第46話リンちゃんの赤面
数分後。
「くっ……なんで……なんで取れないの……?!」
乙成はクレーンゲームのケースに頭をこすりつける様にして落胆している。中の蟹麿クッションは、最初に置かれていた位置から僅か数センチしか動いていない。
「あいりん! 負けちゃダメだよ! さっき頭がちょっと動いたじゃん!」
横でリンが激励を送る。アームが弱いのか、頭が持ち上がりはするがすぐに落ちてしまう。この光景をさっきから何回も見ているが、一向に取れる気配はない。
「もう小銭が……最後の一回だ……諦めた方が良いのかな? うぅ……まろ様がこんなに近くにいるのに……」
「兄貴! 何ボーッとしてんの! あいりんに蟹麿クッション取ってあげてよ!!」
「え、俺?!」
急に話をふられて狼狽えた。クレーンゲームなんて子供の時以来やった事ないぞ……。
「兄貴子供の時得意だったじゃん! よくスーパーボール取ってくれたじゃん!」
「いや、スーパーボールとこれとは全然違うというか……やってみるけど、取れなくても文句言うなよ!」
お金を入れてゲームがスタートする。間の抜けた音楽と共に、まずは移動だ。このクレーンゲームはスティックで前後左右自由に移動が出来る。動く度に中のアームが不自然にガクガク動いていた。
「この辺り……かな?」
乙成が散々やっているのを見ていたお陰で、何となくあたりはつけられる。アームを蟹麿の胴体部分より少し上、頭寄りに合わせる。横からも念入りに確認して、確実な位置に照準を合わせたつもりだ。
「いけ!」
乙成達が見守る中、俺はボタンを押下した。四本の細いアームの足は、狙い通りぴったり蟹麿の胴体をがっちり掴んだ。
「え?!」
「マジか! いけそう!!」
横で見ていた二人も身を乗り出して行方を見守る。蟹麿クッションは、重たい頭をゆっくり持ち上げ地面から離れると、しっかりした安定感を保ったままゆっくり移動を開始した。
あと少し、あと少しの所で、ガックガクのアームが予測不能な動きをして蟹麿を揺さぶった。
「ああ!」
四本足のアームから、蟹麿クッションが落下する。もう落下口は目の前だというところで、俺達の希望をのせた蟹麿クッションは、胴体半分を落下口にせり出した状態で止まってしまった。
「そんなぁ……」
横で落胆する乙成。
「いや、もうこれで勝ったも同然だ」
俺は静かに口を開く。終焉にはまだ早い。物語のラストに朝日とともに救世主が降臨する様に、この状況はまさに東の山々を割って現れた援軍か、はたまた最後の一縷に望みを託して散って行った仲間達の思いなのか、とどのつまり何が言いたいかと言うと……
「もう一回やれば、落とせる」
という事だ。
「本当ですか?!」
「ああ、乙成見てみろよ。もう半分は落ちたも同然だ。ここに、上からアームでグニゥって押し込めば、蟹麿は吸い込まれる様にして落下口に落ちるって寸法よ……」
あとはアームの位置さえ見誤らければ……!
今度はアームの足を、せり出した蟹麿の丁度額の部分にくる様に調整する。
「ここだあああ!」
ポチ
ヒュンヒュンヒュンヒュン……
グニゥ
きた……! 狙い通り!
息をするのも忘れて、俺達は蟹麿クッションに釘付けとなった。可愛くデフォルメされた蟹麿は、アームの足で醜く押し潰される。その瞬間、押し込まれた事により、蟹麿の後半分が浮き上がった。
「取れる……!」
「まろ様……!」
しかしここで思わぬ計算違いが生じた。なんとアームの押し込みに限界があったのだ。
あと数センチ下に押し込めば落とせる……そう願ったのも虚しく、アームは最後の一押しをして、虚空を掴むアクションだけすると、ヒュンヒュン音を出しながら上がってしまった。
「くそ……」
諦めて下を向いて落胆する乙成。しかしここで、先程の最後の一押しにより蟹麿クッションは大きく前進した。
米俵の様な胴体は不安定な場所でグラグラと揺れている。横から風でも吹けば真っ逆さまに落ちていく事だろう。
そう、それはまるで散って行った仲間の魂が土に還って新しい生命となって芽吹くように……
ガンッ!!!!!!
ボト。
「え?」
機体が大きく揺れたと同時に、蟹麿クッションは落下した。白い足を片足だけ上げて、蹴りの姿勢で止まっているリン。機体の横には、軽くヘコミが出来ていた。
「あっれれー? なんか足が滑っちゃって! 偶然にもあたったら落ちちゃった!」
呆気に取られる俺達。脛の辺りを擦るリン。落下口でこちらを見ている蟹麿。
これはつまり……やったのか?
「リンちゃん! なんて事!」
「ごめんあいりん! でもこれ以上兄貴の変な心の声を聞いてられなかったの!」
こいつ……! 俺の心の声が聞こえるのか……?!
「でも……こんなの……こんなのって……」
蟹麿クッションを抱き締めながら震える乙成。そうだよ、いくらなんでもゲーム機に蹴りを入れるのは反則だ。良い子は絶対に真似しちゃダメなやつだ。
「凄すぎるよ! 偶然足が滑ったんだもんね? そんなタイミングで足を滑らせるなんて、リンちゃんってばなんて運がいいの?!」
「ええええー!?」
なんて事だ。乙成まで偶然にも足が滑った事による事故で片付けようとしている。
「前田さんっ! まろ様を救い出してくれてありがとうございます!!」
蟹麿クッションを大事そうに抱き締めながら、乙成は俺に感謝の言葉を述べまくる。こ、これで良かったのかな……?
*****
それから俺達は勢いに乗って、ありとあらゆるクレーンゲームを網羅した。気が付けば、俺達の両手には大量のお菓子と、有名どころのキャラクター達のぬいぐるみの入った袋でいっぱいになっていた。いつの間にかもう夕方。リンは翌日、朝から講義があるとの事で、少し早いがお開きとなった。
「今日楽しかった! また遊ぼ!」
ガサガサと袋を揺らしながらリンが言った。さっき脛を擦っていたけど、あの後良く見たらアザになっていた。アザになる程の蹴りを入れたら、普通はもっと痛がったりすると思うがそこは元ヤンキー、全く意に介していない。むしろ勲章である。真っ白い足に不釣り合いな青タンを咲かせたリンと乙成の三人で、駅までの道を歩いていく。
「本当に楽しかったです! このまろ様クッションは抱き枕にしますね。毎晩まろ様を抱いて寝ます!」
「なんか言い方がちょっとアレだけど……でも取れて良かったな」
俺とリンに挟まれて、乙成は新たに加わった蟹麿クッションを宝物の様に大事そうに抱えながら言った。
「リンちゃん、今日はありがとう。リンちゃんはやっぱり優しいね! 私が凄い欲しがったから、なんとしてもまろ様を取らせてあげようって思ったんだよね? まろ様も喜んでるよ!」
乙成は、俺だけじゃなくリンにも溢れんばかりの感謝の言葉を伝えていた。いつもの屈託のない笑顔で、蟹麿クッションの短い手をフリフリ振っている。
「あ! もうすぐ電車来るみたいですよ? 行きましょう!!」
時計を見るなり、俺達を急かして歩き出す乙成。夕方になっても人気の多さに変化のない駅までの道で、俺は乙成を見失わない様に追いかけようと前に進み出た。
「あれ? リン? なにボーッとしてるんだ?」
さっきからその場に立ち尽くすリン。ぞろぞろと向かって来る人達が、リンを避けながら通り過ぎて行く。
見るとリンの顔が真っ赤になっていた。
「あれ……そんな……え……? どうしよ兄貴」
「おい、どうしたんだ?」
明らかに動揺しているリン。いつもの自信ありげな表情は何処へやら、余裕なさげに顔を真っ赤にさせてアワアワしていた。
「俺……好きになっちゃったかも……あいりんの事」
「ハァ?!?!?!」
俺は周囲の人が驚いてビクつくくらいの声量で声をあげた。
少し離れた所で乙成が俺達を呼ぶ声も、かき消える程に。
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