第17話乙成の誕生日 その2

 朝霧さんの掛け声と共にパーティが始まった。乙成の手作り料理を口に運ぶ。美味しい。いつも美味そうな弁当を食べてるなとは思っていたが、これはマジで美味い。結局唐揚げが一番美味しいんだよ、マジで。

 

 次に一口サンドイッチを食べてみる。俺はサンドイッチと形容したが、正しくは薄く切ったパンと食材を渦巻き状にして爪楊枝で固定している何か、だ。でも味はサンドイッチなのでサンドイッチなのだろう。これも美味い。乙成って料理上手なんだなぁ。


 料理ばかりに気を取られていたが、女の子の家って初めてだ。俺達が通されたリビング兼キッチンは、淡いピンクのカーテンにベージュを基調とした家具、ふわふわのカーペットに、窓際には小さい鉢植えまで置いてある。女の子らしいが決して甘すぎない感じの良い部屋だ。この部屋には蟹麿グッズがない所を見るに、寝室に置いてあるのか?


 それにしても、女の子ってこんなに部屋を小綺麗にしているものなの? なんか全体的にいい匂いするし、ヘンな毛とか落ちていない。俺には男兄弟しかいないから、至る所にヘンな毛が落ちていたし、兄弟揃って部活もやっていないのになんか部室みたいな匂いがしてた……だから女の子の部屋がどんなものなのか分からない。

 女の子の部屋に行った事は? そんなものはもちろんない。


「てかさ! 今日なんでこんなにご馳走あんの? 誰かの誕生日?」


 ハムスターみたいに両頬に食べ物をいっぱい詰めてもぐもぐさせながら滝口さんが言った。その姿はまるで子供だ。そして今日招かれた意味もあんまり理解していない様だ。


「は?! 滝口あんたねぇ……来る前に言ったじゃない! 今日乙成ちゃんの誕生日って!!」


「えっ? 聞いてないっすよ! 朝霧さん、誰かと勘違いしてません?」

 

「あっいえ、別にその為に皆さんを呼んだ訳じゃなくって……本当に先日のトラブル対応していただいたお礼って意味で……」


 滝口さんを責める朝霧さん。そこにすかさず乙成がフォローに入る。朝霧さんってお酒弱いのかな? もう既に顔がちょっと赤い。


「乙成ちゃんは謙虚なんだから! あ、そうだ。忘れない内に……」


 そう言うと、朝霧さんは見るからに趣味の良い、プレゼントが入った紙袋を乙成に手渡した。


「乙成ちゃんは遠慮しいだから、要らないって言うかもだけど、私があげたいから受け取ってね? お誕生日おめでとう」


「わわっこんな素敵な物! なんだか申し訳ないです!!」


「中はもっと素敵な物よ?」


 朝霧さんに促され、乙成はプレゼントの包みを解いた。中から出てきたのは、これまた趣味の良いお高めなブランドの入浴剤のセット。意識高いOLが持ってそうなやつだ〜。


「素敵です! 可愛いし、いい匂いするし! 朝霧さん本当にありがとうございます!!!」


「ふふ、喜んでくれたなら良かった」


「マジかよー、朝霧さんだけ抜け駆けしてさぁ〜。なぁ、前田? お前も今日が乙成の誕生日だなんて知らなかっただろ?」


 ここで突然、滝口さんが俺に話を振ってきた。なんて答えようかともたついていると、俺の言葉より先に朝霧さんが口を開いた。


「あら? 前田くんはちゃんと知ってたわよ?」


「なにっ前田お前まで抜け駆けかよ! えーどうしよ……あ! そうだ!!!」


 そう言うと、滝口さんは何やら服のポケットをゴソゴソあさって、中から一枚のレシートを取り出した。おそらく今日の酒を買った時の物だ。


「乙成、ペンある?」


「え? あ、はい。どうぞ」


 乙成からペンを受け取った滝口さんは、鼻先がテーブルに付く程前かがみになって、レシートに何かを書き込んで乙成に渡した。


「ほいこれ」


「あ、ありがとうございます……えと、何でもいう事を聞いてやる券?」


「そ! それ使えばこのオレがいつでもどこでも乙成のもとに飛んでって、何でもやってやるよ!」


 何をしだすかと思えば……小学生が母の日にあげる贈り物みたいなセンスしてんな。


「えっ! 何でも?! いいんですか?!」


 さぞ反応に困るかと思いきや、乙成は興奮した様子でレシートに書かれた文言に目を輝かせている。何でもという言葉に何やら強く惹かれている様だ。

  

 ここまで、いつも通りの乙成だ。やっぱり俺の余計な心配だったのか?


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