第106話 結奈の冒険①

「みのりんは何かを隠している……」


 授業の休憩時間。おもむろに篠宮が言った。


「その心は?」


 普段ならまたこいつなんか言ってるよ……で流すんだが、ことがことだから耳を傾けてしまう。


 実梨は何かを隠している。佐伯が確信を持って言ったセリフ。


 なんで篠宮が急に言い出したかはともかく、若干気になる話題ではある。


「ふふ……ざっきーもみのりんの話題には興味があるってわけだね。気になる? 気になる?」


 なんかうぜぇなこいつ。いやらしく口元を釣り上げている辺りがなんか癪に障る。


「じゃあいいや。もったいぶられてまで聞きたい話でもねぇし」

「すぐ諦めないでよ!?」

「話したいならさっさと話せよ」

「当たりが強いぞざっきー! 今日はご機嫌斜めか!?」

「そういうのは前でくたばってる委員長に言うんだよ……」


 視線を前に向けると、委員長は机に突っ伏して死んでいる。元気でな。


「あぁ……今日はちょっとやばかったね……」


 今日の委員長は朝からやばかった。挨拶したらすごい睨まれたし。絶対寝不足だと思う。目の下のクマがすごかった。


 普段の穏やかな委員長はどこへやら、今日の委員長のトゲトゲしさが伝わったのか、みんなそっとしておいている。


 さすがに地雷原に裸足で突っ込むやつはいないらしい。お前ら席が近いって理由だけで一発目引いた俺に感謝しろよ? 他の奴に被害が出る前に俺が踏み抜いてやったんだからな?


「ってそんなことよりみのりんだよ!」

「そんなことより……」


 俺が地雷を踏まされたことをそんなことだと。俺は悲しいぞ篠宮。


 あと委員長の扱いもぞんざいにしていることに気づけ。今お前は俺以外のやつも雑に扱ってるんだぞ。


「みのりんのクラスの友達に聞いたんだけどさ。みのりん、毎週決まった曜日だけ放課後すぐにいなくなるんだよ」

「それぐらいべつにいいだろ。実梨だって早く帰りたい日があるってことだろ」

「私もそう思ったんだけど……」


 篠宮がその先の言葉を言い淀み、俺を手招きする。


「その日のみのりんが、やたら辺りを気にしてながらどこかに行ってるという情報を入手したんですよ」


 篠宮は小声で俺にだけ聞こえる声で話す。


「どこ情報だよ……」


 放課後すぐいなくなる奴の情報をどうやったら手に入れるんだよ。ストーカーでもいんのか?


 情報の真偽よりも、まずはそこを疑うべきだろ。


「私はとても気になるわけですよ。そして、そのエックスデーは今日」


 あぁ……なんとなく話の展開が見えてきたわ。そして嫌な予感がする。


「というわけで、みのりんを尾行します!」


 放課後。俺たちは前を歩く実梨を陰ながら尾行していた。


 篠宮の聞いた情報通り、実梨は小刻みに辺りを気にしている。誰がこの情報仕入れたんだよ。


「はぁ……なんで俺まで……」

「はぁ……なんで私まで……」

「ちょっとちょっと、二人とも元気出してよ!」


 曲がり角に身を隠す俺たち。


 わくわくしている篠宮と、テンションの低い俺と美咲。俺だけでは飽き足らず、篠宮は美咲まで巻き込んだ。


 俺と帰ろうとやってきた美咲をそのまま拉致した感じ。篠宮から今日の趣旨を聞かされた美咲のテンションは低い。


 もうさ、そういうのは一人でやってくれよ。俺だけならまあ百歩譲っていいけど美咲は巻き込むなって。


「元気ってさぁ……お前これはさすがに趣味が悪いって」

「そうだよ結奈ちゃん。私もこれはどうかと思うな」

「違う! 私はみのりんが心配なの!」


 俺と美咲の訝しい目に耐えかねた篠宮が弁明する。


「みのりんが何か隠してるとして、もし私が力になれることだったら力になりたいの」

「実梨が相談してくれるまで待てばいいだろ?」

「もう、みのりんがそういう人じゃないってわからないのざっきーは?」


 今度は篠宮がむっとした表情で俺を見る。


 え、この流れで俺が怒られるの? あれれぇ? なんかおかしくね?


「どう見たってみのんりんは一人で抱えこむタイプでしょ! ざっきーだってそうなんだから同族としてそこは理解しないと!」

「同族? 俺が?」

「自覚ないの? ざっきーは一人で抱え込むタイプだよ」

「え、そうなのか……」


 助けを求めて美咲を見れば、美咲は無言でうんうんと頷いていた。


「八尋君にそういうところがあるのは事実だね。そこは直してほしいところかな」

「まじかよ……」


 全然自覚なかったわ。そうか、俺は一人で抱え込むタイプだったのか。


 そういうつもりはないのに、他人に言われて初めて気づくこともあるってわけだ。自分のことって、案外自分じゃ見えねぇんだよな。いつかの俺もまた然り。


 まあ、それはそれとして、


「俺のことは今はいい。仮に実梨が抱えるタイプだとして、お前は実梨が抱えてるものを知ってどうする?」


 バレないように実梨の後ろをつけながら言う。


 実梨はことあるごとに辺りをキョロキョロ確認している。よほど誰かしらに見つかりたくないようだ。


「そりゃみのりんの力になるのさ!」


 どこまでも軽い調子で篠宮は答える。純粋に実梨を心配している。それは俺にもわかる。


 篠宮という女子はそういった優しさを持って周りを見ている人間だ。だからこそ、俺は篠宮に問わねばならない。


「それがお前の抱えらえる範疇を超えたとしてもか?」

「え……?」

「お前じゃ到底力になれないってわかったら、お前はどうするんだ?」

「それは……みのりんの秘密を知らないとなにも言えないじゃん」


 篠宮は眉間にしわを寄せる。自分の行動を否定されていると感じているんだろう。まあその感覚は間違ってない。


「俺が言いたいのはさ篠宮。人の秘密を探ろうとするなら、中途半端はよくねぇってことだよ。やるなら最後までやる。その覚悟がなきゃ、いらねぇおせっかいだぞ?」

「むぅ……ざっきーは私が遊び半分でみのりんの秘密を暴こうとしてると思ってるの?」

「そうじゃないのか意思確認してるんだよ」

「大丈夫だよざっきー。私は友達の悩み相談は投げ出したりしないのさ!」

「ならもうなにも言わねぇよ」


 人の秘密に介入する。ちょっとした悩み程度ならいい。でも、抱える悩みが大きければ大きいほど、それを受け取る側の重さも大きくなっていく。


 自分で受け止められない時、気休めみたいなアドバイスはできるだろう。だけどそれは逃げの一手でしかない。気休めみたいなことを言われた側は、それが適当なアドバイスだってわかるんだよ。記憶喪失の俺がそうだったから。


 中途半端な覚悟で臨んで失敗したら、次に相手の心を開かせるには相当な信頼の積み重ねが必要になる。それが重い悩みであればあるほどだ。それは俺自身がよくわかっている。


 実梨が隠していること。悩みとかじゃなく、誰にも言えない趣味の可能性だってもちろんある。だけど、こうまで周りを警戒しながら行動する理由。それが実梨の誰にもばれたくない悩みであれば、相当重いぞ。


 挑むなら、絶対に逃げ出さない、どこまでも付き合って一緒に悩む覚悟がいるぞ?


 篠宮、本当にわかってるのか?


 知られたくない秘密は大抵重いんだからな。俺がそうなんだから。

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