第107話 結奈の冒険②

「あと俺たち今日はバイトだから時間は限られてるぞ?」


 俺と美咲はこの後バイト。実梨は休み。


「そもそも結奈ちゃん今日部活は大丈夫なの?」

「大丈夫だよみさっち。私は今日病欠ってことにしてるから!」


 こんな元気よく病欠って言う奴初めて見たわ。


「つまりサボリと」

「違うよ! 今日は部活より友達の方を取っただけ。今日はみのりんの方が大事なの!」

「お前、言い訳うまくなったな」

「ちゃんと信じてよ!?」

「大声出すと実梨にバレるぞ」

「はっ……」


 篠宮は慌てて口を塞ぐ。


 道の角からそっとのぞき込めば、実梨はまだ俺たちに気づいてないようだった。


 常に辺りを警戒しながら進んでいる。


 やがてやってきたのは、ここら辺では一番大きい病院だった。


「病院……だね……」

「うん。病院だね」


 篠宮が呟き、美咲が復唱した。


 俺が入院していたところとは違うけど、それでも大きい。地域の総合病院。


 これはいよいよ、重そうな雰囲気が漂ってきたな。


「なあ篠宮……これ以上はやめないか?」


 さすがに病院はな。本能が安易に立ち寄るなと言っている。


「そうだね……ちょっとさすがの私もこれ以上はいけない予感がするよ」

「うんうん。知ってる人が病院に行くところをみるとちょっと不安になるよね!」

「そうなんだよ……ってみのりん!?」


 突然音もなく現れた実梨。俺たちが尾行していたはずのターゲットがすぐ横に。


 篠宮は跳ねるように飛び退いた。そりゃびびるわな。


「実梨ちゃん……どうしてここに?」


 美咲も驚いて目を丸くしている。


「なーんかつけられてるなぁって思って、ここで犯人を拝もうとしたらまさかのやっくんたちだったとは。これは意外だね」


 実梨は余裕そうな表情でニコニコしている。


「ってことはみのりんの用事は病院じゃないってこと?」

「いんや、病院は私の行先だよ。ちなみに行先は精神科です!」

「精神科?」


 篠宮の顔が曇る。反対に実梨の顔はずっと笑顔だ。


「芸能界を急に引退すると色々な憶測やバッシングやトラブルなんかがあるわけですよ。それで私の心に問題がないか定期的に確認しにきてるってわけ!」


 その言葉を聞いてまず浮かんできたのはアルバイト先に襲撃してきたファンもどき事件。気丈に振舞っていたけど、その後の実梨の反応を見るに精神に多大な負荷がかかっていたことだろう。アルバイト辞めるとかいうくらいだし。


 実梨はいつも明るいから全然気にしてなかった。勝手に過去のことだと思っていた。だけど、それは違って彼女はこうして病院でカウンセリングを受けている。


 実梨のことを少しわかった気になっていたけど、それは大間違いだったかもしれない。


「じゃあ、あんなに実梨ちゃんが周りを警戒してたのは?」

「みんなに心配かけたくなかったんだよ。誰かに見つかって噂になるのもやだしね。だから今日見たことは内緒ってことで」


 どこまでも明るい調子で実梨は言う。精神科でメンタルケア。重い話のはずなのに、当の実梨からはまったくと言っていいほど重さを感じない。ただの雑談。あまりに軽く言うからその程度の話に聞こえてしまう。


 実梨は人に見せないところで苦労している。俺たちはその秘密を知ってしまった。


 そのはずなのに……なんだ、この違和感は。


「みのりん……なんかごめん」


 篠宮が目を伏せる。


「私……ちょっと前がかり過ぎたね。ざっきーの言ってたことがちょっとわかったよ」

「篠宮……」

「こんなの私じゃどうにもできないよね。ただみのりんの秘密を知っちゃっただけだ」

「のんのんゆなちゃん!」


 若干落ち込み気味の篠宮の肩を実梨が掴む。


「私を心配してくれたんでしょ? ゆなちゃんは優しいもんね! だから私は嬉しいよ。こんなとこまでついて来るぐらい心配してくれたんでしょ?」

「でも心配しかできないよ。本当は力になりたかったのに」

「それだけで十分力になってるよ」

「みのりん……」

「知られたのがゆなちゃんたちでよかったよ。ゆなちゃんたちなら信頼してるから秘密がバレる心配もないし、その気持ちだけでも充分! それに信頼できる誰かに秘密を共有するだけで少し軽くなるしね!」


 じゃあ、そろそろ診察の時間だからと言って実梨は軽快に病院の中に向かおうとする。


「実梨」


 そんな実梨を呼び止める。


「どうしたのやっくん? まだ私に用かな? まさか愛の告白!?」

「違うわ!?」


 お前な……お前な……隣にはマイエンジェルがいるんだからな。不用意に爆弾宣言するのやめてもらっていいですか?


 ほら、美咲の目がなんか細くなってるし。鋭くなってるし。


「じゃあなんなのさ?」


 なんで告白以外の選択が出てこねぇんだよ。頭の中花畑になってんのか? 


「委員長のこと、お前だってわかってるんだろ?」

「まゆちゃんのこと?」

「俺から見てもかなりやばいぞあれは。家族ならとっくに気づいてるだろ?」

「……もちろん」


 実梨は笑顔を崩さない。


「だったら止めろよ。俺の言葉は届かなかったんだ。なら家族が止めねぇとほんとにぶっ倒れるぞ」


 委員長が何をしてるかはわからない。だけど、あの日の延長線であるならば、ひたすらに自分を磨き続けているだろう。自身の体調を鑑みないでな。


 実梨との確執。それがあるのはわかる。でも何が委員長を掻き立てるのかがわからない。どうして命を削るように頑張るのか。俺にはわからない。


 でも家族なら、実梨なら委員長の頑張りを理解して、その上で止められるかもしれない。


「そうだね。まゆちゃんがこのまま頑張り続けたら、どこかで糸が切れちゃうかもしれないね」

「だったら――」

「やっくんは、私がまゆちゃんを止めてないとでも思う?」

「それは……」

「届かないんだよ。特に私の言葉は。失敗しちゃったから。おっとそろそろ本当に時間だ! じゃあみんなまたね!」


 実梨は話を打ち切るように颯爽と病院へ走って行った。


 その後ろ姿を見つめる。


「ほんと、お前らどんな確執があんだよ……」


 誰にも聞こえないほど小さい声で漏らす。


 ここまで周りを警戒して隠したかったこと。結構重い話だと思っていた。触れられたくないものだと思っていた。


 なのに実梨は終始明るいテンションだった。


 それが、どうにも引っかかった。

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