第41話 天使がやってきた
『では気をつけてお越しください』
『うん!あとでね!』
メッセージはそこで終わった。
ベッドに横たわり、今一度この相原とのやり取りを見直す。わかったのはやっぱり相原が俺の家に来ること。
トイレに向かう途中、部屋の角にぶつけた足の小指がクッッッソ痛くて、涙目でのたうち回る。紛れもない現実だった。
「どうしよう……」
マジで相原が俺の家に来るのか。自分でOKしておいてあれだが、一人暮らしの男の家に女の子が来る。恋人でもない一人暮らしの男の家に行くのは倫理的に問題ないのか?異性の友達との距離感ってこんなもんなの⁉︎ 友達少ないからわかんないんだが!
「やべ……緊張してきた」
時刻は朝の8時を回ったところ。まだ相原が来るまで相当時間はあるというのに、俺の心臓は今にも飛び出しそうだった。実際はちょっと飛び出てたかもしれない。
元から物が少ないので、部屋の掃除をあまりしてこなかったが今日は別。何かをしていないとソワソワして仕方ないから手軽にやれる部屋の掃除をした。塵一つ残さないほど徹底して掃除をしても、時間は全然進まない。無駄に家具の位置とか微調整したりもした。とにかくなにかしてないと気が収まらない。
そもそも一人暮らしを黙っていたので、まず人を家に呼ぶ状況が初めて。そしてその記念すべき第一号がかの天使相原なのだからそりゃ緊張もする。
そういえば寝巻きのままだと気がついたので私服に着替える。そんなことにも気が付かないほどに落ち着かなかった。
「落ち着かん」
誰もいないのに周りを見回したり、LINEのメッセージを何回も見返したり、部屋の中を歩き回ったり、とにかく心が落ち着かない。そんな無駄すぎる行動を幾度となく繰り返していると、インターホンが鳴る。
さすが元姉貴の家。防犯のためにインターホンにはカメラが付いている。イマイチな画質でも天使は今日も可憐に映る。
画面越しの相原は視線を彷徨わせて体を小刻みに動かしている。大丈夫、ここは俺の家だ。
「はい」
なるべく平静を装う。向こうには俺の姿が見えないわけで、彼女は今俺がどれだけドキドキしているかを知る由もない。
『こ、こんにちは。あ、相原でしゅ』
噛んだな。どうやら相原も普通の精神状態ではないらしい。画面越しに悶えてる相原可愛い。でしゅ、って最高かよ!
「ちょっと待ってて」
もう少し悶えてる相原を眺めていたい気持ちを抑えて、玄関へ移動して扉を開ける。ここで俺がテンパったら、相原にも緊張が伝染するかもしれない。ポーカーフェイスだ八尋。俺ならできる。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
か、可愛いいいいいいい。頬を赤らめて控えめに手を挙げるその仕草が可愛い。こんなん相手にポーカーフェイスとか無理だろ。八尋陥落。自然と笑みが溢れてたわ。願わくば鼻の下は伸びていませんように。
今日は白いワンピース姿。背中から翼が見えるんだが。もう天使じゃん……天使だったわ。
そんな姿に見惚れてしまったが、玄関先でずっと固まっているわけにもいかない。
「まあ、上がってください」
「なんで丁寧語?」
「なんとなく?」
顔が見えるだけでLINEと同じやり取りでも全然可愛さが違う。1000倍くらい違う。油断すると可愛いって叫びそうになる。
「お、お邪魔します」
「お邪魔されます」
相原は恐る恐る家の中に足を踏み入れ、辺りを物色するように部屋を眺めながら進む。そんな変なもの置いてないよ?
「ここが……神崎君のお家……」
「とりあえずソファーにでも座ったら?」
「そ、そうだよね」
お客様を立たせているのもあれなので、俺が促すと相原はまだ落ち着かない様子でソファーに腰掛ける。そこ俺がいつも座ってるところだ。いやだからなんだよ。
まずは目的をと、昨日洗っていた弁当箱と包みを回収して相原に渡す。
「弁当ありがとな。美味かったよ」
「ほんと?」
確かめるような上目遣い。
「こんなことで嘘ついてどうすんだよ。本当に美味かったよ」
「そっか……そっか……えへへ」
相原は両手を頬に当ててニンマリしている。いや可愛いかよ。
「これからどうする? 一応相原の目的は達成したわけだけど」
「え…………私帰った方がいい?」
いまさっきの笑顔から、相原の表情は不安そうなものに変化する。
待て。今の言い方は捉えようによっちゃ弁当箱を返す目的は達したんだから早く帰れよ、と捉えられてもおかしくはない。ってかそうとしか捉えられないな。
「ああ、そういうわけじゃなくて」
気持ち食い気味に否定する。
「今日は特に予定もないし、相原が良いなら好きなだけ居てくれていいよ」
「ではお言葉に甘えてお邪魔します。神崎君も立ってないで座ったら?」
相原は自分の隣をポンポンと叩く。隣に座れと?
「とりあえず飲み物用意するよ。お茶でいい?」
コクリと頷いたのを確認して、俺は飲み物を用意する公的な理由で一度その場を離れた。冷蔵庫からお茶を取り出し、俺のとは別で奇跡的にお客様用のコップがあったので注ぐ。
相原ナチュラルに隣に座れって催促してきたよな。まるで自分の家みたいな動きだったから、一瞬俺の家なのかわからなくなりそうだったわ。
飲み物を持って相原の元へと向かい、座れと言われて立っているのもおかしいので、俺はゆっくりと相原の隣に腰を降ろす。一人分の隙間を開けて。
「…………」
「…………」
沈黙。座ったはいいものの、何を話せばいいのかわからない。今まで俺はどうやって相原に話しかけていたのか。
隣に座っているのは学校でも同じなのに、プライベートになるだけで全てが別物に感じてしまう。ここには今俺と相原しかいない。その状況が一層特別感を演出している。
「今日はいい天気だな」
「そうだね……」
「「…………」」
会話終了。いや下手くそか⁉︎
困ったら天気の話とは言うが、ここ室内なんだよなぁ。仮に雨だとしても、まあここは室内だから関係ないよなで終わるし、じゃあなんで天気の話したんだよとなる。あまりに話題がないからってお粗末すぎるぞ俺!
「さっきから思ってたけど」
俺が脳内一人反省会をしていると、相原がポツリ話し始めるので傾聴する。
「神崎君の家って何もないよね」
「ゲームはあるぞ」
「そうだけど、それ以外必要最低限のもの以外が無いって言うか」
「まあ、これから増えるだろ。一人暮らしの家なんてこんなもんだろ」
「そうかな。でも、なんだか怖い」
「怖い?」
「神崎君があえてそうしているような気がして――」
首を振って相原はお茶を手に取って飲む。
「変な話してごめん。忘れて」
「別に気にしねぇよ。何もないのは事実だしな」
「じゃあ今度一緒に何か買いに行かない? 神崎君が嫌じゃなければだけど」
「俺が嫌だって言ったら、例の何でも言うこと聞く券を使うか?」
「使わない。あれはもっと大事な時に使うから。意地悪」
性格の悪いことを言うと、少しお怒りの眼差しを向けられる。
もっと大事な時に使う。するってえともう使い道は決めていると?
「ごめん冗談。いいよ、そのうち行こうか」
大事な時が気になるけど、こちらから聞くのも無粋なので、今は触れないことにした。
「ほんと? 絶対だよ?」
「男に二言はない」
「絶対だよ?」
「俺ってそんな信用ない⁉︎」
行くって言ってるのに全然信じてくれてないじゃん! 八尋は悲しいよ。
「ん?」
相原からの信用度の低さに心を痛めていると、不意に俺のポケットがリズミカルに震える。
震えの主、携帯電話を取り出し、画面に映し出された名前を見て俺の顔が歪む。
「うげ……」
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