第43話 天使と悪魔
「いやぁ、それにしても八尋も中々やるじゃん」
ソファに腰掛けた姉貴がニヤニヤしながら言う。今お前が飲んでるお茶は本来俺のものなのわかってんのか? もうコップないんだけど。
俺家主なのに直飲みしなきゃいけないのかよ。おかわりしたら全員間接キスになるぞ。
「こんな可愛い女の子連れ込むとはさすがは私の弟だ!」
「連れ込むとか言うな。相原は用事があったから来ただけだよ」
「用事? どんな?」
「弁当箱取りにくる用事」
姉貴は「は?」と言いたげな表情をしている。わかるよその気持ち。でも本当なんだから。
俺だって弁当箱取りに来るなんて言われると思ってなかったし、でも相原が来たいって言ってるのを無碍にもできないしで色々葛藤あったんだからな。
「ほら、今テーブルに置いてあるだろ。それ」
俺はテーブルに置かれた空の弁当箱を指さす。ちなみに俺の居場所は姉貴に奪われたので仕方なく地面に座っている。ずっと座ってるとケツ痛くなるわ。
相原と姉貴の間に座れなくもないけど、その度胸は俺にはなかった。
「ほんとなんだ。あ、可愛い弁当箱。美咲ちゃんがコレのために弁当作ったの?」
顎で俺を指すな。
「はい。神崎君毎日コンビニか外食で不健康そうだったので、いつものお礼にって」
「お礼って……こいつがなんか美咲ちゃんにお礼されるようなことしてんの? この情けない男が?」
「神崎君は情けなくないですよ」
相原は姉貴の言をキッパリと否定する。
そういやさっき名前で呼ばれたような気がしたけど、本当に気がしただけなんだろうな。しっかり神崎君だし。
「神崎君はお店でお父さんを手伝ってもらってますし、迷子の子供を助けたり、優しくてしっかりした人だと思います」
「ふ〜ん……」
姉貴は含みのある笑みを俺に向ける。
一方俺は相原からストレートに褒められて背中の辺りがむず痒い。
「よかったじゃん八尋。しっかりしてるってさ」
「まあバイトは報酬貰ってるからしっかり働くのは当然だし、それに対して相原がお礼をする必要も本当はないんだけどな」
自分で言語化している途中で背中がむず痒い理由に気がついた。俺は正当な報酬を得るための対価として働いている。お金を貰う以上、真面目にやるのは当然だ。
迷子の子供、ゆいかにしても、あの場で俺が見過ごすことは間違っているし、俺は人として正しいことをしただけだ。
だからそれに対して褒められる理由がないと、俺自身が疑問に思っていたから違和感があったんだ。
「だから相原もこれからは無理にお礼とかしなくていいからな。弁当は死ぬほど美味かったけど、作るのは負担になるだろうし」
「…………私は、べつに」
「ちっ……ダメ男」
消え入りそうな声で相原が言ったことがよく聞こえない。反対に姉貴の汚ない舌打ちはよく聞こえた。
「ダメ男、あんたちょっとみんなの昼ご飯買ってきてよ」
「脈絡なさすぎだろ。あとダメ男とか言うな。せめてオブラートに包め」
「うるさいわね。いいから買って来る」
「本当に急だな。みんなで外食でもよくねぇか?」
「美咲ちゃんと二人で八尋の悪口言いたいのがわかんないの? さっさと行きな」
「えぇ……」
わかるわけないだろ。しかも、それすんごく行きたくないんだけど、と心で思っていても、姉貴に無理やり追い出されたので渋々一人で昼ごはんを買いに行く事にした。
俺の家で、俺が居ない時に、俺の悪口を語ろうとする姉。相原に悪口言われたら凹むなぁ。俺が居ない時に言うから陰口か。まあ、俺に聞こえなければそれはそれでいいか。いっそ相原の天使パワーであの悪魔の性根を浄化してくれねぇかな。
昼に差し掛かろうとするこの頃、5月なのに強烈すぎね? と言いたくなる太陽光を浴びる。
相原と姉貴を二人きりにするのは心配だなぁ。相原が何をされるかわかったもんじゃない。なるべく早く買って帰ろう。でも、昼ごはん何を買えばいいんだ?
適当に買って文句を言われるのもいやなので、姉貴にLINEで昼飯の希望を聞く事にした。
『ところで、飯の希望は?』
『なんでもいい。空っぽの頭使って考えて』
一言余計なんだよなぁ。
『じゃあ姉貴はバナナな』
『いい度胸じゃん。帰ってきたら覚悟しな』
「…………」
俺はそっと画面を消した。姉貴の言葉はさておき、何でもいいって一番困るんだよな。てかバナナを嫌がる時点でなんでもよくないじゃん。だから指定してくれた方が楽だったのに、姉貴はそれを許してくれないようだ。
悪魔には適当にその辺の草でも食わせておけばいいとして、相原にバナナを買って行くわけにもいかない。まず、女子が喜ぶ昼ご飯ってなんだろう。男なら牛丼とかハンバーガーとかで済みそうだが、こと女子になると話は別だろう。持ち帰りができて、かつジャンク過ぎないもの。マジでむずいんだが。おしゃれな持ち帰りとか全然想像がつかない。
こんなことならみんなで外食するべきだったのに、あの姉ときたら好き放題やりやがって。
昼ご飯選びで時間を使うと帰る時間が遅くなる。それでは変える時間が遅くなり、相原が悪魔にかどわかされる時間が増えてしまう。やはりスピード勝負か。
男の知恵ではどうにもならないとわかった俺は、人類の叡智に答えを求める事にした。
「昼ご飯、持ち帰り、女子、好きそう、っと」
検索すれば、今いる俺の位置情報を拾って飲食店情報がずらりと表示される。和食洋食何でもござれと言いたげに携帯が近くの飲食店をおすすめしてくる。
「人類の叡智最強かよ」
逆に検索結果が出過ぎて選べないんだが。しかし迷う暇はもうない。こうしている間にも相原が悪魔に毒されているかもしれないんだから。
俺は家から一番近いイタリアンレストランへ向かった。
さすが昼時、レストランは多くのお客様で賑わっていた。心でもお客様と言ってしまう辺り、ボスの教育が根付いてると言える。客では無くお客様と言うこと、来てくださる方への感謝を忘れてはいけない。ボスが言っていたセリフだ。
店に入ると涼しい冷気が出迎えてくれる。動いている時はわからなかったけど、立ち止まると体から汗が吹き出してくる。まだ5月なのに。
持ち帰り専用の注文コーナーがあったので、列に並んで注文した。とりあえず好きなものを選べるようにと、和風なパスタにミートなパスタ、あとはクリーム系でフィニッシュ。
程なくしてパスタをゲットして俺は店を後にした。店を出た瞬間、暑さがお帰りと出迎えてくれた。暑さより相原にお帰りと言われたい今日この頃。
結局家に帰るまでに1時間以上も要してしまった。チャリ、近いうちに買おう。今決意した。5月でこれは夏死ぬわ。
「お帰り〜可哀想だから冷房付けておいてあげた姉に感謝しろ」
家に戻り、リビングを開けた瞬間に心地の良い空気に包まれる。
「自分が暑かっただけだろ。恩を着せようとするな白々しい」
「バレたか」
姉貴の昼ごはん本当にバナナかその辺の草にしてやればよかった。
「神崎君お帰り。お疲れ様」
相原が優しい笑顔で迎えてくれて、それを見ただけで姉に与えられた理不尽を許せてしまうほど俺の心が満たされていく。天使のお帰りパワー凄過ぎるわ。
「ああ、ただい…………ま⁉︎」
テーブルの上で二人が眺めている物を見て、俺の全身に電流が走る。あまりに衝撃的な光景に持ち帰ったパスタを落としそうになった。
使い古されていないキッチンに昼ご飯を置き、ダッシュでブツの正体を確かめに行く。おかしい、あれは確かに机の奥の奥に隠していたはず。なのになぜあれがそこに。
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