第21話 天使は気になる

「ざっきーの趣味を教えるんだ!」

「趣味ねぇ……」


 みんなの視線を感じながら改めて考えてみるも、特に趣味と言えるものが浮かんでこない。日々の行動を顧みてみるも、学校、バイト、帰宅、睡眠の流れを繰り返しているだけなことに気づく。初めこそ通学路を覚えるために散歩していたけど、結局学校が始まってからは散歩すらしなくなってたな。ラーメン家の親父元気にしてるかな。そういえば最近行ってねぇな。もうサービスしてくれないかも。


 こう考えると俺には趣味と言えるものがなかった。休みの日でさえバイトか家でゴロゴロしかしていない。あれ、よく考えると俺趣味なくね。でもこの流れで趣味はないわ、とは言いづらいし、この中で一番趣味として言えそうなものは、


「ああ、勉強か」


 この中で自発的に何かをしていると言えばバイトか勉強しかなかった。なんか暇すぎて家で勉強とかするときあったし。俺って真面目。


 ついぞ口から漏れた言葉には誰も反応せず、ただ俺の周りだけが静かな時間が流れる。いやなんか喋れや。俺がつまんねぇこと言ったみたいじゃんか。


「勉強ってウケ狙いにいってたりする? だとしたらすごぉいつまんなかったけど?」


 篠宮はお前なにつまんない冗談言ってるのと言いたげな顔をしているが、俺としてはウケを狙いに行ったつもりはない。日常の中で趣味と言えるものを捻り出しただけ。


「いやさ、改めて俺の生活を振り返ってみると、勉強くらいしか趣味って言えるものがなかったんだよな。あとバイト」

「そんなことないでしょ!? 休みの日とか何してるのさ⁉︎」

「家で一日中ゴロゴロしてる」

「なんで外出ないの⁉︎」

「オソトコワイ」


 そう、お外には危険が危ないことがたくさんあるからね。リスクマネージメントってやつ。


「うそつけ‼︎ 面倒くさいだけでしょ!!」

「なぜバレた……」

「なぜバレないと思ったの……」


 相原もそうだが、女子は名探偵になる素質を多く持っているのか? 俺の嘘を簡単に見破りやがる。


「いやまあ勉強は半分冗談だとしても、趣味って言えるものがないのは本当なんだよな」


 俺もまゆたんのライブ行けば趣味アイドルのライブ鑑賞って言えるかな。趣味にするかはともかく、人生の経験として一回くらいは行ってみたいかも。いつかハカセに連れて行ってもらうか。


「なんか人に言える趣味の一つや二つのあった方がいいのか?」

「そんなことはないと思うけどな」


 横から佐伯が言う。


「俺は無理に趣味なんて作る必要は無いと思う。趣味は作るものじゃなくて、好きなものを追いかけてたら勝手になってるものさ。だから神崎も今直ぐには無くても、そのうち本当に自分の好きなものができたら勝手に趣味になると思うよ」

「イケメンかよ佐伯」


 なんか胸に響いたぞ佐伯。この台詞はイケメンがどうこうでは無く、絶対に言わないであろうハカセが言っても俺の心に入ってきただろう。でもイケメンが言うとより格好良く聞こえるのもまた事実。これがイケメンマジックか。


「神崎は自分が趣味と言えるものがなかったから先に俺たちに振ったんだろ? 今わかったよ」

「そんなことないけどなぁ」

「じゃあそう言うことにしとくよ」


 心の内を見透かされたようで悔しい。


 実を言えばたしかに趣味の話が出た時すでに俺は自分に趣味と言えるものがないと気づいていた。そしてそれを言いたくないと心の奥では思っていたからこそ、先に他のやつに投げて時間を稼いでいたのかもしれない。


 でもまあ、佐伯が言う通り、今が無趣味でも未来はわからない。俺にも好きなもの、やりたいことができるまで気長に無趣味を堪能しよう。逆に考えれば、趣味がある奴はもう無趣味の世界には帰ってこられないのだから、無趣味という何者にも染まらない期間はある意味特別なものなのではなかろうか。


「よし決めた!」


 唐突に篠宮が立ち上がり俺を指さす。え、何を?


「ざっきー、遊びに行こうか!」









「へぇ、今日そんな話してたんだ」


 バイト後の店内。片付けも終え、ボスたちが帰った店内に残っている俺と相原。最近ではバイト後に相原と軽く雑談してから帰るのが日課になっていた。


 話す内容は他愛もないことで、今日何があったとかそんな会話だ。今日もその流れで昼休みの話をしたのだが、途中から相原の表情が陰りを見せ始め、説明が終わった後、このようにどこか不機嫌さを感じる言葉を発せられた。


 さて、俺はどこで地雷を踏んだのでしょうか。教えて佐伯⁉︎ 空気の読めるイケメンはこの場にはいなかった。


「神崎君はどうするの? 行くの?」


 なんかちょっと語気が強いんですけど。学校で見るエンジェル相原と打って変わって怪訝そうに目を細めている。


 これを堕天使相原とでも名付けようか。それはそれで可愛い。だけど今はちょっと怖い。


 いつもは優しい光に照らされている店内が、今日はまるで取り調べ室にでもなったようだ。相原が警察で俺が犯罪者ね。いや法に触れることはしてないけど。


「はい!行きます!」


 早く言って楽になりなよ、と目で訴えられた気がしたので素直に白状した。どうせ答えは昼休みの内に出したから、ここでは事実のみを告げる。


 なぜか丁寧語になっているのは堕天使の特殊効果威圧によるもの。この威圧を前にすると喉を通る言葉が浄化され元気良く丁寧になる。おそらく男限定。


「行くんだ?」

「はい!もう約束してしまったんです!」

「しまったって言うと行きたくないの?」

「いや、それは言葉のあやでして。べつに行きたくないとかそう言うのでは……」

「ふーん、そっか」


 怖いんだけど堕天使様。


 もうすんごい喉乾いてる。ここは砂漠だったか? 天使は環境すら変える力も持っているみたい。


 相原が注いでくれた水を喉に流し込む。美味しい。相原が注いだ、ただそれだけでその辺の水の何倍も美味い。天使の水と命名して売り出してもいいと思うわこれ。


 なんて妄想に逃げたくなるような緊張感。穏やかな相原帰ってきてほんと。

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