第20話 みんなの趣味
「話を戻すぞ。そこで俺はまゆたんに出会った」
「なんか大分端折った気がするんだが」
「あの笑顔、あの視線の動き、全てが洗練されていた。MCもまた、見にきた人を虜にさせる。そして俺は気づいた。まゆたんは俺にとっての光だと」
「ざっきーなんか突っ込んでよ」
呆れた顔で俺に振るな。
「人の趣味は否定できない」
「うっ……そう言われると苦しい」
ハカセが何を好きになろうが自由だし、俺にそれを否定する権利なんてないしな。ハカセが良いならそれでいいんだろう。
とは言え怪しい宗教にでも入信しそうになったら止めるけど、アイドルに盲信するくらいならまあ、許容範囲だよな。俺にとって光とか言うくらい好きになってるのはもはや宗教的と言えなくもないが、そこには目を瞑ろう。好きは人それぞれだ。
「まあ、藤原がアイドルにハマったことは理解できたとして」
「まだ話し足りないんだが」
「神崎は何か趣味とかないのか?」
話したそうにするハカセを無視して、佐伯が強引に話題の矛先を俺に向けた。もうまゆたんの話は聞きたくないってことね。
「突然の話題転換」
「よく考えたら、神崎のことってあまり知らないと思ってさ。ちょっと知りたくなった」
「いいね〜私もざっきーの趣味知りたいかも」
「趣味ねぇ、逆にお前らはどうなんだよ? 人に聞く前にまず自分が語るべきだろ」
名乗らせる前に名乗れ理論を適用して、俺は矛先を変えた。たしかに言われてみれば俺もこいつらが何を好きなのかを全く知らないわけで、先に聞くのもやぶさかではない。さあ、貴様らの趣味を曝け出すがいい。佐伯の趣味がアリの生態観察でも驚かないぞ。
「そうだな。俺はスポーツ観戦かな。休みの日とかよく見てるよ」
「バスケ部だからやっぱりバスケ?」
「一番見てるのはバスケだけど、野球やサッカーも見るよ。プロのスポーツは迫力があってなんでも面白いからな」
「俺もたまに見るからそれはわかる」
プロスポーツはいわゆる一般人ではできないような凄いプレーが当たり前のように行われるから面白い。スポーツ観戦も趣味と言えるなら俺もそうなのか。でも積極的に見ると言うよりは、テレビをつけたらたまたまやっていてそのまま見るパターンが主だからちょっと違うのかもしれない。
「佐伯もプロとか目指してたりするのか?」
自分の好きなスポーツでお金を稼げるってそれはもう夢のような生活だよな。俺の小学生の文集ではいつかプロ野球選手になるって書いてあったから、スポーツをやる者は誰しもプロを目指したくなるものなのだろう。そんなことを書いた記憶はもう全くないし、さらに言えば今は野球すらしてないしな。今の俺はただの帰宅戦士兼アルバイターなり。
「はは、初めはそう思っていた時期もあったけど、今は現実を知ってるからさ。普通に楽しくできればそれでいいかなって思ってるよ」
「なるほどなぁ。じゃあ篠宮は?」
「よくぞ聞いてくれました!」
いやべつに流れの通りに行けば次はお前だよ。篠宮もノリがいいけど根はアホだと思ってる。類は友を呼ぶ、が現実味を帯びて後ろから忍び寄って来ている気がするんだが。つまり認めたくないが俺もアホなのだろうか。もしそうなら佐伯も一緒にアホの沼へ落としてやろう。死なば諸共。
「私はね、ランニングとかスイーツ巡りとか読書とかたくさんあるよ」
えっへんと胸を張るが、そもそもないものは張れないんですよ篠宮さん。たくさん趣味があることは誇れるものなのか俺にはわからないが、好きなことが多いのは羨ましいな。
「篠宮は多趣味なんだな。そんなかで一番好きなのは?」
「そう言われるとスイーツ巡りかな。お店のスイーツが美味しいのは当然だけど、最近はコンビニのスイーツも常に進化してるからね。おかげで食べ過ぎてランニングする羽目になってるよ。まあ走るのは好きだから良いんだけどね」
それランニングは趣味というより必要に迫られているだけなのでは?
スイーツ食べる、太る、ランニングするの流れになっとるやんけ。スイーツの延長線じゃねえか。
「じゃあ読書はなに読んでんの?」
「うーん、漫画?」
なんで疑問系。あと漫画って読書に入るの? これバナナはおやつに入るの? 論争と並んで繰り広げられそうな問題な気がするんだけど。そう考えたらもうこれスイーツ巡りしか趣味として生き残ってない気がするんですが。いや、しかしまあ趣味は人それぞれだし、こいつが趣味と言い張るものを俺が否定する謂れはないよな。
「漫画は読書とは言わん」
「ほぉ、ハカセはそういうタイプですか〜」
そう、俺は否定しないが他の奴が否定しないとは言ってない。ほら、案の定論争が始まりそうな先制攻撃をハカセが仕掛けやがったし、篠宮も好戦的な返しをしている。面倒くさい話になりそうだし、俺は絶対に関与しないから勝手にやってくれ。俺は知らないぞ。ファイ!
「そういうタイプではなく事実だ。お前は読書感想文を漫画で書いたことがあるのか?」
「ぐぬぬ……でも漫画も広い意味では本なんだからそれを読むってことはつまり読書ってことでしょ」
「漫画を読書という奴らはみな同じことを言う。漫画の主体はあくまで絵だ。文字が主役ではないから読書とは言えないだろ」
「そんなことないもんね〜。そもそも絵が主体のものは読書って言わないなんて誰が決めたんですかぁ?」
「ああ言えばこういう……」
「そっちこそ……」
見えない火花が二人の間を飛び交い、ああでもないこうでもないの言い争いが続く。まったく、お前らの争いは不毛だとなぜわからない。漫画は読書に入るか? はたしかに俺も気になるところではあるが、結局は個人の感性に委ねられる話でもある。ハカセが認めたくないのも、篠宮がそう思うのも、お前がそう思うんならそうなんじゃない、以上の答えが無いからどっちも正解なんだよな。
ま、要はどっちが折れるかの戦いってわけだ。面白いからもっとやれ。
「このままでは埒があかん」
「そうだね。なら公平に裁定してもらうしかないよね」
争う者どもの目が一斉に俺を捉える。あれ、なんか嫌な予感するわ。
「八尋、漫画は読書に入らないよな?」
「ざっきー、漫画は読書に入るよね!?」
ひええええ。なんでこうなるの……。俺は関わるつもりなんて微塵もなかったのに奴らがそれを許さない。
縋る想いで佐伯助けての目線を送ってみるものの、返ってきたのは無言の微笑み。何を言われたわけではないけど、俺は知らないの意味が籠められていることだけはわかった。薄情者!
しかし、どちらかの味方をすればどちらかを敵に回すややこしい展開。
「お前ら、自分の信念を他人に委ねるなんてそれでいいのか?」
なればこそ、俺はどちらの味方にもならず、さらに俺に火の粉が降りかからない選択を取るしかない。我ながらよく咄嗟に思いついた。これなら再び勝手にやってくれるはず。さあ2回戦だぞお前ら。
「この際構わん、白黒はっきりつけてやろう」
「いいね。私も同感だよ」
「えぇ……」
嘘だろ。なんでそこは譲ってんだよ。
俺の思惑は水泡に消え、どうやら俺が決めなきゃいけない流れになっている。お前らのさっきまでの意思はどこにいった。
佐伯は完全に部外者を決め込み、今も楽しそうな笑みを浮かべるのみ。
「助けて佐伯」
それでも俺は佐伯に助けを求めた。お前だけ傍観者なんて俺は許さねぇぞ。
「篠宮も藤原も、本題から話が逸れてるよ。今は神崎の趣味を聞いてたんだろ。俺はそっちの方が興味あるけどな?」
「……一理ある」
「……たしかに」
「だ、そうだぞ」
「さ、佐伯……‼︎」
こいつ、一言で場の空気を変えやがった。なんて男だ佐伯悠真。イケメンが隣にいると俺の普通さが際立つじゃんとかちょっと思ってたけど、初めてお前が隣にいて良かったと思った。許さないとか考えてごめん。この昼休みの間だけは崇め奉るわ。
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