第111話 待って
次の日の昼休み。食堂ではいつもの面々が揃う。唯一の違いとしたら、今日は実梨がいないことだ。
彼女は委員長のお見舞いってことで今日は休み。着替えとか持って昼頃向かうって連絡が来た。個人ラインで。なんで俺に報告するんだ? まあいいけどさ。
昨日はあの後、美咲と合流して一緒にバイトに行った。委員長は可愛らしい寝顔で寝ていた。ゆっくり休んでくれ。
「ざっきーさ……なんでそんな難しい顔してるの?」
「……世界の平和について考えてた」
「スケールでかいね!? 昼休みにそんなこと考えてるの!?」
「普通の高校生は考えてるだろ?」
「考えてないよ!? 私なんて委員長無事でよかったとかしか考えてないよ!?」
「そうか。お前はいいやつだな」
「えへへ……でしょ?」
ちょろいな篠宮。適当に褒めただけで照れながらポニーテールの結び目をいじっている。でも少しは謙遜しろよ。日本人の美徳だろ?
まあ俺も委員長と実梨のこと考えたんだけどさ。
「八尋君……ぜんぜん箸が進んでないよ? 大丈夫?」
「え? うおっ……マジか」
時計の針は俺が思ったより進んでいて、周りの連中のごはんはだいぶ無くなっているのに、俺の手元にある天使の施しはまだ一口もつけられていない。完璧な芸術作品のままだった。
いやでも天使の施しとしてはこの形が正解なのでは? 初めてもらった時も神棚作って飾ろうとしたし、こうやってきれいなまま永久保存するのが本来の用途なのでは? 違う。
美咲の愛が籠められているであろう弁当は俺の胃に流しこんで幸せとして分解するのが一番。
美咲が心配そうに見つめてくるので、俺はかきこむように弁当を食べた。もっと総菜ひとつひとつの味を噛み締めて食べたかったぜ。ずっと考えてたのがいけないんだけどさ。
「ごちそうさまでした」
食への感謝は忘れずに。
「それにしても、委員長無事でよかったね。数日入院したらすぐに退院でしょ。よかったよかった」
篠宮は腕を組んで首を縦に大きく振った。
「そうだね。俺はその瞬間を見てないけど、無事なら何よりだよ」
「ああ。無事でよかった」
各々が委員長の無事を喜んでいると、不意にポケットが震える。
「お、電話だ」
「誰から?」
とは篠宮。
「実梨からだ」
携帯に映し出された名前は実梨だった。
「悪い、ちょっと電話出てくるわ。ここは電話するにはうるせぇから」
学食は多くの生徒が利用する施設。会話をしているのは俺たちだけではなく、雑音がいっぱい混じる。
だから俺はそそくさと学食を離れて、人気のない廊下まで速足で歩いて電話を取った。
「もしもし。どうした実梨? もう病院につい――」
「やっくんどうしよう!?」
俺の言葉を言い切る前に割って入った実梨の声。
その声は電話越しでもわかるくらい切羽詰まって震えていた。それだけで、ただごとでない予感がした。
自然と自分の表情が引き締まる。
「どうした実梨?」
「まゆちゃんが病院に居ないの!?」
「……はあ!?」
声が大きくなる。は? 委員長が病院にいない? なにやってんだあいつ!?
「どうしようやっくん!? 私のせいだよ……私が昨日言い過ぎたから」
電話越しでもわかるくらい実梨の声は焦っている。それがこっちまで伝わってくる。
だけど、だからこそ俺は冷静でいなくてはならない。二人とも焦ってテンパったら会話にならねぇ。それに、片方が思いっきり焦ってるともう片方が案外落ち着けるんだよ。
「ちょっと病院の中を散歩した可能性はないか?」
「病院の中も、屋上も、病院の近くも全部探したの。でもどこにもまゆちゃんがいないの!?」
「落ち着け実梨。委員長は財布とか持ってったか?」
「待ってて……いや、私物は全部置いてある! 携帯も置いてある!」
実梨がいるのは委員長の病室か。
「てことは電車での移動は不可能だな。それならまだ見つけられる可能性はあるか」
「どうしようやっくん……まゆちゃんまだ万全に動ける状態じゃないよ!?」
「昨日のあれ見てりゃわかるよ」
まずいな。もし人気のない所でまた倒れでもしたら今度は誰にも見つけられねぇぞ。
1日でどこまで動けるようになったかはわからねぇけど、ちょっとお転婆が過ぎるぜ委員長。
こんなことしたらどれだけの人に迷惑かけるか、そんなこと普段のお前ならわかるだろ。なにやってんだよ。
「私の……私のせいだ……まゆちゃん……」
「実梨!!」
俺は電話越しで大声で叫んだ。周りに人はいない。よかった。迷惑な奴でごめんな。こうでもしないと電話の向こうの奴を落ち着かせられねぇからさ。
「自分を責めるのは後だ。今はこれからのことを考えよう」
「これからのこと?」
「そうだ。委員長の行先に心当たりはあるか?」
「ごめん……わかんない……」
「了解だ。じゃあひたすら足で稼ぐしかねぇな」
しらみつぶしに行くしかねぇか。
「やっくん?」
「俺が探しに行く」
「え? でもやっくんには授業が――」
「馬鹿か。午後の授業と委員長。どっちが大事かなんて考えるまでもねぇだろ」
「やっくん……じゃあ私も――」
「実梨は委員長の病室で待機していてくれ。もしかしたらひょっこり帰って来るかもしれねぇしな。もしものために残っててほしい」
可能性は低いけど、ゼロではない以上その可能性は潰しておく必要がある。
「わ、わかった!」
「あと病院の人にはちゃんと状況説明しろよ」
「う、うん! それもわかった!」
「じゃあ切るぞ。正直いついなくなったかもわかんねぇから時間が惜しい」
気をつけてね。実梨のその言葉を聞いてから俺は通話を切った。時間が惜しい。何かあってからでは遅いからな。委員長の今の体力を考えると、どっかで倒れててもおかしくねぇんだ。
俺は廊下を走る禁忌を犯して学食に戻った。
「ざっきー、みのりんなんだって? 委員長元気にしてた的な報告?」
状況を知らない篠宮が気の抜けた声で言う。
悪いな篠宮。残念ながら最悪の電話だったよ。
「悪いけど今日は今から早退する。先生には適当に腹壊したとか言っといてくれ」
「は、はあ!? 早退!? ざっきー急にどうしたの!?」
「急用ができた。正直説明してる時間もないくらいの急用なんだわ。だから今度説明するから今日はもう行く」
「待って」
学食を足早に去ろうとした瞬間、腕を捕まれて止められた。美咲だった。
彼女は眉間にしわを寄せて、若干怒り気味に俺を見ていた。
「美咲、悪いけど離してくれ。俺は急いでるんだ」
「やだ。また一人で抱え込もうとするの? 八尋君の顔、ただ事じゃないって顔してる」
「それは……」
「私言ったよね。一人で抱え込むのは八尋君の悪い癖だって。直してほしい癖だって言ったよね?」
語気が強い。間違いなく今の美咲は怒っている。
「実梨ちゃんからの電話、緊急の電話だったんでしょ? 私たちには相談してくれないの?」
「お前らを巻き込むわけにはいかないだろ。これは俺が実梨から相談された問題だ。それに午後の授業だってあるだろ」
「やだ。八尋君が話してくれるまで離さない」
力づくで行けなくもない。でもできない。美咲を振り払うなんて俺にはできねぇ。
まっすぐな瞳が俺を見つめる。
「まったく……ざっきーとみのりん、一人で抱え込むものどうしシンパシー感じちゃうのかねぇ。いやまったく……」
やれやれと言いたげに、篠宮がおもむろに立ち上がった。
「ざっきー、何をするにしても人数が多くて困ることはないでしょ?」
「そうだね。友達が困っているのを助けるのが友達だよね」
続いて佐伯が立ち上がった。
「八尋。今度は俺たちも手を貸そう」
ハカセが立ち上がって、そして、
「一人で抱えるのはもう禁止だよ。困った時は、ちゃんと私を……私たちを頼って」
最後に美咲が俺の腕を掴んだまま立ち上がった。
全員が立ち上がり、その眼は全て俺に向いている。
「お前らな……」
そういや、俺は一人で抱える癖があるんだっけか。まさにその通り過ぎて内心で自嘲する。
実梨からの電話で俺も思いのほか焦ってたみたいだ。
「……そうだな。美咲の言う通りだ」
ひとつ息を吐いて、俺は全員に目配せをした。
一人で抱えるのは禁止か。そうだな美咲。その通りだよ。
「場所を変えよう。ここじゃできない話だ」
「よし! そう来なくっちゃね!」
「これも神崎の成長だね」
「それでこそ八尋だ」
「うん。じゃあ行こうか!」
非常事態。そんなことみんなわかっているはずなのに、なぜか俺以外全員笑っていた。
お前ら状況わかってんのか? いやまだ説明してないからわかってねぇか。でも、俺もきっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます