第11話 放課後緊急クエスト

 放課後、バイトに赴かんと少し日差しが和らいだ道を歩く。最近はどのルートを使えば一番効率良くバイト先にたどり着けるかゲームを一人で開催しては小道や裏道を適当に歩いている。この道はここに繋がってるのね、なんて面白い発見があったりして、結構楽しい。バイト前の小さな楽しみってやつ。杉浦さんにこの遊びのことを言ったら、俺もやったことあると言ってたからこれは男子の宿命なのかもしれない。やるよね近道探し。


 そんなこんなで人通りの少ない路地に意気揚々と入ったところでそれは起きた。


「……グスン」


 よし、先ずは状況を確認しよう。人気ない路地。泣きそうに鼻を啜っている少女が一人。周りには俺以外の人はいない。そして俺はバイト先に向かう途中。状況確認終わり。


 ま、無視するわけにもいかんわな。人気がないところに小さな女の子が一人とか、最悪誘拐事件まであるし。


「お嬢ちゃん大丈夫?」

「…………」


 あれ? 近づいて話しかけたものの、チラッと目を向けたと思ったら直ぐに視線を外されたんだが。え? 無視された?


「お嬢ちゃん大丈夫?」

「…………」


 あ、これ本当に無視されてるわ。小学生に無視されるの結構堪えるな。俺、そんなに怪しく見える?


 心は折れかけでも、このままバイトに行くわけにはいかんし……俺も泣きそうになってきた。いっそ俺も大声で泣いて地獄絵図でも作るか。


 それはもう手の打ちようがないのでは?


「お兄ちゃんは怪しい人じゃないよ?」

「あやしいひとはみんなそういうっておねえちゃんがいってた」

「そっかぁ」


 お姉さん教育しっかりされてますね! 小学生に正論を説かれる高校生の姿が悲しすぎて本当に涙が出そうになった。地獄絵図本当に作っちゃおうかな。でも男の子だから泣かない。


「お兄ちゃんのこと怪しく見える?」

「みえる」

「ど、どのへんが?」

「ふんいき?」

「難しい言葉知ってるんだね……」


 ふいんきって言わない辺り本当にしっかりと教育されているようですね。俺にも分けて欲しい。


 目を合わせないまでも会話をしてくれるあたり進歩したと考えていいのかな?


「ここで何してるの?」


 そう問いかけると、少女は自分の状況を思い出したのか、悲しげな顔をして、その目の端からは透明な液体が滴り落ちる。


「…………ぐすっ」


 話しかけたはいいが、まじでこの状況どうすればいいんだ? 話してくれないと何もわからないが、それを強要するわけにもいかない。しかし、今一度冷静になって今の状況を客観的に見てみよう。


 何も言わずにただその場で声を殺して泣く小学生の少女に、その近くでオロオロしている男が一人。


 あれ、俺不審者じゃね? こんな状況誰かに見られでもしたら通報されかねないんだが。事案になっちゃうんだが。


「神崎君?」


 突如後ろからかけられた声にビクッと肩が震え上がる。ひぇっ、誰かに見つかった。お願いします通報しないでください何でもしますから……ん? 今俺の名前を呼ばれたような。


 おそるおそる振り返ると、そこには同じクラスの天使が不思議そうな顔で首を傾げていた。


「あ、相原⁉︎」

「うん、相原です」


 素っ頓狂な声で話しかけてしまうも、相原はいつも通りのエンジェルスマイルで丁寧に返事をしてくれた。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。突然相原に遭遇して驚きつつも喜んでいる自分自身を宥めるんだ。なんで喜んでるかって? 可愛い女の子と話せて喜ばない男がどこにいる。いや落ち着け、素数を数えるか? 数えてみても冷静にはならなかった。


「……ぐすっ……きもちわるいかおしてる」

「…………」


 すっと熱が冷めていくのがわかる。そうか、落ち着きたい時は小学生に言葉の氷水をかけてもらえばいいのか。勉強になった。泣いている小学生に言われるとなお冷めるようだ。俺ももらい泣きしていいかな? 本当に気持ち悪がられるからやめよう。


「神崎君はここで何してるの?」


 それは、お前この状況わかってんのか?の意味でしょうか。ちなみに客観的に見たら通報不可避な状況なことは自分でもわかってる。俺が泣かせたみたいに見えるもんね!

 だったら下手に言い訳せずに取るべき行動は一つ。


「違うんです通報しないでください!」


 格闘技の選手も驚くような速さで、地面に膝と手を着いて頭を下げる。見てろ小学生。これが本気で弁解をする時の情けない男の姿だ。ジャパニーズドゲザってやつ。


「か、神崎君⁉︎」


 ほら、相原もさすがに驚きの声をあげた。いや、引かれているだけかもしれない。いきなりクラスメートに土下座されてみろ、俺でもドン引きするわ。じゃあなんで俺はしたんだ? 衝動って怖いね。


「ちょっと道端で泣いてそうな女の子か居たから心配で話しかけただけなんです! 決して可愛いなぐへへみたいな邪な気持ちはなかったんです。神に誓って!」

「大丈夫、神崎君はそんな人じゃないってわかってるから落ち着いて」


 必死にありのままの事実を告げる俺に、天使は全幅の理解を示す。


 神か、この人は。天使からさらに進化した。というより俺そんなに相原の信用度高かったの? 相原はもう少し人を疑った方がいいと思うよ。いつものクラスでの俺見てる? 篠宮との絡みとかちゃんと見てる?


 ただ、これが他人だったらまじで詰んでたかもしれん。見つかったのが相原でよかった。篠宮だったら知り合いでも容赦なく通報しそう。特に俺とか。まじで汚いものを見る目で通報してきそうだもん。


「天使よ……っ‼︎」


 土下座の姿勢から上を向いた時、俺は今自分がどんな罪を犯したかに気づき、慌てて視線を外した。


 一瞬でも鮮明に焼き付いた景色。下から見上げた時スカートから覗く健康的でハリのある太もも。そしてさらにその奥、全ての男子が気になってやまない神秘の世界。ギリギリ見えるか見えないかのラインで視線がロックされそうになる寸前で回避する。危ない、あと1秒遅かったら内なる獣の意志に従うところだったぜ。人間卒業するところだったわ。


「ま、まあ状況はそんなところです」


 さすがにアングルがまずいので、立ち上がって膝についた砂を払う。そう、俺は人間として正しい判断をしたんだ。天使の神秘を覗こうなどとそんな非人道的なことをでもちょっと見たかったなぁ。欲には抗えなかった今日この頃。

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