第105話 ゲーセン②

 気を取り直してプリクラ。


 初めて撮るからどんなものかわからない。でもなんかもの凄い加工されることだけは知ってる。


「じゃあ男二人は前で」

「へいへい」

「わかった」


 俺と佐伯が前かがみになり、女子は3人後ろに並ぶ。篠宮が器用に後ろから謎のコマンドを入力していく。手つき早。慣れてんなぁ。


「よし撮るよ!」

「初めてのプリクラ楽しみだなぁ!」

「私も久しぶりだから楽しみ」


 女子3人は楽しそうだった。プリクラ。やはり女子にとっては魅力的な機械なのか。正直俺はピンと来ていないけど。


 軽快なナビ音声がカウントを取っていよいよ撮影。フレーム内に入ろうとすると自然と隣と密着する。男と密着って……。


 撮影が終わると、今撮った写真が操作画面に映る。何回かは取り直しができるらしい。


「おいこれ機械バグってんだろ」


 撮影した写真を見て絶句。


「何言ってんのざっきー? 頭おかしくなった?」

「いやだって篠宮以外の女子は元の可愛さ完全に殺されてんじゃん」


 まず目が不自然に大きい。美咲の完璧な可愛さのバランスがそれで壊されている。実梨もそう。この機械は完全おかしい。


 こんなに不自然に目を大きくしてどうすんだよ。あとこのイケメンの隣にいる男誰だよ。俺だよ。でも俺に見えない。


 これが加工の世界。でもイケメンも天使もアイドルも、加工されない方が強いってすげぇな。これが素材の違いか。う、羨ましくなんてないからね。


「どういうことだこらあああああ!!」


 篠宮は後ろから俺の肩を思いっきり揺らしてくる。ああ……脳が震える。


「や、やめろ篠宮!? そう揺らされると、ば、バランスが……!」

「うるさい! 失礼な奴には天誅だ!」


 中腰にしてるからそう揺らされるとうまくバランスが。あ、やべ。


 篠宮に揺すられてバランスを崩した俺はそのまま後ろに倒れこむ。


 篠宮が俺を避ける。いやそこは受け止めろよ!


「八尋君!」

「やっくん!」


 そのまま倒れるかと思ったけど、両サイドの美咲と実梨が俺の腕を掴んでギリギリ踏みとどまる。


 その瞬間、2回目のシャッターが切られた。


 撮影後、モニターに映し出された写真はまあカオスだった。倒れこむ俺。頑張ってそれを支える美咲と実梨。そして横に避けながら笑う篠宮に、ただ一人余裕そうな表情をしている佐伯。


 後ろ側の人口密度高過ぎだろ。


「ふ、ふふ……あはははははははは」


 その写真を見て実梨が笑い声をあげた。


「なにこの写真! やっくん変な顔! ふふ……面白いなぁ!」


 純粋に笑う実梨の姿。なんというか、今までに見たことのない表情だった。


 写真の中の俺はひどく情けない顔をしていた。こんな瞬間切り取らないでくれよ。


 でも人の顔見て笑うなよな。自分でもおかしいとは思うけどさ。


「私、これがいい! この写真がいい!」

「みのりんがいいならこれにしようか……ぷぷ」


 篠宮も肩で笑いをこらえていた。


「まじかよ……撮りなおそうぜ?」


 この顔ずっと残されちゃうの俺? 永久保存されちゃうの俺?


 助けを求めに美咲を見たけど、彼女も後ろを向いて肩を震わせていた。


「だめ! 私はもうこれしか目がないから!」


 俺の抗議は実梨の一言でさようなら。俺以外満場一致でこのふざけた写真に決定した。まあ、思い出としては悪くないか。そうでも思わないとやってられねぇよ。


 印刷されたプリクラのひとかけらを貰う。なるほど、シールになってるのか。お前らわかってるな? 絶対人目につくところだけには貼るなよ? 俺のとんでもない顔が全国デビューとかは勘弁だからな? 頼むぞ。


 プリクラの撮影が終わり、疲れたから少し休むと俺が言えば、篠宮と実梨はまだ遊び足りないと二人用ゲームをやりに行った。佐伯は俺も少しぶらつくかとか言ってどこかに行った。だから今は俺と美咲だけがプリクラ近くのベンチに腰掛ける。


「…………」


 意図せずして二人になってしまった。


 佐伯の奴、去り際に俺の方を見て意味深に微笑みやがった。野郎……変な気を利かせやがって。ありがとな。さりげなくやるところがイケメンなんだよな。ほんとずるいわ。


「あ……うう……」


 美咲は俺の方をチラチラ見ては何か言いたそうにしては口ごもる。


 今更俺たちの間に言い辛いことなんてなにもなかろうに、何を迷っているのか。でも可愛い。


 いやほんとにね。春の屋上でお互いの心根を全てさらけ出したわけだし、もう言えないことなんて何もないわけですよ。それでも口ごもるって……とんでもないことを言いたいのか!? 


「や、八尋君!」

「は、はい!」


 意を決した美咲の声に緊張感が高まる。


「私が二人でプリクラ撮りたいって言ったらどうする!?」

「……ん? なに?」


 なんかいますげぇ可愛い内容が聞こえたような。二人でプリクラとかどうとか。思わず聞き返す。


「だ、だから! 私が二人でプリクラ撮りたいって言ったらどうする!?」


 え、なに? こんな可愛いこと言うかずっと迷ってたってこと? いやいや可愛すぎんだろ俺の天使様はよ!


「ふ……ふふ……」

「なんで笑うの!? 私これでもかなり頑張って誘ってるんだよ!?」

「知ってる。だってさっきからチラチラ俺を見ては唸ってたもんな」

「え!? だったらなんで笑うの!?」

「美咲は可愛いなぁって思ってさ」

「もう! もう!」


 美咲は顔を真っ赤にして俺の腕をぽかぽか殴る。全然痛くない。ご褒美だろこれ。


 そっか。美咲は俺と二人でプリクラを撮りたかったのか。そうかそうか。


 自然と頬が緩んじゃうのは仕方ねぇよな。こんな可愛いこと言われたら仕方ねぇよな。


 俺は美咲の攻撃が収まるのを待ってから立ち上がり、彼女の前に立つ。そして右手を美咲に差し出す。


「どうしたの?」

「プリクラ、二人で撮りたいんだろ? 行こうぜ」

「あ……うん!」


 ぱぁっと笑顔を咲かせた美咲が俺の手を取って立ち上がる。


 そう言えば、あの体育祭以来初めてまともに手を繋いだ気がする。チキンな俺を許してくれ。


 でもさ、今の美咲の笑顔を超えるプリクラなんて絶対撮れねぇと思う。それだけ可愛い笑顔だった。この笑顔こそ写真に収めるべきだったかな。


 そして、二人でプリクラを撮った先では当然、他の奴らによる愛のあるいじりが待っていた。


 ま、これもご愛嬌だよな。


「はぁ……楽しかったぁ……」


 帰り道、実梨は満足そうに腕を上げて背筋を伸ばす。


「よく体力持つな。やっぱアイドルに体力は必要不可欠ってことか」


 俺が休んでる間もずっと篠宮と遊んでいた。篠宮もよく付き合えるなぁとか感心したけど、よく考えればあいつも運動部だから体力はあるんだよな。


 ないのは帰宅部の俺。これはいよいよランニングでも始めるか。と思うだけできっとやらない。それが帰宅部。


「歌いながら踊るのは体力使うからね。だから体力にはちょっと自信あるよ!」


 実梨はそう言ってカバンから飴を取り出して口に放る。以前バイト終わりに舐めていたものと同じ。


「またのど飴かよ。いつまでその習慣続けるんだ?」


 実梨はことあるごとにのど飴を舐めている。最早職業病と言っても過言ではない程に。絶対違うってわかってるけど危険なお薬みたいな依存性でもあんのかと疑う。まあちょこちょこもらってる俺が依存してないから大丈夫だろ。


「どうだろうね。たぶんしばらくは抜けないんじゃないかな? やっくんも舐める? 声を出した後はメンテが大事なんだぜ?」


 実梨は俺に飴を差し出す。たしかにゲーセンでいつもより声を張ったから喉が少し枯れているような気がする。くれるなら貰おうってことで受け取って口に放った。


 あれ? 俺……実梨に勧められたら毎回もらってる。もしかして、これが依存?


 でもさ、


「前もらった時も思ったけど、これかなり喉がすっきりするよな」


 そう、実梨がくれる飴は本当に喉がすっきりするからつい貰っちゃうんだよな。これが依存か。


「これは私が舐めてきた中で一番効果があるやつなんだよ!」

「元プロがおすすめするなら本物なんだろうな」

「だからつい舐めちゃうんだよねぇ」

「なんかわかるわ」


 このすっきり感を味わったら確かに喉が疲れた時に舐めたくなっちゃう。


「おや……やっくんもこれの虜になったか?」

「お前のせいでな。それどこで売ってんの?」


 ここにまた、のど飴に依存する男が一人生まれた。

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