第47話 天使は突然腕を掴む

「……はっ、そろそろ行こっか!」

「仰せのままに」


 顔を上げ、天使様は下界から天界へとお戻りになられたようだ。


 電車に乗り、目的の駅へ向かう。この時間の電車は混んでいないようで、二人とも並んで座れた。


「こっち側の電車に乗るのは久しぶりだな〜」


 向かっている方向はどちらかと言えば開けた街並みから離れていく方向。色々遊ぶ施設に行きたいなら反対方向の電車に乗るのがここでの常識。


「いつぶり?」

「実は中学生以来かも」

「そんなにか。その時はどんな用事で使ってたんだ? 塾とか?」

「ううん。ちょっと友達に会いにね」


 相原は振り返って、電車の車窓から変わりゆく街並みに視線を移す。どこか昔を懐かしむ様に遠くを眺めている。わざわざ電車を使ってまで会いに行く友達ってことは、相原にとっては大事な友達なんだろう。


「そうか。でも高校に入ってからは会いに行かないのか?」

「うん。もう必要なくなったから」

「え…………」


 必要無くなった、そう言った彼女の言葉に最悪の展開を想像する。もしかして聞いちゃいけないことを聞いてしまっただろうか。


「その……悪い。気が利かなくて」

「え? どうして謝るの?」

「だってもう会えないから今は行ってないんだろ?」

「あ、違うよ! 高校生になって同じ高校に通うことになったからもうこっちから行く必要はないの!」


 その言葉に俺は内心肩を撫で下ろす。よかった。そういう理由だったのか。


 いや、待てよ。つまり今相原が電車を使ってまで会いに行っていた仲の良い友達が同じ高校にいるのか。


「ちなみに女友達?」

「男の子だよ」

「なん……だと……」


 もしやと思って聞いてみたが、男友達だと⁉︎


「さっき言った、私を助けてくれた人がその男の子なんだ」

「え⁉︎」


 思わず大声を出してしまった。周りの視線を集めてしまいペコリと頭を下げて謝る。ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまいまして。


「ごめん急に大声出して」

「ううん。私は大丈夫だよ」

「そっか、相原を助けた男が今同じ高校に通っているのか」

「凄い偶然もあるんだなって。だってお互いにどの高校に行こうとか話したことなかったのに、どっちも受験で受かって今は同じ場所にいるんだから」


 相原は楽しそうにその友達のことを語る。


 ……誰だそいつは。ピンチの相原を助けたことは尊敬に値する。が、それとこれとは話が別。俺たちの天使に唾をつけたのは一体どこのどいつなんだ。ええ? ことと次第によっちゃ見守り隊長の俺が直々に人間性を見定めてやるぞ。だから今度名乗り出てくれませんか? 気になってしょうがないんですけど。


「いい友達なんだな」

「うん。大切な友達なの」


 相原にそう語られる友達を羨ましく思う。


 でも同じ学校にいるのか。相原は普段ずっとクラスに居るし、昼飯もクラスの友達と食べていたはず。そんなに大事な友達なら毎日会いに行ってもおかしくないのに、お相手さんも中々シャイボーイだな。


 そうやってがっつかないところが良いところなのかも。相原に群がる男は数知れないし、噂では告白イベントがしょっちゅう発生してるとか。俺まだ一度もそのイベントないんだけど本当にあるのそれ?


「だから今は毎日が楽しい」


 そいつが居るから毎日が楽しい、と受け取るべきなんだよなこれは。


「それは何より」


 人として尊敬はできるけど、やっぱムカつくわその友達。相原が嬉しそうに語る姿。俺はまだ見ぬ相原の友達に嫉妬する。


 だが、相原が幸せそうならそれでいいんだ。好きな人の幸せを願えてこそ男だろ。嫉妬はするとしても、願う気持ちまで塗りつぶされるわけではない。それはそれ、切り分けて考える。


 だって今日は俺が相原を独り占めしているんだからな。


「とにかく今日は楽しもうね!」

「もちろん。今日は俺と相原のデート、だからな」

「ふふ、そうだね」


 電車に揺られながら、俺たちは目的地へと向かう。見慣れない景色から見知った景色へ、俺の地元へと近づきながら。


 水族館は、今住んでいる場所と地元の中間点にある。私、道知ってるから着いてきて、と相原が言うので一歩引いた立ち位置で彼女の後ろを歩く。


 駅から徒歩で数分くらい、赤信号の先には水族館の入り口が見える。


 駅を出た時から思っていたが、どう見ても男女のペアが多い。仲良く手を繋ぐ人、腕まで組んでいる人、まだそこまで進展していなさそうな人。様々なステージの人達が一つの目的地に向かって足を進めている。俺たちも、周りから見ればカップルの様に見えるのだろうか。相原が可愛すぎるせいで、お嬢様とお付きの人みたいな扱いの方がしっくりきそう。


 相変わらず相原は周りから視線を集めているな。自分の隣の人より見てると痛い目見るぞ。俺はさっきその現場を見た。


 信号が青に変わる。周りの人が一斉に動き始めた中、相原だけは入念に左右を見渡していた。


「相原、青だぞ?」

「待って‼︎」


 促して先に行こうとすると、腕を相原に掴まれる。


「あ、相原⁉︎」


 相原からそんな大声が出るとは思っておらず、俺の心臓はバクバクと音を立てる。いやマジでどうした相原。彼女に腕を掴まれていることよりも、彼女の鬼気迫る声の方に意識が行ってしまう。


「ご、ごめん!」


 相原はハッとして掴んだ腕を離す。


「な、なんでもないの! 行こ!」


 さっきまでの警戒はなんだったのか、相原はすたこらと前を歩いて行くので、俺は足速に彼女の後ろを着いていく。休日と言うこともあり、歩けなくなるほどではないが人混みは多い。


 相原はそんなに身長が高い方じゃないから、人混みに飲まれてしまった場合に探すのが困難だ。なまじ初めて来る場所なのでLINEで居場所を伝え合っても探せる自信がない。だから逸れないように俺は相原の後ろにピッタリ着いて歩いた。


 それにしても、先程の相原の様子は明らかにおかしいように思えた。青信号なのに辺りを警戒している。もちろん、いついかなる時でも何が起こるか分からないので警戒するに越したことはないが、他の信号では全く警戒していなかったのに、なぜあそこだけ?


「相原、あそこで何かあったのか?」


 そう言うと、相原はピタッと脚を止める。


「……前に、あそこで事故に遭いかけたんだ」


 少しの沈黙の後、相原は前を向いたまま淡々と告げた。


「だから大丈夫とわかっていても、いつもあそこだけは警戒しちゃう」


 変なこと言ってごめんね、と彼女は再び歩き始めた。その背中を見つめながら、俺は自分の頭を掻く。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。


 余計なことを訊いてしまったか。


 相原がごめんと言う必要はどこにもない。


 いかんいかん、今日は楽しむんだぞ俺。頭を振って感情をリセットする。


「っと、置いてかれちまう」


 相原の背中が小さくなっているので、慌てて後ろを追いかける。相原も考え事でもしてるのか、ずっと振り返らずに先を行っていた。


「事故……か」


 宝くじの1等に当たる確率よりも事故に遭う確率の方が高いらしい。それでも普段生きていればまあ当たらない確率だとは思うが、現実で起こりうる確率ではあるんだろう。案外ピンチを経験してるもんなんだな。俺も相原も。


 そんなことを考えながら、俺は相原の後ろを追った。

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