第104話 ゲーセン①

 記憶にある限りでは人生で2度目のゲームセンター。この前みたいに2階までゲームセンターではないけど、それでも十分広い。ゲーセンってみんなこんなに広いの? 八尋わかんない。


 店内では制服姿に身を包んだ学生が多い。俺たちとは違う制服もあるから、いろんな人たちが集まって来るんだろう。


「わぁ……」


 実梨は目に映るゲーム全てが新鮮に見えるのか、目を輝かせてどんどん先へ進む。カモフラージュ用の眼鏡をかけているとはいえ、目立ちすぎるとバレるんじゃねぇの? まあでもまさかこんなところに芸能界を電撃引退した元アイドルがいるとは誰も思わねぇか。


 はぐれたら実梨がなにするかわからないのでついていく。


「やっくんやっくん。ゲーセンだよゲーセン! うるさいね!」

「楽しそうに文句言うのな」


 たしかにゲーセンはうるさい。常にゲームが稼働していて、さらにその音たちが混ざり合ってよくわからないうるさい音の塊ができあがっている。ウゴゴゴゴゴゴゴゴ。てきな感じ。


 だから話すときはいつもより若干大きめの声で話す。


「すごいすごい! おっきいゲームがいっぱいあるよ!」


 クレーンゲームのガラスに顔を張り付けたり、大きな太鼓のリズムゲームを不思議そうに見たり、シューティングゲームをやっている人をのぞき込んだり、とにかく楽しそうに見て回っていた。


 国民的アイドル。みんながどこか壁を作って崇めているその人は、俺から見ればやっぱりただの普通の女の子だった。確かに見た目は特別感のあるオーラを隠しきれていない。だけど中身はやっぱり同年代だ。少なくとも俺はそう思う。


「みのりんはしゃぎすぎ。ゲームは逃げないよ」

「ゆなちゃんゆなちゃん! 何やろっか?」

「なんでもいいよ! せっかくだしみのりんのやりたいものやってみたら?」

「じゃあやっぱりまずはクレーンゲームかな!」


 実梨はクレーンゲームコーナーで物色を始めて、やがて一つの前で止まった。


 そこには様々な動物のぬいぐるみが雑多に積み上げられていた。サイズ手のひらサイズと小さく、素人目には比較的取りやすく見える。


「やっくん。どうやってやればいいの?」

「ここに100円を入れれば1回できるぞ」

「サンクス! ゆなちゃんはクレーンゲーム得意? コツとかあったら教えてよ!」

「ふふ、任せなさい!」


 篠宮がやり方をレクチャーして、実梨がそれを実践する。クレーンは豚のぬいぐるみに狙いを定めて降下して行ったけど、うまくつかめないで取ることはできなかった。


「ありゃ、ダメだった。もう一回だ!」

「頑張れみのりん! みのりんならできる!」


 ワンモアチャレンジでも取れず、それでも諦めない実梨は何度もトライしていた。


「み、みのりん……頑張るね。お金は大丈夫なの?」


 連コインの数が増えていく度に、元気に応援していた篠宮の顔がだんだんと曇る。


「ゆなちゃん……お金の心配は無用だよ! なんたって私は――」

「みのりんストオオオオオオップ!」


 篠宮が実梨の口を塞ぐ。よくやった篠宮。今のはファインプレーだぞ。


「む、むぐぅ……」

「それはダメだよみのりん。間違えたら騒ぎになっちゃうよ」


 周りには遊んでいる人たちがそれなりにいる。いくらうるさいからって、実梨が自分のことを口走ったらどこで誰の耳に入るかわからない。それで騒ぎになったら最悪だからな。だからよくやったぞ篠宮。


 こいつこの前酷い目に遭ったの忘れたのか?


 実梨は口を押えられたまま首を縦に振ると、篠宮は実梨を解放した。


 実梨はテンションが上がると自制のリミッターが緩くなるみたいだな。覚えとこ。


「いけないいけない。ありがとうゆなちゃん」

「何を言い出すのかと思って焦ったよ。みのりんは有名人なの忘れちゃだめだよ?」

「そうだったね。もう一般人だから忘れてたよ。じゃあ気を取り直していくぞぉ!」


 実梨と篠宮は再びクレーンゲームに向き合う。


「実梨ちゃん。楽しそうだね」


 隣に来た美咲が優しい目で実梨を見ていた。


「バイトやめるって言いだしたときは心配だったけど、もう完全に大丈夫そうだね」

「まあ、ボスのおかげだな」


 隠したまま働くんじゃなくて、それとなく明かして働く。その選択が英断だったんだろう。


 でも美咲はやっぱり天使だなぁ。こうして他の人を心から心配できるのは本当に天使。慈愛の化身。


「私、お父さんに前訊いたんだ。なんで実梨ちゃんを雇ったのかって」

「どうしてそんなことを?」

「だってお店は八尋君が増えた段階で充分回る状況だって言ってたのに、急に実梨ちゃんを雇うって言いだしたから不思議に思って訊いてみたの」

「そうだったのか」


 ボスは俺たちにはただバイトが増えるとだけしか言ってなかった。でも俺たちはそれに対して文句を言う権利はなかったし、人が増えるのは悪いことじゃないから特に文句はなかった。


「で、ボスはなんて言ってたの?」

「うん。迷子の子供は大人として放っておけない。だって」

「迷子の子供……どういう意味だ?」

「それ以上は教えてくれなかったから私にもわからない」


 迷子の子供。ぱっと思い付いたのはいつぞやの生意気な少女だった。道に迷って目から汗を流していた小学生。俺の中の迷子のイメージはそれ。


 今の実梨を見ていても、とてもその姿とは重なりようがない。普通に毎日を楽しそうに過ごしている女の子にしか見えない。


 ボスの目には実梨はどう映っているんだ? なんか引っかかるな。でもわからない。


「俺はその言葉、なんとなくわかるな」


 佐伯がポツリと何かを呟いた。うるさい空間で小声で話すとよく聞こえねぇんだよ。


「なんて言ったんだよ?」

「ん? なんでもないよ。それより、やっと景品が取れたみたいだよ」


 目の前では篠宮と実梨が嬉しそうにハイタッチをしていた。


 実梨の手には豚のぬいぐるみ。おめでとさん。初めて自分でゲットした景品だな。


 その後はみんなでブラブラしながら実梨が気になるゲームをして遊んだ。


 途中、美咲がペンギンのぬいぐるみを凝視していたので、ここは男を見せるところと頑張ってゲットした。


 まあ、ちょっと財布が軽くなったけどこれも必要な経費だから。彼女の笑顔が見られたなら安いもんだろ。もう水族館のぬいぐるみの値段馬鹿にできないかもしれない。


 てかなにあのアーム。持ち上げた瞬間に急に力無くすの卑怯だろ。もっとやる気出せよ。なにがムカつくって最初はやる気全開なところなんだよ。急に手のひら返したみたいにやる気なくなるから余計腹立つ。何回あのアームにペンギンを捨てられたことか。最後は急にやる気になって景品口まで離さなかったからな。だったら最初からやる気出せよ!


 美咲の嬉しそうな笑顔が見れたから許してやってるんだからな? その辺理解しろよ?


「やっぱゲーセン来たらプリクラでしょ!」


 ひとしきり遊んだ後で篠宮が言う。ゲーセン初心者には何がやっぱなのかわかんねぇ。ゲーセン来たらプリクラ取るって定番なの?


「プリクラ! 私撮ったことない!」

「なら尚更撮らないとだね!」

「れっつごー!」


 実梨はよくその高いテンション維持できるよな。俺とかちょっと遊び疲れてるんだけど。太鼓のリズムゲームくっそ疲れるんだが? ゲーセンって結構肉体疲労すんのな。


「佐伯はプリクラよく撮るのか?」

「いや、俺はあまり誰かと遊びに行かないからあんまりだね」

「でも誘われてはいるんだろ?」


 佐伯の笑顔は崩れない。だけど眉だけが僅かに動いた。


 なるほど。どうやらこいつは本当に他の人との遊びは断っているらしい。


「行かないのか? みんなお前と遊びたがっているらしいぞ?」

「俺だって暇じゃないからね。全部が全部遊びに行くわけにもいかないだろ。お金だって無くなるしね」

「じゃあ俺たちは選ばれし者ってわけだ」

「そうだね。俺は神崎の誘いなら断らないよ」

「えぇ……」


 いやちょっと冗談のつもりだったのに、結構マジな回答返ってきて困っちゃうんだけど。


「神崎がどう思っているかは知らないけど、俺は神崎のこと結構本気で気に入ってるから」

「上から目線だなぁ。イケメンの余裕か? ムカつくんだが?」

「俺が神崎を気に入ってるのは、そういうところだよ」

「全然わかんねぇ……」


 美咲……どうやら美咲の言う通り俺はイケメンに気に入られているみたいだぞ? 全然嬉しくねぇ。むしろ怖い。クラスに眠る腐った狩人たちがどんな妄想に花を咲かせるか怖い。だって最近どっちが攻めとか受けとか意味わかんねぇことずっと言ってんだもん。不気味過ぎるだろ。助けて美咲。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る