第112話 行くぞ

 各自食器を片して人気のない廊下に集まる。周りに人がいないことを確認して、俺は実梨からの電話の内容をみんなに伝えた。


「ええ!? 委員長が!?」

「ば!? 大声を出すな!?」

「わわ……ごめん」


 慌てて両手で口を押える篠宮。辺りを確認しても人は相変わらず来ていない。さすが昼休み。人の動きが少ない。


「委員長が病院を抜け出した、か。病人にしては随分アクティブだね」


 佐伯は携帯をいじりながら呟く。まったくもってその通りだよ。


「行先はわかるの?」

「わからねぇ。実梨に訊いてもさっぱりだった」

「そっか……」


 美咲はわずかに目を伏せた。心配。その感情が見て取れる。


「病院ってこれだよな?」


 佐伯が携帯の画面を差し出してみんなでのぞき込む。俺は地図に映し出された病院名を見て頷く。このまえ実梨を尾行していた先でたどり着いた病院。今は実梨がそこで待機している。


「神崎が言うように、なにも持っていってないってことは、基本的に徒歩圏内を歩いているか、もしくは」

「倒れているか、だな」


 佐伯が口を噤んだ言葉をハカセが代わりに言った。


 その言葉でみんなの表情がさらに一段階引き締まる。


「あえて言わないようにしたんだけど?」

「状況の共有は必要なことだ」

「まあそうだね。となると、俺たちはこの病院を基点に街を彷徨う委員長を探す必要があるわけだね」

「ざっきー、どう探そうか?」


 篠宮が俺を伺う。


「え……ああ……」

「八尋君?」


 俺の歯切れが悪かったからか、美咲が不思議そうに俺を見る。


「どうかしたの? なにか考え事?」

「いや……なんでもない」


 頼もしい奴ら。そう思ってたら少し言い淀んでしまった。


 俺の周りには、頼りになる友達がたくさんいた。俺はこいつらを見ているようで、もしかしたらまだちゃんと見ていなかったのかもしれない。ちゃんと見ていれば、今こうして驚いたりしないだろう。


 また頬が緩みそうになって、慌てて自制した。


「どうやって探す、だったな。委員長の行先がわからない以上、ひたすら足で探すぞ!」

「いいね! 私の得意分野だ!」


 篠宮が腰に手を当てて得意げにしている。


「各自バラバラでいいんだな?」


 ハカセの問いに頷く。


「ならお互い探したところが被らないようにしないとね。時間の無駄になる」

「今5人のグループ作ったよ。これで情報を共有しながら探そう!」


 美咲に言われて携帯を見ればラインに新しいグループができていた。メンバーはここにいる5人。


「さすがみさっち! 仕事が早い!」

「実梨もここに入れられるか? 今病院で待機してるから奇跡的に委員長が帰って来た時、そっちの情報もほしい」

「わかった。ちょっと待ってね。できたよ!」

「はや……」


 素早い手つきで美咲は携帯を操作して、すぐに実梨もメンバーに追加された。思わず声が漏れるほどの速さ。


 二人じゃなくなったけど許してくれよ? 人数が多い方が、見つける確率が高いのは事実だからな。


 てか美咲の携帯の操作めっちゃ早かったな。なんというか女子って携帯の操作早い傾向にあるよな。篠宮然り。


「みのりんに説明しとくね。いきなり招待されてもわからないと思うし」


 篠宮がチャットで実梨に状況を説明していた。


 すぐに実梨から了解と感謝のメッセージが返って来た。


 誤字ってるところ見るに、やっぱり相当焦ってる。早く安心させてやらねぇとな。


「よし。これで準備はできたな。各自病院を中心に委員長の捜索。自分たちの居場所と捜索した範囲は適宜チャットで連絡。委員長を見つけた場合もすぐに連絡。それでいいな?」


 俺の言葉に、みんなは力強く首を縦に振った。


 ただ、行動開始前にこれだけは言っておきたいことができた。


「あのさ……このグループ名だけはどうにかならねぇか?」


 美咲が作ったラインのグループ。その名前だけはいかんとして納得できないものがある。


「チーム神崎ってさぁ……もうちょっとなんかないの?」

「何言ってるの八尋君? これ以上適した名前はないと思うけど?」


 美咲は本当にこれ以上適したものはないって顔をしていらっしゃる。


 いやでもこれ以上適した名前絶対あるって。今すぐには思いつかねぇけど絶対あるって。まだチームエンジェルとかの方が合ってるって。


 だってこんなの、


「まるで俺がリーダーみたいじゃねぇか……」


 俺の発言に美咲以外の3人が目を丸くする。


 美咲だけは優しい表情で俺を見ていた。


「何言ってんのざっきー……私たちのグループのリーダーは誰がどう見てもざっきーでしょ?」

「まさか、本人に自覚がないパターンかな?」

「八尋はもう少し自分の魅力に目を向けるべきだ」

「えぇ……」


 返って来た言葉は否定の言葉ではなく全肯定だった。背中の後ろがムズムズする。


 相変わらず美咲は何も言わないでニコニコしてるだけだった。なんか楽しそうだな。


 美咲は言っていた。この集まりのリーダーは俺だと。ただ美咲が俺に甘いからそう言ってるだけかと思っていたけど、どうやら俺以外の全員は俺のことをリーダーだと思っていたらしい。


 荷が重いな。俺はべつにリーダーになりたいわけでもねぇし、誰が上とか下とかそういうのはあまり好きじゃない。


「お前らが俺にどんなリーダー像を持ってるか知らねぇけどさ、俺はお前らの求めるリーダーになるつもりはねぇからな」


 誰かに求められる自分を演じれば、やがてやってくるのは自己の否定だ。求められる自分と今の自分のギャップが大きくなって、いつかは壊れる。かつての俺がそうだったようにな。


 だから俺は、俺が正しいと思う俺でしかあれない。誰かの求める俺にはもうなれない。


「べつに、ざっきーにリーダーっぽいことしろとは言ってないよ。ざっきーは今のままでいいの。そんなざっきーのところに私たちが勝手に集まっただけなんだから!」

「篠宮の言う通りだね。神崎は今のままでいい。そのままの神崎だからこそ俺たちはお前と一緒にいるんだよ」

「そういうことだ八尋。お前は普通にしていればいい。俺たちが勝手についていくだけだ」

「お前らな……」


 よくもまあそんな恥ずかしいセリフを……。


 さっきから本当に背中の後ろがむず痒いんだからな。助けてマイエンジェル。


 そう思って美咲に助力を求める視線を送る。


「だから言ったでしょ? 八尋君は私たちの中心だって。信じる気になった?」


 そう言って、美咲は笑顔で俺にとどめを刺した。


「わかったよ。もう勝手にしてくれ」

「うん。勝手にするね!」


 投げやりに言えば、我が天使は今日一番の笑顔を向けるのだった。


「時間がない。とにかく行くぞ!」

「「「「おう!(うん!)」」」」


 ひとつ気合を入れて、俺たちは行動を開始した。


 委員長。この大馬鹿野郎が。

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