?!」
衝撃の事実だ。こういう趣味の場って、あんまり親が絡むイメージなかったけど、乙成ってめちゃくちゃ親と仲良いのかな? てか、母のボーイフレンドとは……?
「おや、そうでありましたか! 眉目秀麗な男性でしたので、てっきりあいりん殿の彼氏かと……」
「え! お母さんの彼氏がそんなイケメンなの?!」
乙成の彼氏かと勘違いされる程だから、めちゃくちゃ若い人なのだろうか。俺は益々気になってきた。
「うーん? そんな格好良い人ってイメージはあんまりないですね……母のボーイフレンドですし……」
「いやいや、あれを格好良いと言わないなら、世の中の男は殆どが陽の下に出られないですよ。なんか儚げな印象のある、ミステリアスな感じの男性でした」
四月一日さんが眼鏡をクイっとしながら呟く。その姿が
「あ、確かにミステリアスはあるかもですね! いつも土について勉強してる人です!」
「は? 土?」
「はい! 何か研究をしているみたいなんですよねー。地質学的なやつですかね? よく分からないんですけど、とにかく土が好きらしいです」
土……? またしても変わった人が出てきたな。もうこっちはキャラが濃い奴らばっかりで腹いっぱいだってのに。
「いつか機会があれば、前田さんにも母達をご紹介しますねっ! きっとすぐ仲良くなれますよ!」
「仲良くなれるかな……? でもありがとう」
「では、私はこの辺で。ヨルさんにも任せっきりにしてますし」
ヨルさんというのは、さっきの売り子さんだな。そんな名前だったのか、全然聞き取れなかったから今初めて知った。四月一日さんは柔らかい微笑みを浮かべながら小さく手を振って自分の持ち場へと戻って行った。
四月一日さんと別れて、俺達は他のエリアを見て回る事にした。全く知らない作品ばかりだと思っていたが、意外と知っている作品の同人誌も多く、一番感動したのは子供の頃に読んだ事のある漫画の同人誌があった事だ。もう完結済みの作品なのに、今だに根強い人気があるとは……。こうやってファンの間で脈々と受け継がれていくのだな。
「ん? ここはなんの作品? ゲーム?」
パッと目に付いたスペースに並ぶ作品達。その絵をチラッと見てもなんの作品だか分からなかった。
「ああ、ここは一次創作のスペースですね。原作のないオリジナルの作品ですよ! せっかくなんで見てみましょう!」
「そうだな。てか、本当にこの人達ってプロの人達じゃないの? めちゃくちゃ絵上手いよな」
「みたいですよ? 私も絵が描けたら色んなまろ様を生成出来るのに……!」
乙成が残念がっている。そうか、同人即売会とは、こうやって誰かが供給してくれるコンテンツを受け取る為の場所なのだな。乙成の様に、推しの色んな一面を見たい人達が大勢いるんだ。
並べられているオリジナル作品を眺めながら乙成と二人で歩く。と、そこに一際目立って女性達が並んでいるエリアがあった。
「あそこのサークル人気ですね、人気の方なのかな?」
女性達が並ぶ先、乙成がサークルと呼ぶ長テーブルには所狭しと本が置かれている。
そして、そのテーブルの前に立って、訪れた人に本を渡しているのは……
「朝霧さん?!」
「……え?」
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