第22話 天使は誘われたい

「ちなみに結菜ちゃんは行くとして、他に誰が行くの?」

「佐伯とハカセです」


 相原はなるほど、と眉間に皺を寄せる。そんな表情もまた……じゃなくて。


「あの、相原さん」

「どうしたの改まって?」

「なんでそんな不機嫌なんでしょうか。何か気に障ることを言ってしまったのなら謝りたいのですが……」

「…………え? 私が不機嫌?」


 もうずっとこのままの空気は嫌なので、思い切って不機嫌の理由を直接聞いてみるも、相原はなんのことですか? とまるで自覚がないようにキョトンとしている。


「先程から大分険しい顔をされておりますが」

「…………そんな顔してた?」


 その問いに首を縦に振ると、相原は慌てたように弁解を始めた。


「ち、違うの! べつに怒ってたとかじゃなくてね。自分の中で色々考えてたからちょっと真面目な感じになっちゃったというかなんというか。みんな仲良さそうで羨ましいなとか羨ましくないとか……」


 音楽の最後のフェードアウトみたいにどんどんと声が小さくなっていく。もごもごしているのと早口だったせいか、違うの! から先は何を言ってるのかあまり聞き取れなかった。エンジェルボイスを聞き逃すとは俺の修行もまだまだと言うことか。


 でもこの前言ってくれた八尋君ボイスだけはまだしっかり脳内レコーダーが寝る前に再生してくれている。あの声を思い出すだけで口元がニヤケちゃう。エンジェルボイスは人の脳から幸せ成分を発する効能があるらしい。どうしたらまた八尋君って言ってもらえるかな。ただ名前で呼ばれるだけなのに、名字と違って特別感を覚えるのはなんでだろうな。あぁ、なんか今もエンドレスリピートできそう。


「って聞いてる神崎君!」

「は、はい!」


 八尋君ボイスが勝手に脳内再生されてトリップしたせいで、目の前にいる本物の天使にジト目で訝しがられる。


「とりあえず怒ってないことだけはわかりました」


 不機嫌なのは俺の勘違いみたいでよかったよかった。ただ不機嫌そうに見えたのは事実で、でもそうじゃなかったわけで、女の子の表情から感情を正確に読み取るのは難しいんだな。威圧感とかすげぇあったし。


「じゃあ相原は何を考えてたの?」


 俺の無罪がわかったところで、次に出てくるのは疑問。相原は何を考えていたのか。


 今日の昼休みの会話の中に頭を使う要素などどこにもない。強いて言えば神崎君はつまらない人間なんだねってことぐらい。自分で言ってて心臓が痛くなった。


 まあ相原は天使なのでそんなこと思っていても絶対言わないとは思うけど。でもむしろこれに関しては言ってもらった方がいいのでは。心の中で神崎君つまらない人間だねって思われるのきついんですけど‼︎


 でもつまらない人間なのは事実じゃね? 趣味なんですか? 無いですは普通につまらなくね?


「えっとそれは……って神崎君どうしてそんな渋い顔してるの⁉︎」

「俺、つまらない人間だなってふと思いまして」


 人間、ふとした時に自分を知るものだな。


 佐伯は優しい言葉をかけてくれたけど、ちょっと本気で探してみようかな。いつか見つかると希望を抱いてそのままなんてこともある。杉浦さんだって、大学に入れば彼女できると思ってたけど現実は残酷だって言ってたし。


「神崎君は自分がつまらない人間だと思ってるの?」

「思ってるっていうか、客観的に見てそうかもって思っただけだな。趣味がない人間ってよく考えたらつまらないなって思ってさ」

「神崎君はつまらない人間じゃないよ。神崎君が自分で言ってても、私は絶対そうは思わない」

「お、おう」


 その真っ直ぐな言葉に強い意志が籠められているのは俺でもわかったから、そのストレートさに気圧された。でもまあそう言ってくれるのは嬉しい。嬉しいんだけど、彼女はなぜ確信を持って言えるのか。


「そ、それは嬉しいなぁ」


 疑問は残りつつも、背中の辺りがむず痒くて気恥ずかしいから、ついおどけた返事になってしまった。


「ふふ、今照れてるでしょ」


 そんな俺の心境を完璧に読み取った相原は、確信めいた笑みを浮かべるのであった。


「それで、話を戻すんだけどね」


 相原はわざとらしく咳払いをする。


「相原が何を考えていたのか、だな」

「え、違うよ。神崎君が結菜ちゃんたちと遊びに行く話だよ」

「その話はもう終わったんじゃないのか」

「終わってません!」

「はい! 終わってません!」


 ひぃ、急に机を叩かないでびっくりしちゃう。反射で復唱しちゃったよ。でもそうか、話は終わってなかったのか。勝手に終わらせた気になってすみませんでした。


「どうぞ、相原さん」


 俺はもうこれ以上話すことはないので、話したいことがあるとしたら相原の方だろう。


「神崎君はもうないの?」

「いや、俺は今日はもう話題はないから。もう全部出し切ったから」

「そっか……」


 俺にもっと話せって言われても今日はもう何もない。強いて言えば今日初めてバイトで一緒だった柳さんが杉浦さんと比較にならないくらいしっかりした人だったってことくらいだけど、相原はこの店の娘だからとっくに知ってるだろ。


「本当にない?」


 しかし目の前の相原は俺に何か話をさせたいようで再度確認をされる。首を傾げての上目遣いは破壊力が高い。何もないけど何かを捻り出したくなっちゃう。


「結菜ちゃんたちと遊びに行くんだよね? いつ?」

「一応ゴールデンウィークのどこか1日って話になってるな」

「へぇ、そうなんだ」


 やはり上目遣いで、何か俺から言葉を引き出したいような口ぶりに感じる。いったい相原は俺に何を求めているんだ。


 考えろ神崎八尋。相原から試されているのは女心への理解度。俺に一番足りないものだ。


 相原は相変わらず俺の出方を伺っている様子。


 こういうのは相手の気持ちになって考えるのが答えへの近道。つまり今日の会話を相原目線で考えればいいということ。俺は今から超絶美少女の相原美咲だ。


 ……天使の品位が落ちるからやめよう。下民が天使を騙るとか時代によっては殺されるぞ。


 とにかく、今日話したのは昼休みに趣味の話になったこと。俺が無趣味だってこと。今度篠宮たちと遊びに行くことになったこと。大まかに分類するとそんな感じ。そして相原の顔が曇ったのはみんなで遊びに行こうという話をし始めた辺りだった気がする。仮に俺が友達から他の友達と遊びに行くと言われたらどう思うか。


 なんだ、そういうことか。理解と同時に悪いことをした気になる。俺の理解が正しければ、はたからみた俺はかなり酷いことをしている。さすが自称女心を理解できない男。気がつけばこんな簡単なことだったじゃないか。ならば俺が言うべき言葉はひとつ。


「そうだ、相原も来るか?」

「うん!」


 即答。


 そう言った後の相原の満開の笑顔を見て、俺は自分の答えが正解だったと知る。今にして思えば、自分から行きたいって言いたいけど言い出し辛かったのかもしれない。そんな心にも気がつけない男、神崎八尋です。よろしくお願いします。


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