第10話 一人増えた昼食
あくる日、学食ではいつも通りハカセがうどんを持って俺の目の前に座る。結局、神崎ホモ疑惑事件の後から、ハカセと毎日昼を共にしている。
それはまあいいとして、今日は普段とは違う奴も付いてきていた。
「隣いい?」
「ダメっていったら諦めるか?」
「ではお言葉に甘えて」
「おん?」
唐揚げ定食を持ってきた佐伯が、意に介さずと隣の席に腰掛ける。こいつ俺の言葉聞いてた? イケメンなら何でも許されるとか思ってねぇだろうな。
「まあいいや。というわけでスペシャルゲストの佐伯君です。拍手」
俺とハカセは感情の一切籠っていない拍手を送る。
「どんだけいて欲しくないんだよ⁉︎ スペシャルゲストとか言って今回きりにさせるつもりだろ」
「その発想はなかった。それ採用」
俺としてはただ適当に言ったつもりだったが、佐伯が言うような解釈もできるわけか。これは今後使えるかもしれないから覚えておこう。
「採用するな……俺は神崎のことをもっと知りたいんだよ」
「む……」
こいつ、よくもまあ恥ずかしいことをいけしゃあしゃあと真顔で言えるな。
「ここで言うのは勝手だけど、お前それクラスでは絶対言うなよ。また神崎ホモ疑惑が出るから」
逆にこっちが恥ずかしくなり、バカっぽい返答になってしまう。ただ、半分は本気。
クラスの連中に、「え、次は佐伯?」みたいな怪奇の視線を向けられたらたまらない。そもそも最初もないんだけどさ。それに最近、極一部の女子の俺とハカセを見る目がもう狩人だもん。どっちが攻めか受けかみたいな謎の会話してたし。禍々しく腐ったオーラがしてマジで怖いんだよな。
と、まあそんな要らぬ誤解をこれ以上生まないためにも、災いの種は早めに潰しておくにこしたことはない。
「お前も苦労してるんだな」
嫌な思い出を呼び起こしたせいで遠い目をしてたからか、佐伯に慰められる。
「お前も、ね……ってことは佐伯も……ああ」
言いかけて、この前変な先輩たちに絡まれていた佐伯の姿を思い出す。
「イケメンも色々と大変なんだな」
「まあ……な」
俺が何の指しているのか察した佐伯は、肩を上げて困ったような笑みを浮かべる。こいつイケメンの部分を否定しなかったような。
「八尋、俺は置いてけぼりか」
普段通り表情筋の死んでいるハカセだが、言葉じりからはどこか疎外感を滲ませている。
さっきから黙々とうどんを食っていたが、話に入りたかったらしい。
「佐伯に聞いたら教えてくれるかもよ」
「教えてくれ佐伯」
「そうだな。あまり謙遜し過ぎても顰蹙を買うから正直に言うけど、俺は他の奴より容姿が良いだろ?」
「やっべ、事実だけど殺意湧いてきた」
握っていた箸を掴む力が強くなる。
「今は抑えてくれ。話が進まない」
犬を躾けるみたいに手で制され、俺は大きく深呼吸をして呼吸を整える。佐伯がイケメンなのは事実ではあるが、それをいざ本人が言うと謎の殺意が湧いてきた。かといって否定されてもお前内心ではそう思ってないだろと殺意が湧くので、結局のところイケメンには殺意が湧くらしい。本気で殺そうとは思わないので、せめて僻むくらいは許して欲しいワン。
俺の呼吸が落ち着いたのを見て、佐伯は話を続ける。
「そうすると、本当に色んな人が話しかけてくる。それ自体はありがたいが、たまに度が過ぎる時があってな。あしらうのが大変なんだよ。そういう人に限って、話を聞いてくれないし」
「贅沢な悩みだ」
ハカセが吐き捨てるように言う。
「かもな」
そんな言葉に、佐伯は自嘲気味に同調するのだった。
「しかし、俺も容姿はそこまで悪くはないと自負しているが、佐伯は別格か」
「ハカセは黙ってれば男前だと思うぞ。黙ってればな」
「なぜ2回言う?」
「大事なことだから」
そう、ハカセは黙っていればそこそこカッコいいのである。ただ恵まれた素材を残念な中身が全てぶち壊している。素材を少しでいいから恵まれていない男にも分けてくださいな。
「なるほど、では黙っていれば佐伯と並べると」
「自惚れるな。それでも佐伯の方が上だ」
「佐伯、それほどまでか……」
ハカセは畏敬の目を佐伯に向ける。
「それ以上はやめてくれ……」
当の本人は恥ずかしさを誤魔化すように、唐揚げを口に運んでいた。自分で言うのはいいけど、他人に褒められまくると照れるのか。よくわかんねぇな。
「佐伯、一ついいか?」
「どうした藤原?」
「佐伯が八尋を気にいるのは構わん。だが最初に八尋に興味を持ったのは俺だ。1番の友達の座は譲らん」
牽制するようにハカセは鋭い視線を佐伯に向ける。
「くだらねぇ張り合いするなよ」
「八尋は俺が1番じゃなくてもいいのか⁉︎」
珍しく表情を崩すハカセ。
「友達に順番なんか付けんわ。そんなのお前らに失礼だろ」
そう言うと、二人は目を点にして一瞬固まり、佐伯もハカセも口角を少し上に上げた。
友達に順番を付けられる程俺は偉くないっての。そんなことは囲いがいっぱいいる佐伯君がすればいいんですよ。
「神崎のそういうところ、俺は好きだな」
「佐伯、そこには同意しよう」
そういうところってなに? あとハカセも何同意してるの?
そんな二人の言葉がなんだかむず痒くて、俺は残った昼飯を黙って掻き込むのだった。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ、今日も食べものへの感謝を忘れないように言葉にする。挨拶も感謝も、しっかりと口に出すのは大事だからな。
時計を見れば、まだ午後の授業までは時間がある。
「そういえば、八尋は今好きな人いるのか?」
「ごふっ!?」
「大丈夫か神崎?」
そういえば、午後の授業ってなんだっけ?みたいなテンションで好きな人が居るかを聞かれたもんだから、飲みかけのお茶がコップの中へおかえりなさいしてしまった。
心配してくれてありがとう佐伯。大丈夫じゃない。
「なんで急にぶっ込んできたんだよ⁉︎」
「今日はその話をしようとしていたのを思い出した」
「思い出しちゃったかぁ」
いや、何を? 俺も言ってて意味がわからなかったけど、混乱のバッドステータスがついていることだけはわかる。頭の中では脳細胞たちが頑張って理解をしようとし、導き出された結論は単純なものだった。ハカセを理解しようとしてはいけない。
真面目に話しをするだけ疲れるだけなのだから、あまり頭を使ってはいけない。脳細胞の無駄遣いだ。
「で、好きな人はいるのか?」
あ、この流れ見たことある。神崎ホモ疑惑事件の時と一緒だ。
「今はいない」
「なるほど、好きな人はいるのか?」
「あれきいてなかった?」
「大事なことは二回言うのだろう?」
「なるほど〜」
たしかにそうだね。大事なことは二回言わないとね!でもそういうのは相手が答える前に言うものなんだよな!
とは言え、俺は今嘘をついた。
「八尋は今好きな人はいないと」
口に出しながら机の下で何かを操作する素振りを見せるハカセ。
「気になる人はいるか?」
「それもいないけど」
俺はまた嘘をついた。
「気になる人もいないと」
「…………ちょっと待て」
「む……」
なーにかおかしいな。机の下を見ながら再び質問をするハカセに違和感を覚える。言葉にし辛いけど何かつっかえてるんだよな。そうか、ハカセが他人の色恋なぞに興味を持つはずがないのだ。まだ接している時間は短いが俺の目は誤魔化せない。この質問には黒幕が潜んでいる。
「誰の命令だ?」
「俺の興味だ」
そっちの方がやべぇよ。命令であってくれよ。俺の興味って何? お前まさか本気で俺のこと狙ってるの? 背中から変な汗出てきた。
「助けて佐伯えもん」
「俺もそんなくだらない会話をしたいな。羨ましいよ」
なんで微笑ましそうに見てるんですか佐伯さん。どこが羨ましそうに見えるんですか佐伯さん? 俺とハカセは言わば水と油。水と油って混ざり合わないの知ってる? 一方的に困ってるよこっちは!
一人だけ高みから見物するなんて問屋が卸さない。お前が傍観を決め込むなら俺はそれをぶっ壊してやる。
「逆に佐伯はどうなんだよ。好きな人は? 彼女いるのか?」
お前が逃げようとするならこっちが聞いてやるぜ!
ハカセにも聞こうとしたけど、わかりきっている答えを聞くもの可哀想だか佐伯に限定した。俺は優しいなぁ。
「まて、八尋。なぜ俺をスルーする」
どうしてそこを拾っちゃうのか。あえて聞かなかったことに気づいていないのかな。
「愚問だろ?」
「なぜ決めつける?」
「え、まじ?」
その感じまさかのまさかがあるのか? たしかに日本の人口は1億人以上いるから、その中からハカセのことを好きになる人が何人かいても理論上はおかしくない。だが、俺の感情がそれを否定している。いやひどいな俺。現実は受けいれるしかないんだ。覚悟を決めろ俺。
「彼女いんの?」
受け入れたくなさ過ぎて声が上擦っちまった。仕方ないね。
「いないが」
「じゃあなんでいるみたいな空気出したんだよ⁉︎ 焦ったわ」
「焦ったのか? まさか八尋は俺のことを」
「断じて違う!そこから離れろ!」
焦り過ぎて大きな声出しちゃったよ。ほら周りの人がなんだなんだの視線を向けてるし。痴話喧嘩じゃないから気にしないでください。
他の人は良いけどお前だけはそのセリフ言っちゃダメってわからないかな! ふざけたこと言ってると腐った狩人に狩られちまうぞ。
「話を戻して、佐伯は好きな人とか気になってる人いるのか?」
こんなにイケメンなら彼女の一人や二人いてもおかしくはない。まあ二人以上いたら人間としてどうかという思いは置いとくとして、佐伯なら俺やハカセと違って自分から行かなくても周りの女が放っておかないだろう。佐伯と話すときの女子はみんな幸せそうだもんな。俺と話すときもそんな顔してくれてもいいんだよ?
「俺もいないよ」
「まじ?」
うっそだろ?
大方の予想を裏切り、佐伯は淡々と告げる。
ハカセに彼女がいるかもしれないと思った時より衝撃なんだが。こんなイケメンでも彼女がいないとか、彼女ができるってめちゃくちゃ難しいことなのでは?俺死ぬまでにできるかな?
「こんなことで嘘ついてどうするんだよ」
爽やかスマイルの佐伯。その言葉、俺に効くわ。昨日の杉浦さんとの彼女談義で俺一瞬見栄張ろうかと思ったもん。
「でも気になる人くらいはいるだろ」
「今一番気になってる人は神崎だよ」
「あ、そこに帰ってくるんですね」
聞いた俺が間違いだったわ。俺男に好かれる素質あったりするんかな。嫌じゃないけどそんなものよりは女の子に好かれる素質が欲しかったわ。
「それだけのことをしてくれたってことだよ」
あれのどこに佐伯がここまで俺を気にいる要素があったのかさっぱりわからん。ただまあ気に入られてしまったのは事実だし、気軽に話せる人が増えるのは悪いことじゃない。ポジティブポジティブ。
「誰から見ても困ってる人なんて、早々いないはずなんだけどな」
「そんなこと言ってると、また出くわすぞ」
「どうだかね」
その時ちょうど午後の予鈴が鳴ったので、俺たちはそそくさと食器を片して教室に戻った。
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