第12話 小学生と同格の男
「だいたいわかった」
命乞いよりも詳細に状況を伝えると、相原は小さく頷いて少女の方を向く。
「ねえねえ、何してたのかお姉ちゃんに教えてくれないかな?」
相原は膝を曲げて屈み、少女と同じ目線であやすような声で話しかける。
「だいじなものをざかしてるの」
「大事なもの?」
「うん……だいじなもの」
「そっか。それは大変だね。一人で探してたの?」
少女はコクリと頷く。
ちょっと待て俺と話した時と全然態度が軟化しているんですけど。そりゃ相原の天使の微笑みの前では心の壁なんて乾いた砂同然に崩れ落ちるさ。それにしたってさ……こう……もう少し出し渋ってくれないと俺マジで怪しい人みたいになるじゃん。泣いてる少女の横で制服姿の女子に土下座する男子高校生の絵を想像する。うん、これは怪しいやつですわ。
「じゃあお兄ちゃんも探すの手伝っちゃおうかな〜」
信用を得るためには徳を積むしかない。当初の目的でもあったわけだし、ここで俺が怪しい人では無くて素晴らしく優しい頼れるお兄ちゃんであることを示してやろうではないか。
あと相原の前で良い格好したい。
「…………おにいちゃんはいい」
「なんで⁉︎」
「しんようできない」
「だからなんで⁉︎」
「ことばがかるい」
「ぐっ……人って言葉のナイフでも死ぬんだぞ?」
「なにいってるかわからない」
「そうですか……」
小学生にはまだ理解できない言葉だったか。
それにしたって俺に対して当たり強すぎるだろ。小さい子供の純粋な言葉って下手な大人より破壊力あるんだからな。その辺わかってる? 俺のメンタルポイントゴリゴリに削られてるからな?
しかし相原の前で善行ポイントを稼ぎたい思いが言葉として表に出過ぎてしまったのもまた真実。この小学生よく見てやがるぜ。だが、俺も諦めないぞ。
「でも一人で見つからなかったから泣いてたんだろ? 一緒に探せば早く見つかるかもしれないぞ?」
「わたしないてないもん」
いや、泣いてたやん。目の周り赤くなってるやん。
しかし、本人が泣いてないというならそういうことにしよう。俺は高校生だから、小学生とは違ってそういった気遣いもできる。目から涙ではなく汗が出ることも稀によくある。
「お姉ちゃんも手伝うよ?」
「ありがとうおねえちゃん」
「お兄ちゃんと反応違いすぎない?」
「そんなことない」
この世の理不尽を体現する発言だった。そんなことないことないと俺は思います。
「でも、お兄ちゃんもいた方が早く見つかるかもしれないよ?」
「おねえちゃんがいうならいいよ」
「…………ありがとうございます」
手伝わせていただいてありがとうございます。なんで俺がお礼を言っているんだろう。
そんなこんなで泣き止んだ……そもそも泣いていない小学生と共に失せもの探しが始まった。せっかくなのでまずは自己紹介をしようと相原が言うので、俺たちは改めて名乗ることにした。ナチュラルに相原を手伝わせてしまって申し訳ない気持ちがあるが、可愛いが擬人化した相原美咲という名の大天使と一緒に行動できる嬉しい気持ちがあるのも事実。サンキュー小学生。あとは少しだけ敬意を持ってくれよな。
「私は美咲。このお兄ちゃんは八尋くん」
自分に胸を手をあてた後、その手をこちらに向けて俺を紹介する相原。まあそんなことはどうでもよくて、名前で呼ばれたよね俺? よくやった小学生。この八尋くんって呼ばれた声はもう脳内レコーダーで無限リピートできるわ。今夜とかこのボイスをBGMにして寝れるまである。いや、官能的過ぎて逆に寝れないかも。つまり何が言いたいかっていうと、これからも名前で呼んでくれてもいいんですよ相原さん。
「みさきおねえちゃんと、やひろ。わたしはゆいか!」
「ん?」
「ゆいかちゃんって言うんだね!可愛い名前」
「ありがとうみさきおねえちゃん」
いや、なんか普通に会話してるけど、ものすごい違和感があったよね。気にしてるの俺だけなの?そんなことないよね。
「ゆいかちゃん?もう一回俺のこと呼んでくれないかな?」
「やひろ」
「聞き間違いじゃなかったかぁ」
なんで俺だけ呼び捨てなん? あれか、美咲お姉ちゃんは畏敬の対象で俺はそうじゃないと。むしろ小学生と同格ってこと? でっかいだけの小学生扱いなの俺?
「八尋お兄ちゃん、な?」
な、の部分を強調して言う。
舐めた態度を取る子供には早いうちから社会の厳しさを教えるのもまた歳上としてのあるべき姿。そう、これはゆいかちゃんのためでもある。決して俺が小学生と同格に思われて悔しいなんて気持ちはない。ないからね。
「やひろはやひろ」
「じゃあ隣のお姉ちゃんは」
「みさきおねえちゃん」
「俺は?」
「やひろ」
「ぐぬぬ……」
「神崎君はゆいかちゃんに呼び捨てにされてていいなぁ。わたしも美咲でいいんだよ?」
「みさきおねえちゃん」
ああもう俺だけ呼び捨てなのね。わかったよ。じゃあ俺もゆいかって呼ぶもんね。
羨ましそうに相原が言うが君は大きな勘違いをしている。距離感が近いとかそういうもんじゃなくて、単純に下に見られてるだけなんだよなぁ。でも相原が羨ましがるならもうそういうことでもいいかな。
「そういうことにしよう」
自分を無理やり納得させることにして、それ以上考えることをやめた。
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