第14話 お姉ちゃん

「ゆいかちゃん、はぐれないようにお姉ちゃんと手を繋ごっか」

「うん!」


 相原とゆいかはお互い手を繋いで嬉しそうしている。俺はそれをまるで後ろから見守る親のごとく暖かい眼差しで見つめていた。でも俺もできたらその輪の中に入りたかったり。


「ゆいか、反対の手空いてるけど、俺もちょっと手が寂しかったり?してるんだけど」

「みさきおねえちゃんでまんぞくしてる」

「知ってた」


 二人の周りに見えた花畑の中は男子禁制のようでした。ええわかってましたとも。聞いてみただけです。でも後で相原の手の感触だけでも教えてもらおうかな。


「相原、公園までは歩いてどれくらい?」

「15分もあれば着くんじゃないかな?どうかしたの?」

「いや、ちょっと気になっただけ」


 改めて相原と二人きり……ではなかったけどそれに近い状況がどの程度満喫できるのか知りたかっただけなんです特に意味はありません。公園でお姉ちゃんが待ってなかったらもう少し堪能できるけど、それはそれで色々とまずい気がするのでそこまでは望まない。人の不幸は良いもんじゃないしな。


「ゆいかちゃんは小学生だよね?今何年生なの?」

「にねんせい!」

「二年生なのにしっかりしてて凄いね!」

「ゆいかすごい!やひろもほめるべき」

「すごいすごい」

「……やひろきらい」

「悲しいなぁ」


 はたして、感情をこめて言っていればこの結論から回避できたであろうか。否、八尋も褒めるべきの時点でこの答えまで決まっていたのだ。仮に感嘆の声で褒めたとしよう。返ってくる言葉は八尋嘘くさいからきらい、である。


 これが俺とゆいかの関係ね。おっけー把握してる。


「やひろはもっとかんじょうをこめてほめるべき」

「ゆいかすごい!天才小学生!」

「うそくさいからきらい」

「悲しいなぁ」


 な?言った通りだったろ?


 もうどんな言葉が帰ってくるかだいたい想像できるようになったから。小学生は案外ワンパターンなんだよな。ゆいかは俺の言葉を単純に否定する逆張り少女なのだ。でもまあ美咲お姉ちゃんと話す時みたいに素直になってくれてもいいけどね。いやほんと。


「ゆいかちゃんは神崎君と話す時は楽しそうだね」

「ええ……それは違うんじゃ」


 いじめられているの方が正しいのでは? 小学生にいじめられる高校生って響きがもう情けなさの極み。


「神崎君が気づいてないだけだと思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」


 相原は口を尖らせて言う。


「私もせっかくならもっと仲良くなりたいなぁ」


 俺とゆいかはたしてどこが仲良しなのか。小一時間問い詰めたくなるが、天使様相手にそんなことする勇気は俺にはない。この疑問は俺の中だけにしまっておこう。女子にしかわからない何かがそこにあるのかもしれないし。


「だってさゆいか。お姉ちゃんもっと仲良くなりたいってよ」

「やひろよりはすき」

「はは、俺を基準にしたらゆいかは好きな人だらけになりそうだな」


 まず、俺は下から数えた方が早いわけで、俺を基準にしたころでその好きには何の価値もない。赤点の中で優劣をつけるようなもんだろ。


「そんなことない。やひろはかなりうえ」

「うっそだろおい⁉︎」


 これで上の方なの? 下の方の人はどんな罵倒されるのか逆に気になってきたんだが。ハカセでもぶつけてみるか。息してるのがきらいとか言われたりしたときのハカセの顔を見てみたい。さすがにいつもの真面目な表情が崩れてくれたりしないかな。


 しかし、俺が上なら相原はどうなるのか。


「じゃあお姉ちゃんはどうなんだ?」

「かわいいのごんげ」

「なんだ、わかってんじゃん。相原の可愛さを正しく表現できるのは素晴らしいぞ」

「えっへん」


 天使の魅力に気づくとは、こいつやるな。


 内容は心なしかはぐらかさらて結局どれくらい好きかは分からなかったけど、少なくとも俺よりは上らしい。確かに相原は可愛いの権化だから俺の負けは当然である。相原より俺の方が好きって言う奴がいたらそいつの目が腐ってるだけ。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ」


 相原は頬を赤く染めてチラチラと伺うような視線をこちらに向けては逸らす。可愛い。その恥ずかしそうに揺れる視線すら可愛いって君は気づいてないのかな。


 きっと何人もの男をこれで虜にしているに違いない。俺もそうだし。脳内が可愛いで埋め尽くされてる。今なら鳩にフン落とされても可愛いで許せそう。


「事実しか言ってないからな」

「じじつしかいってない」

「なんでそこは息ぴったりなの⁉︎」


 こと相原の可愛さに関しては俺とゆいかの意見が完全に一致していた。相原の可愛さは世代を超えて理解されるものだと言うことだ。多分その辺のジジイに聞いても同じだと思う。


「なんか相原の可愛さなら世界を平和にできる気がしてきた」


 紛争地帯に相原を放り込んだら絶対戦いが止まる。だって男なら敵より相原に目が行くのは自然の摂理だからな。


「それは言い過ぎだよ……」

「本当にそう思ったんだけどなぁ」


 本人には納得していただけなかった。


 そんな相原の可愛さ談義をしたりゆいかの学校の話を聞いている内に、どうやら目的地の公園にやってきたらしい。


 遠くの空は青からオレンジ色に移り変わりつつあった。


「着いたよ。ここがやすらぎ公園」

「へぇ、確かにちょっとだけ広いな」

「そう、ちょっとだけ広いの」


 入り口を除く公園の周りには緑の木々が生い茂っていて、中には様々な遊具や休憩用のベンチが何個か置かれている。まず、公園の中にトイレがある時点で広い。


 ただ入り口から反対側の出口は見えるのでちょっと広いと表現が適している。身長が高い高校生の俺だからちょっと広いとの評価だが、これが小さな子供であればそこそこ大きな遊び場に感じるのではなかろうか。


「さてはて、待ち人はいるか?」

「いるといいけど」


 祈るような相原の声。優しさの現れ。


 急に妹が消えて公園で待つという選択ができるか。


 俺なら探しに行っちゃうかも。


「あ、あそこ!」

「どこだ?」

「あそこだよ!ほら!」


 ゆいかを連れて公園の中に入ると、相原が何かを見つけたように一点を指さす。その指先を追えば、数あるベンチの中、赤いランドセルの横でソワソワと常に辺りを気にしている制服姿の女子が一人。というかあの制服俺たちと同じ高校のものだし、よく見れば大きなリボンが付いたポニーテールにも見覚えがあるし。


「なあ、あれって」

「結菜ちゃん、だよね」


 その姿、クラスでもうるさい部類に入る女、篠宮結菜その人であった。そういえば、今日帰りのHRが終わった瞬間、用事があると言って爆速で帰っていったことを思い出す。


「いや……そんな偶然ある?」

「そうだよね。そんな偶然『おねえちゃん!』」


 あったわそんな偶然。


 あるわけないと言おうとした相原の手を離れて、ゆいかは当の篠宮へ全力疾走で駆け出す。実は篠宮の奥に誰かいたりしない?世間が狭すぎるように思うんですが。


「ゆいか!」


 そんな俺の期待を裏切り、駆け出したゆいかに気づいた篠宮は勢いよく立ち上がり、我を忘れた勢いでゆいかのところへ向かう。てかあいつ足速っ。伊達に徒競走にエントリーするだけのことあるよ。


「おねえちゃん!」


 ゆいかが勢いそのままに篠宮に抱きつき、彼女はその力のままに一回転して受け止める。なんか今の漫画みたいだった。


 篠宮が速すぎるせいであっという間の合流であった。ドラマとかだとスローモーションになるけど、現実は一瞬でしたわ。感動の余韻とかない。ただ篠宮足速ぇの感想しか出てこなかった。

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