第172話ゾンビパウダー

「乙成のゾンビ化を治す為?」


 俺が買って来たとろろ蕎麦をズルズル啜りながらアカツキさんが言った言葉、それは俺にとっては耳を疑う様な話だった。


 ゾンビ化を治す? やっぱりこの人、ゾンビの治し方を知ってるのか……いや、でも好感度がどうとか言ってたのは??? もう少し話を聞かないと分からないな。


「あいりがゾンビ? 何を寝ぼけた事言ってるんですか?」


 状況が飲み込めてない美作さんが怪訝そうな表情を浮かべながら口を挟む。今更と言えば今更だけど、なんでかみんな乙成がゾンビな事に気が付いてないんだよなぁ……


「お前こそ何を寝ぼけちゃってるわけ? 普通灰色の人間なんかいないっしょ。いつも言ってただろ、自分の物差しで人を見るなって。お前はそういう所あるからなぁ〜〜〜〜! 杓子定規って言うか? 枠に囚われず見にゃあかんよ〜? 研究者なんだっけ? そんな凝り固まった考え持ってたら新しい発見なんて出来ないよね〜」


「…………………………死ね」


 めっちゃ小さい声でアカツキさんに悪態をつく美作さん。アカツキさんを目の前にしたら、いつもの調子が出せないらしい。叱られた子供みたいに拗ねた様子の美作さんを、俺は心の中で密かにほくそ笑んでいた。


「アカツキさんは、いつから乙成がゾンビになったって事を知ったんですか?」


 色々不可解な点が多いので一つずつ説明してもらおう。まずはなんでアカツキさんが乙成のゾンビ化を知っているのかだ。海外にずっといたって言ってたし、一体どうやって……


「それはだな……」


 ましてもはぎれの悪くなるアカツキさん。何か言いにくい事情が?


「先生、はっきり言ってください。じゃないと関係各所にあなたの居場所をバラしますよ」


「わーったわーった! それだけは勘弁してくれ! ……お前らゾンビパウダーって知ってるか?」


「ゾンビパウダー?」


 俺と美作さんは二人して顔を見合わせて首を傾げる。ゾンビパウダーってなんだ? 名前からして不穏なんだけど。


「ゾンビパウダーってのはな、ハイチに伝わる民間信仰ブードゥー教の中で、ボコと呼ばれる司祭によって生きた死体を作り出す為の薬……まぁ毒とも言えるか。そいつを使って自発的意識のない人間を生み出して奴隷としてこき使ってたとされていたんだ。詳しく知りたければ◯ikipediaを見ろ。そこに大体書いてあるから」


 途中から説明するのが面倒くさくなったのか、急にググれと言い出すアカツキさん。でもゾンビってブードゥー教がルーツなんだな、初めて知ったわ。


「でもそれと乙成になんの関係が?」


「……いやぁな、俺の新しい嫁さん(ハイチ人)に、自称ボコの親父さんがいるってんで、興味本位で聞いてみたわけ。ゾンビパウダーって作れる? って。そしたら本当に作って来ちゃってさぁ!」


 おい……なんか嫌な予感がするぞ……


「その時丁度あいりに手紙を書こうと思ってた所でさ〜! あ、あいりとは年に何回か手紙でやり取りしてたんだよ! お互いの近況報告も兼ねてな! それを見た俺の新しい嫁さん(ハイチ人)が、日本に浮気相手がいるって勘違いしてさ〜手紙の中に紛れ込ませちゃったんだよね」


「紛れ込ませたって……まさか……!」


「手紙を送って暫く経ってから気が付いたんだよ〜! あれ? ゾンビパウダーねぇじゃんって! いやぁ、日々掃除はしとかないとダメだな。そこら辺にうっちゃらかしてたもんで、すっかりその存在を忘れててさぁ〜!!!」


 な、なんて事だ……。全ての元凶は、このおっさんの嫁(ハイチ人)って事?!


「全く、あなたもクズなら、あなたのパートナーも大概ですね。あいりになんて事したんですか」


「いやぁまさか俺も嫁さんがそんな事するって思ってもいなくてさ〜! 向こうの人って情熱的だよなハハハ!」



 美作さんと目が合う。悪びれる様子もなくバカ笑いをするアカツキさんに対して思う事は同じな様だ。


「「絶対に許さん」」


「ま、待て待て! 俺だって悪気があってやった訳じゃないんだって!」


 壁際まで追い詰められて慌てた様子で弁解するアカツキさん。俺と美作さんはそこら辺にある武器になりそうな物を持ってアカツキさんに詰め寄る。この大人だけは絶対に許しちゃいかん奴だ。


「本当にマジで事故だったんだってぇ〜!!」


 


 

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