第42話 ついでに悪魔が召喚された

「どうしたの?」

「ちょっと電話。もしもし」


 無視すると後がうるさいので、俺は仕方なく電話に出た。わざわざ俺に電話をしてくる人は限られていて、姉貴か親父だ。そして、嫌な方が――


『やっほー、八尋元気してる〜?』


 姉貴だ。電話越しの声の元気さに辟易する。姉貴がわざわざ電話をかけてくる時は大抵ろくなもんじゃない。学校が始まる前も急に電話がかかってきたと思ったら夜通しドライブに連れて行かれた。夜の10時に電話をすること自体おかしいが、登録上まだ中学生の弟を徹夜ドライブに連れて行くとか常識が欠落しているとしか思えない。


 とはいえこんなんでも俺の通う学校の卒業生なんだから、勉強ができるけど頭の出来は残念なやつもいると思い知らされる。ハカセは姉貴の系統だな。


「姉貴の電話で元気なくなった」


 いや、本当にね。今日はどんなこと言ってくんのか胃が痛くてしかたねぇよ。せっかく相原が来てくれたのにまたドライブに拉致されるとか嫌だからな。基本拒否権ないし。


『そんなこと言わないでよ。早速だけどさ、今日あんたの家行っていい?』

「は⁉︎」


 突然大声を出したから相原が驚いてビクッと飛び跳ねた。空いてる手で謝り、俺は会話に戻る。


「もう一回言ってくれる?」

『今日あんたの家行っていい?』

「ダメだ」

『そこをなんとか!』

「今日はダメだ」

『そっか。でも、もう八尋の家の前だから行くね』

「…………は?」


 携帯を持ったまま動きが止まる。


 俺の家の前? 何言ってんだこいつ。でも鍵はしっかりかかっている。だからあいつが来たところで絶対入れなければ――


 ガチャリ。無慈悲な音を立てて家の鍵が開く。


「神崎君、なんか鍵が開くような音がしたんだけど⁉︎」


 なんにも状況を把握してない相原が戸惑いの声を上げる。相原からしたら完全なる異常事態だよな。状況わかってる俺でも異常事態だから安心してくれ。いや全然安心できないけど。


「ご家族の方が来るの⁉︎ 私まだ心の準備できてないよ八尋君⁉︎」


 相原は俺の後ろに隠れるようにして、背中に相原の手が触れる。


 俺も冷静かと言われれば冷汗が滲み出るくらいには焦っているが、こんなにも近くに俺より焦っている人が居れば逆に冷静になるもの。背中から伝わる天使の温もりに幸せを噛み締められるくらいには冷静。ここだけは感謝してやるよ姉貴。


「大丈夫。来るのは家族じゃない。悪魔だ」

「悪魔⁉︎」

「誰が悪魔か〜」


 最後の壁、リビングのドアが軋みながら開き、携帯をヒラヒラと振りながら悪魔がその姿を現す。


 その背中には大きなリュックサックを背負っている。こいつ遠足の帰りか?


 それにしても、通話を切るのを忘れていたから聞かれていたか。目の前に悪魔が召喚され、もう用済みになった携帯の通話を切断する。


「八尋元気してた?」


 ボサボサのロングヘアで全身ジャージに身を包んだ悪魔。なんだこいつ寝起きか、と錯覚するくらい外に出る年頃の乙女の姿ではない。悪魔だから関係ねぇか。


「姉貴が帰れば元気になる」

「それはだめ」


 姉貴はわざとらしく手でばつ印を作る。


「いや帰れよ」

「せっかく来た姉にそれは酷いんじゃないか弟よ」


 そもそも呼んでねぇんだよなぁ。勝手に来ておいてせっかく来た姉とか言える図々しさはまさに悪魔。全てを自分の都合で片付けやがる。


「おや?」


 姉貴が俺の後ろの天使の存在に気が付いたのか覗き込むように近づいてくる。


「おやおやぁ?」


 後ろで小さくなっている天使の存在をはっきりと認識した辺りで、姉貴の表情が何か勘違いをしている気持ちの悪い笑みへと変わる。


 相原は隠れ続けるのを観念したのか、俺の背中から半身を乗り出す。いちいち可愛いな。


「…………わあ、可愛い! 初めましてだね〜!」


 なんだ? 今一瞬姉貴が相原を見て目がマジになっていたような。まさか姉貴も相原に胸を撃ち抜かれたのか? こんなところで血の力使わなくていいんだよなぁ。


「…………初めまして。相原美咲です」


 相原は俺の背中から抜け出して姉貴の前で会釈する。背中には相原の手の温もりが僅かに残る。ずっと残り続けろ。


「神崎七海です! よろしく……美咲ちゃん!」

「わわっ」


 姉貴は挨拶を済ませると、勢いよく相原に抱きついて自分の頬に顔を擦り付けている。


 猫は気に入ったものには顔を擦り自分の匂いを付けてマーキングをするらしい。今の姉貴の行動はそれに似ていて、可愛すぎる相原にマーキングしているようにしか見えない。天使の顔に姉貴の大したことない細胞を擦り付けるなど悪魔の所業である。


 てか初対面で美咲ちゃん呼びとか距離感おかしいだろ。お前の友達じゃなくて弟の友達だからな?


「美咲ちゃんほっぺぷにぷに〜。柔らか〜い」

「くすぐったいです神崎さん」

「な、な、み、だよ美咲ちゃん」


 姉貴はさらに勢いをまして劣勢細胞を擦り付ける。


「ひゃい……」

「相原が困ってるだろ。離れろ」

「美咲ちゃんが名前で呼んでくれるまでだめ」


 姉貴は尚も相原への頬ずりを継続する。


 自分から抱きついたくせに相手が対価を支払わなきゃいけないとか悪魔の取引かよ。


「いいから離れ、ろ!」


 姉貴を力付くで引き剥がそうとするも動かない。


「重……太ったんじゃねぇの?」

「は? 殺すぞ?」

「うるせえ離れろ」


 急に殺意全開になるのやめてもらっていいですか? こっちもその気になっちゃうからさ。


 動かない姉貴に負けじと俺も力を増して行く。


「美咲ちゃんは私のものなの! だからやだ!」

「いつからお前のものになったんだよ!」

「じゃあ八尋のものなの?」


 姉貴を掴む力が弱くなる。


「それは……違うけど」

「じゃあ私のものだ!」

「何で2択しかないんだよ! 誰のものでもないわ!」

「け、喧嘩はダメ!」


 姉弟喧嘩に割って入るのは渦中の天使。姉貴に抱きつかれながらも必死に声を張る。


「姉弟なんだから仲良くしてください!」

「「…………はーい」」


 相原の一喝に毒気を抜かれた姉貴と俺。姉貴は名残惜しそうに相原を解放した。いきなり俺の友達に迷惑をかけるのはやめてほしいよまったく。

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