第123話 あの日見た偶像(実梨Side)
季節はちょっと過ぎて9月。今日はまゆちゃんの待ちに待った復帰ライブ。
いつものライブハウス。みぃとしての私じゃなくて、ただの実梨として参加するライブ。今日は変装も何もしないで、まゆちゃんの姿を見たかった。
もうすぐライブが始まる。今日も私は後ろから。落ち着いて、しっかりまゆちゃんの姿を見たかった。
隣にはやっくんとみっちゃん。私の大切なお友達。そして、やっくんは私の初恋の人。
ちゃんと2番目でもいいって宣言したのに、やっくんは一向に私を2番目の彼女にするつもりがないようだ。まったく、とんだいけずだ。そこがいいところなんだけど。
やっくん。道に迷った私を助けてくれた、私のヒーロー。
君の横顔を見るだけで、とても愛おしい気持ちになる。でも、君にはとびきり可愛い彼女がいる。羨ましい。やっくんの隣を独占できるなんて。でも、みっちゃんとやっくんの間には、私が立ち入れないような強い絆を感じる。なんかずるい。
だから私は決めた。もしみっちゃんがやっくんを振ったその時はすぐにその空いたポジションに着くのだ。その時を気長に待ち続ける! 好きって気持ちは止められないんだから!
「まさか、また来ることになるとはな」
「私も初めてだから楽しみだなぁ。委員長のライブ!」
「みっちゃん、ここではまゆたんだよ!」
そこは大事なところ。
「う、うん」
ほんとはやっくんと二人で並んでみたかったけど、この二人には返しきれない恩がある。だから今日は特別。
それにやっくんは今度ライブに行くときはみっちゃんも連れて行くと約束していたらしい。みっちゃん……意外と抜け目ない。
ひーくんは相変わらず戦場になっている最前線に飛び込んで行った。
同じまゆちゃん推しとしてはその気持ちは痛いほどわかる。この復帰までの1ヶ月ちょっと、どれだけ悶々していたことか。よくわかるよひーくん。
まゆちゃんとはあの一件以降、なんでも話すようになった。ちゃんと話して、お互いをもっと理解しようとした。好きだからこそ、ちゃんと話してお互いをもっと知った。
私が教えられることは積極的に教えた。歌えなくたって、教えることはできる。
今度はまゆちゃんもちゃんと聞いてくれた。本当に、なんですれ違っちゃったんだろう。今はそう思う。
でもすれ違ってよかったんだ。すれ違ったからこそ、今がある。もっとまゆちゃんを知ることができた。
久しぶりのライブ。前に来た時より、前向きに見れそうだ。
暗くなり、会場のボルテージが上がっていく。私の心臓も高鳴っていく。
お姉ちゃんがアイドルに戻りたくなるようなアイドル。その言葉を確かめてあげようじゃないか。
「みんな! いっくよおおおおおおおおおおお!」
ほどなくしてライブが始まる。
ストームリリィ。通称ストリリ。個性豊かな5人組。だけど、私の視線はいつだって一人にしか向いていない。
センターではなく、一番端っこで頑張っている私の妹。世界で一番、大好きな妹。
この前見た時は、どこか気迫が籠っていたように見えた。だけど、今日は純粋にライブを楽しんでいるように見える。
うんうん。やっぱりライブは自分が楽しまないとね。その楽しいに、周りを巻き込まないとね。
つい先輩面してしまう。もう私は先輩じゃないのにね。
まゆちゃんと目が合うと、彼女は力強い笑みを浮かべた。とても眩しい、格好いい笑顔だ。
『ちゃんと私を見ててね』
口にされなくてもわかった。大丈夫。いつもまゆちゃんしか見てないよ。最初のライブからずっと。
ライブはどんどん進行していく。私は今日も一人にしか目がいかない。
だけど今日は、なんだか会場全体が一人を見ている気がする。
まゆちゃん。担当が違う人でも、今日はまゆちゃんに目を奪われている人が多かった。
彼女の笑顔が、楽しいって感情が、私の体を駆け巡る。
「…………」
心が温かい。体の芯から熱を帯びていく。
「いいなぁ……」
自然と声が漏れた。あのステージ。スポットライトの下。私がかつていた場所。今は立てないあの場所。
やっくんは言っていた。まだ、お前は諦めきれてないんじゃねぇか、と。
わからなかった。ただ、何かしてないといけないような気がした。辞めちゃったら、本当に終わっちゃうような気がしたから。でも、そうだよね。それが諦めてないってことなんだよね。
私の中で小さな炎が揺らめく。これは、アイドルだった私が持っていた炎だ。
そうか、私はやっぱり。
内なる炎はライブが進むごとに熱く燃え上がる。今は小さい。だけど、決して消えることのない炎。
ライブのMCの時間。今日はまゆちゃんの復帰に関するいじりだった。
ストリリは雰囲気がいい。みんな仲良しだ。表だけじゃなくて裏でも仲良しだろう。わざわざ全員で私たちの家までまゆちゃんの様子見にきたくらいだし。
まゆちゃん、みんなにすごい怒られてたもんね。でも、自業自得かな。
「ねぇやっくん……」
「どうした?」
彼は柔らかい表情で答える。それだけで私の心臓が小さく跳ねる。ずるいなぁ。ほんと。
「私、もうちょっと頑張ってみるよ。アイドルに戻るのを諦めるのは、もうちょっと頑張ってからにする」
「……そうか」
短い返事。だけど、やっくんの顔は満足そうだった。
うん。そうだよ。私はまだ諦めない。諦めるのは簡単なんだから。
だけど躓いた時には、ちゃんと私を支えてね? 約束だもんね。
それにこんな楽しそうなライブ見せられたら、希望を持っちゃう。またあのステージに立ちたいって思っちゃうよ。
まゆちゃん。もう君は私なんか追い越したスーパーアイドルだよ。だって、まゆちゃんが言った通り、私はアイドルに戻りたくなってる。
ステージで踊るまゆちゃんの姿が、かつて私がアイドルを目指すきっかけになった人と重なって見えて、思わず頬が緩んだ。
まゆちゃん。君はもう十分輝いているよ。ここにいる誰よりも。私よりも。
正しく前向きに、本気で頑張っている人は誰だって輝く。
私がアイドルになろうと思った、あの人と同じ。
あの日見た
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