第7話 絡まれるイケメン

 その後は順調と言えなくもないような、そんな感じで種目決めは終わった。最後までジャンケンに負けてしまい、運悪く借りもの競争にエントリーすることになった女子の顔は、それはもうこの世の終わりのような表情だった。周りの友達に慰められていたが、誰もが代わろうとしないあたり女子って怖い。


 本来男子もあのような絶望をかけて勝負するものだったのか。そう考えると男子は全員俺を崇め奉るべきではないか。


 LINEでは謝罪……もとい命乞いがたくさん来ていた。命乞いをするのは勝手だが、俺は等しく巻き込むぞ。適当に『命乞い程度で逃げられると思うなよ』と返しておいた。結果、より必死さを感じる命乞いが来るのだった。無限ループに陥りそうな予感がしたので、それ以上返信はしなかった。


 放課後、相原や篠宮、ついでにハカセなどと軽く雑談をした後各自解散となった。篠宮とハカセは部活。相原は帰宅部なので帰って行った。俺もトイレなど身支度を済ませて、いざバイトへ行かんと下駄箱に向かう途中、見たことのある人影を見つける。そのまま帰っても良かったが、少し気になったので曲がり角から覗くように様子を伺うことにした。


「あの、そろそろ部活があるんで……」

「ねーねー、部活なんてサボって遊びに行こうよー」

「そうそう! 一日くらいいいじゃん?」


 女子高生にしてはケバいと感じる女子に絡まれている男子が一人。背中を壁に預け、二人に囲まれるように立たれているため、本気で抵抗しないと逃げられないかたちだ。


「一日でもサボるのはよくないので……」


 心底困ったように引き攣った笑みを浮かべているその男、クラスのイケメンこと佐伯であった。チラチラ周りを見て打開策を考えているようだが、抜け出せていないことからあまり上手くいってないんだろう。通り過ぎる人も、面倒ごとには関わりたくないのか、そそくさと通り過ぎている。


「君ほんとにかっこいいね!あたし惚れちゃったかも!」

「ちょっと、あたしの方が先に目をつけたんですけど〜」


 胃もたれしそうな甘ったるい声に思わず一歩後ずさる。


「あれ、ざっきーまだいたんだ? 佐伯見なかった?」


 後ろからの声に振り向けば、バスケットパンツと半袖シャツに身を包んだ、部活モードの篠宮が立っていた。制服と違い上半身の肌の露出度が高くて不覚にも胸がすこーしだけ高鳴った。あと、まだ4月だけど寒くないんだそれ。


「ほれ、あそこ」


 そんな感情は表に出さず、顎でお尋ね人の方を指すと、篠宮はなんだなんだと向こうを覗く。


「うわ、あの人たち評判悪い先輩たちじゃん」


 佐伯を囲むケバ女子を見た瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「そんな評判悪いんか?」

「ああやって気になる男子を二人で囲んで無理矢理遊びに連れてったり、連絡先を交換したりしてるんだって。バスケ部の先輩が言ってた」


 まったく、どこにでもはた迷惑なやつがいるもんだ。


「そんな人ならみんな関わりたくないわな」


 みんなが素通りしていくのも納得。俺もできれば関わりたくはない。


「で、篠宮は佐伯探してたんだろ? あいつ絶対助け求めてるぞ?」


 佐伯はまだ視線を泳がせている。テンパっているのか俺たちには気付いていないようだ。


「そうなんだけどね……」


 篠宮は苦笑い。助けに行きたいけど、自分が関われるレベルを超えているから一歩踏み出せないような雰囲気。不良に襲われている人を見て助けたくても、自分も被害にあうかもしれない恐怖で動けないあの感じだろう。まあ、探しに来たわけでトラブルに突っ込みに来たわけじゃないだろうし、ある種当然の反応だろう。


「じゃあ見つかんなかったって言って戻れば?探しに来たけど見つかりませんでしたって言ってさ」


 ずるいことを言えば、ぶっちゃけあそこに飛び込むまでが篠宮の仕事ではないだろう。探しにきた対象が変なのに絡まれていても、佐伯を探す目的は達しているわけで、そこから先はできなくても誰も文句は言えない。文句を言う奴がいても、じゃあお前が行けで大体は封殺できそうな光景だし。


「それは……でも」


 しかし、やはり助けには行きたいのだろう。言葉の端から葛藤が見て取れる。篠宮には人並みの正義感は備え付けられているようだ。

 仕方ない。困ってる奴を見て見ぬフリは寝覚が悪いか。


「わかった。じゃあそこでちょっと待ってろ」

「ざっきー?」


 大きく深呼吸をし、戸惑う篠宮に背を向け今なお困っているイケメンの元へ歩みを進める。


「もう遊んじゃお?一回でいいから!」

「一期一会で楽しもうよ」


 同じ学校にいる時点で一期一会なんかありえないだろ。今日で死ぬんかあんたらは。


「だから部活があるって何度も言ってるじゃないですか……」

「そんなこと言わないでさ〜」


 近づけば、佐伯がテンパっているというよりうんざりとしているのが見てとれた。流されずに抵抗し続けている姿は立派だ。


「佐伯! こんなところにいたのか探したぞ!」

「神崎⁉︎」


 やっと見つけた、と思わせるように遠くから大きな声で呼び小走りで駆け寄る。

 佐伯はなぜお前が、と言いたげにしている。


「は?誰?」


 先程までの甘ったるい声とは反対に、突如入ってきた異物に対する嫌悪感を露わにする。名も知らぬ先輩の変わり身の早さに内心笑う。


「やっと見つけた。三上先生が探してたぞ?なんか日直の仕事で確認したいことがあるって。さっさと行くぞ!」


 本当は女子にこんなことしたかった思いを胸にしまい、俺は佐伯の手を引っ張るように掴んで包囲網から引っ張り出す。


 正直に言うと俺だってこんなところには突っ込みたくないので、絡まれる前に先手必勝。逃げるが勝ち。


「ちょっと、いまあたしらが話しかけてんだから邪魔すんなし」


 ケバ女の一人が低く刺すような声で言う。


「そうすか、でもこっちの方が重要なんで。先生に殺されちゃうんで!」


 声のトーン怖ぇよ。佐伯と扱い違いすぎんだろ。俺も男なんだから少しは優しくしてよ……。


「じゃ、そういうことで!」

「あ、ちょ⁉︎」


 呆気に取られる先輩二人を尻目に、俺は佐伯の手を引っ張って足早にその場を去る。下手に絡まれる前に逃げる。これ危機回避の鉄則ね。


「お前もついでに来い」

「ひぁっ⁉︎」


 角を曲がった拍子に篠宮も捕まえて体育館近くまで引っ張って行く。もしあいつらが追ってきてこいつが絡まれたら……万に一つないと思うけど念のためね。なんか腕を引っ張った瞬間に変な声が聞こえたような。とはいえ結果的に女子の手を引っ張ってみたいという小さな夢が一つ叶った。手は佐伯より柔らかかった。

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