第113話 逆の立場

 俺たちはまずは病院に足を運び、実梨に事情を説明してから散開した。各自が別方向へ。ネットの地図を頼りにどこを捜索しているか逐次情報を共有する。


 実梨は病院の人に連絡し、すでに大人の手による捜索も始まっているらしい。


 まったく委員長。見つけたらどれだけの人に迷惑かけてるかお説教だぞ。


 午後の授業が開始すると、さすがにクラスの5人が急にいなくなったことで若干ざわついたみたいだ。篠宮がクラスラインでちょっと青春してくる、なんて普通の人が見たら首を傾げそうなことを言ってカオスになりかけた。


 本当の事情は伏せて、佐伯がそれっぽい理由を書いたらみんな納得していた。さすが佐伯。クラスの中心人物が言えばみんな疑うことをしない。みんな早くこいつの本当の黒さに気づいてほしいわ。わかってる? ラインで佐伯が書いたこと全部嘘だからな? でもまあ、誰も傷つけない嘘ならいいか。嘘も方便だし。


 そんなわけで探索中。案の定病院の近くは空振りだった。みんなの情報を見ても、やっぱり空振り。


 夏に差し掛かって、午後の気温はだいぶ高くなっている。今日は太陽さんも元気いっぱいで、動いてなくても日向にいるだけで暑さが襲ってくる。こちとら動いてるからもう汗が止まらない。


「お前ら水分補給忘れるなよ……っと」


 チャットを打って、俺は自販機で飲み物を買った。ミイラ取りがミイラになるなんてのは最悪だからな。


 さすがリーダー、とグループ内では俺を茶化すようなコメントで溢れていた。お前らな……ふざけてる場合じゃ……まあ明るい雰囲気なのは大事なことか。


 水を飲みながら辺りを見回す。まず委員長の服装がわからない。入院している患者が着ているあの服で出歩くとかしねぇよな? それなら人通りの多い所に出た瞬間誰かしらに通報されそうだけど。


 探してみてわかったけど、ノーヒントでの人探しはマジできつい。こりゃ1人じゃ無理だわ。


 人ごみの中とかで一人を探すだけでかなりしんどい。人は常に動き続けている。その流動の中でたった一人を見逃さないようにする集中力。夏の暑さも相まって体力がゴリゴリ削られていく。


 しらみつぶしに探そうとしたけど、ちょっとこれは厳しいかもな。少し頭を使わねぇと。


 みんな成果は上がらず、ただ捜索範囲が広がっていく。


 俺は日陰に入って一度休憩する。さっきから汗が止まらない。しかし、財布を持ってないってことは、委員長は水も何も買えないってことだ。あんまり悠長にしてる場合じゃねぇな。


 建物の中って選択肢は……あまり考えられない。いざという時のためにもうちょっと水かっておくか。自販機で一旦飲み物を補充してから再度日陰へ。


 委員長の行きそうなところ。と言っても俺も委員長の趣味嗜好を知ってるわけじゃない。クラスの中ではよく話す方だけど、委員長のことをその実俺はよく知らない。学校がなくなればそこはプライベートな世界。そこでの付き合いが無ければ知らないことの方が多いのは仕方ない。


 だからと言って思考を止めるわけにはいかない。やっぱり、人ごみって選択肢は消しかな。服装がどうかわからないけど、何となく違う予感がする。委員長だって病室を脱出したら追手が来ることくらい予想してるだろう。そう考えれば人ごみはどこに監視の目があるかわからないから出没する可能性は低い。


 そうなると人ごみがない場所。ちょっと路地に入ったところとか、そんなところか。


 地図を見る。間にラインのチェックをしていたけど、やはりまだ見つかってない。いったんどこかで集合しようかという話も出ている。みんな闇雲に探すのはまずいと思い始めてるってことか? まあこの暑さだもんな。


 俺は少ない委員長との会話を思い返して、何かヒントになりそうなものを探す。


『ほら、ここはこの通り誰も来ないじゃん? だから一人になりたいときとか、こっそり練習したい時に丁度いいのよ』


 委員長との会話で出てきた一言。それを不意に思い出してハッとする。そして俺はすぐに地図を開いた。


「病院からちょっと離れてるけど、歩いて行けない距離じゃねぇな……」


 迷ったとき、大抵直感に頼れば正解になることが多い。なら、俺は俺の直感を信じる。


 ダメだったらその時また考えればいいんだよ。だからまずは行動だ。俺は目的地へ走った。


 いつぞやの寂れた神社への上り階段。運動部の練習で使用したら死人が出そうな階段を駆け上がる。


 はたしているのか。そう思いながら階段りきった先、それはいた。パジャマのようなラフな服装で拝殿の階段に力なく体を預けている人。


「委員長!!」


 俺は慌てて委員長に駆け寄った。どうやら俺の直感も当たるらしい。


「あ……神崎……」


 委員長は肩で息をしながら駆け寄った俺に声をかけた。


 気を失っているわけではないらしい。でも結構やばそうだ。


 顔からは汗が滲み、顔色も決していいとは言えない。


「どうしてここに……学校は?」

「そんなことはどうでもいい!! こんなところに何しに来てんだよ!?」

「何って……練習だよ……昨日も言ったけど休んでられないもん」

「千歩譲って練習に来るとして、ここである必要はねぇだろ!? 病院でこっそりやれよ!?」


 そもそも練習するなよって話ではあるけど、今はいい。


「病院でやったら止められるに決まってるじゃん……だから抜け出してきたんだから」

「お前……」


 言葉が出ない。委員長の目の奥は濁っていて、俺と話しているのに俺を見ていないような感覚に陥る。


 練習練習練習。何かにとり憑かれたみたいに、委員長は突き動かされる。


 こんなことをすればどうなるか。そんなこともわからないくらい彼女は何かにとり憑かれている。


「いいから戻るぞ。動けねぇならおぶってやるから帰るぞ。実梨だって心配してるんだ」

「……いや」


 返答は拒絶。


「まだ……戻りたくない」

「なに言ってんだよお前。どれだけ周りに迷惑かけてるかわかってるのか!?」


 今だって大人が委員長を探している。実梨が心配している。家族だってきっと委員長がいなくなったことを知って心配しているだろう。


「……探してくれとは言ってない。私はこんなところで休んでいるわけにはいかないのよ……病院に行ったらしばらく動けなくなる」

「当たり前だろ。お前は動ける状態じゃない。休んだ方がいい」

「私が動けるかどうかを決めるのは私だよ……他人が決めることじゃない」

「お前な……」

「今週はライブがあるの。だからこんなところで立ち止まってるわけにはいかないのよ」

「だったら尚更――」

「神崎にはわからない! 私がどんな思いで頑張っているのか! 部外者は黙っててよ!」


 委員長が俺の胸倉を掴んで声を荒げる。


 掴まれた服にはまるで力が入っていない。全然動けてねぇよ委員長。


「そうだな。人の気持ちなんて他人にはわからねぇ」

「なら放っておいてよ! これは私の問題なんだから!!」

「できるわけねぇだろ!!」


 俺を掴んだ委員長の手を強く握って叫び返す。


「目の前で死にそうになってるやつを放っておけるわけねぇだろ!!」

「私は死にそうなんかじゃ……」

「今のお前はそんなこともわからねぇくらい壊れてんだよ!! そんな奴放っておけるわけねぇだろ!? お前は大事な友達なんだぞ!?」

「――!?」


 委員長の目が大きく見開く。


「いいか? 他人の気持ちなんてのは口にされねぇとわかんねぇんだよ!! お前の気持ちなんか察せるかアホ‼︎ わかってほしいならちゃんと声に出せよ! だから俺は俺の気持ちを言うぞ!! 心配なんだよお前が!! なにかにとり憑かれて壊れていくお前が心配なんだよ!! 心配なんだよ……」

「…………」

「お前を突き動かすものはなんだ? 何がお前をそこまでさせる?」


 体をぶっ壊しても止まれない妄執。委員長の中に渦巻くそれはなんだ?


 実梨と何かあったのはわかる。でもそれがどうしてここまでのものになる?


「いい加減いつもの理知的な委員長に戻ってくれよ。今のお前は駄々をこね続ける子供だぞ」


 クラスのことをなんでも知っている委員長。


 困ってそうな人には、それとなくアドバイスをする委員長。


 率先してクラスをまとめる真面目な委員長。


 今の委員長はそのどれも無くなっている。ただひたすらに自分の妄執を追い続ける子供だ。


「それにさ、人間はもっと自由なんだろ? お前が俺に言ってくれた言葉だ」


 俺の感情が彷徨っていた時、委員長がかけてくれた言葉。時間を経て、その言葉は俺の中で生きている。


 人は自由。俺は俺なんだと。


 だというのに、


「俺はその言葉に助けられたと思ってる。なのにどうした? その言葉をくれた張本人が不自由じゃねぇか」


 俺は委員長の肩を掴んで真っすぐに委員長を見つめる。


 目と目が合う。さっきは俺を捉えてないと思った目だけど、今は俺だけを見ている。そう思う。


「あの時もらった言葉、そっくりそのまま返してやるよ。今のお前、生き辛そうだぜ?」

「…………はは」


 俺の言葉を聞いて、委員長が薄い笑みを浮かべる。


「まさかあの時と立場が逆になるなんて……思ってなかったよ……」

「俺もだよ」

「でもそっか……今の私は生き辛そうに見えるんだ……」

「ああ、俺にはそう見える」

「そっか……それは……アイドル失格だな。お姉ちゃんの言う通りだ……」


 委員長は、憑き物が落ちたみたいに静かに言った。


 その時、携帯が震える。なんだ? 見れば美咲だった。


「どうした美咲?」

「八尋君? よかった。委員長は見つかった?」

「委員長は……」


 委員長を一度見た。何も言わずに黙って俺の様子を伺っている。


 どうする? ここは見つけたって素直に言うのが正しい。あいつらだって今も委員長を探しているんだ。だったら見つけた報告をしないとだめだろ。


 だけど、喉から声が出ない。俺は……


「いや、まだ見つかってない」


 美咲たちを裏切る行為なのはわかっている。それでも、たぶんここですぐに委員長を動かしちゃダメな気がした。表面上は解決しても、たぶん根本的な解決にはならない。


 まだ、何も解決していない。ただ見つけただけだ。


 委員長の体調を見れば、ここで嘘を吐くのはよくない。すぐにでも連れ帰るべきだ。俺は人として間違ったことをしている。それでも、俺は。


「やっぱり中々見つからないね。でもラインの返事がないからちょっと心配だったの」

「ライン?」

「みんな一旦近くの公園に集まってるよ」

「やべ、全然見てなかった」

「大丈夫。事故に遭ってないならそれでいいの」


 心臓がきゅっとなる。事故。そうか、美咲は俺の反応がないから最悪な事態を想定していたのか。


「悪い……」

「いいの。私が勝手に心配してただけだから」

「公園な。わかった。俺も今から向かう」

「うん。じゃあまたあとで」


 電話を切って、俺は委員長の隣に腰かけた。


「よかったの? 彼女に嘘なんかついて」

「いいわけねぇだろ。でも、俺はこうした方がいいと思ったんだよ」


 美咲には後で怒られるとするか。また一人で抱えて、とか言われるのかな。それはまずいなぁ。それに、一緒に探したあいつらに嘘を吐くのも本当はよくねぇよな。それはわかってるんだよ。


「これで俺たちは共犯だ。どうせなら色々話してくれよ。じゃないと俺が裏切り損だろ」


 でも腹は括った。今は委員長だ。


 委員長も実梨も、今のままでいいとは思えない。なんとかしたい。どっちも大切な友達だから。


 おせっかいと言われても構わない。


 余計なお世話だとしても構わない。


 俺はこんな状態の友達は放っておけねぇよ。


「勝手にやっといて無茶苦茶だね。共犯……でもそうだね……神崎ならいいよ。私とお姉ちゃんの話。聞かせてあげるよ」

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