第13話 それは無しだ

「先にバイト先に電話してもいいか? たぶん間に合わないだろうし」

「そういえば神崎君バイトって言ってたね」

「俺は働く少年だからな」

「忙しいなら私だけでやろうか?」

「馬鹿言うな」


 俺はすぐに否定する。


 相原は善意で言ってくれていることはわかるが、その問いは間違えている。最初に首を突っ込んだのは俺だ。その俺が抜けるなんてのはなしだし、最後まで首を突っ込む気がなければそもそもゆいかに話しかけてすらいない。自分の行動には自分で責任を持つべきだ。


「俺が抜けるのは無しだ」

「やひろはべつにいなくてもいい。おねえちゃんがいればいい」

「そんなぁ!ゆいかさぁん!」


 なんでそんなこと言うのゆいかさん。俺の覚悟をしっかり受け止めてよ。なんか揺らいできたわ。俺本当にいない方がいいのかな。消えろって言われたら消えてもいいような気がしてきた。風前の灯ってやつ?違う?


「二人はもう仲がいいんだね」


 それは違うよ相原。喧嘩するほど仲がいいって言葉は確かにあるけど、俺はゆいかにガチで嫌われていると思うわ。一言一言の言葉のナイフちょっと鋭すぎるもんね。なんで俺こんな嫌われてるの?初対面なのにね。


「とにかく、バイト先に連絡だ」

「あ、先に私電話していい?」

「え、いいけど二人共連絡すれば良くないか?」

「誰かゆいかちゃん見てないと」


 なるほど、これが俺がゆいかに嫌われている原因か。わかったと手を挙げると、相原はいそいそと俺から離れて電話をかけた。相手が凄く気になる。


 どうして俺から離れた? まさか聴かれたくない相手、彼氏か⁉︎ 彼氏なのか⁉︎ それなら他人に、特に異性に聞かれたくないのも至極当然。相原ほどのスーパー美少女に彼氏がいない方が不自然。クラスの男は相原に話しかけられるだけで生きている喜びを噛み締めているやつばかり。そして自分から話しかける奴らも必死に自分を売り込んでいる奴らばかり。ひとクラスを虜にする天使がただのクラスの天使で終わるわけがない。相原は日本の、いや世界の天使である。彼氏がいたら3日は寝込むと思う。八尋君って言ったボイスを聞きながら現実逃避すると思う。まあ本人は何も言ってないんだけどさ。


 その後ゆいかと話してまた失礼なことを言われたような気がするってか言われたけど、そんなことが気にならないくらい電話の相手が気になっていた。


 べつに俺と相原はなんでもない関係なのにな。みんなの天使が誰かの天使になるのが嫌なのかな。おこがましい考えだなまったく。


「ごめんお待たせ! 次は神崎君どうぞ」


 電話の相手誰って聞きたいけど聞けねぇよなぁ。お前何様よってなるよなぁ……はぁ。


 電話帳から呼び出すバイト先の電話番号。発信へタップする指が妙に重かった。


「はい。カフェレストラン雪の岬です」


 数回のコールの後、落ち着いた男の人の声が返ってくる。悟さんだ。その声で俺はスイッチを切り替える。


「お疲れ様です神崎です」

「神崎君、どうかした?」


 電話越しでも相変わらず悟さんの声は耳に優しい。


「ちょっと先生から雑用を押し付けられてしまいまして、バイトに遅れそうです。どれくらい遅れるかの目安も言えなくて」


 ゆいかの失せ物探しがいつまでかかるかわからないしな。


「…………なるほど」


 謎に含みのある言い方に少し尻の穴がキュッとしまる。まさか嘘ついてんのバレてる?もしくはサボろうとしてると思われてる?


「なるべく早く向かえるようにしますので、すいませんけどよろしくお願いします」

「わかった。店のことは気にしなくていいから、頑張ってね」


 悟さん良い人だなぁ。これが終わったらバイト全力で頑張ろ。

 後顧の憂いを無くした俺たちはとうとう本題に入ることにする。


「で、ゆいかはなにを探してるんだ?」

「おねえちゃん」

「…………ほ?」

「…………え?」


 やべぇやべぇ思わず気持ち悪い声出ちゃった。まさか人が出てくるとは思わなかった。なんか無くしたものを探してるのかと思ってたけどそうじゃない感じ? ゆいかが変なこと言うから相原もちょっとなに言ってるかわからないって表情してるじゃん。


「もう一回聞くな。ゆいかは何を探してるんだ?」

「おねえちゃん」

「「お姉ちゃん」」


 あ、ハモった。相原は声も可愛いね。え、お姉ちゃん探してるの?ってことは、


「つまり迷子?」

「おねえちゃんがかってにいなくなったの」

「あくまで自分ではないと」


 その精神、見習いたい。自分ではなくお姉ちゃんが迷子になったと、そう言いたいんですね。


「おねえちゃんとこうえんであそんでたら、ちょうちょがいたの。それをおいかけてたらおねえちゃんがいなくなって、わたしもかえりみちがわからなくなってこまってたの」


 人はそれを迷子と言うんだけどな。妹が勝手にいなくなった挙句に自分が迷子と言われてしまうお姉ちゃん可哀想。ゆいかに虐げられる者同士として仲良くなれそう。


 大事なものとか言って物扱いされてたしな。


 ただ、今のゆいかの言葉の中に重要なヒントがあったな。


「それじゃあ、公園に行けばお姉ちゃんが待ってるかもしれないわけか」

「らんどせるもおいてきたの」


 堂々と言うけど盗まれる可能性とか考えないのか。


 まあ小学生はそこまで考えないか普通。俺が小学低学年の時どうだったかは全くわからないが、少なくとも何も考えてなかったろうな。ついでにゆいかみたいに捻くれてもないと思う。こんな小学生早々いてたまるもんですか。


「だとしたらお姉ちゃん動けないかもね」


 お姉ちゃんの心配もしちゃう優しい相原。でも姉からしたら急に妹が荷物置いて消えるって状況、尋常じゃないくらい焦るのでは?


「とりあえず早く公園に行った方がいいかもな」


 大事になる前に片付けた方がいい気がするし。


「この辺で公園っていったらどこになる?」

「たぶんやすらぎ公園かな。このあたりで公園って言ったらそこしかないと思う」

「なるほど、じゃあまずはそこに行くか。ゆいかがいたのはやすらぎ公園でいいのか?」

「たぶんあってる」

「決まりだな」


 目的地も決まったところで、俺たちは相原に先導される形で歩き出す。

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