第23話 天使は褒められたい

 よくぞ来たゴールデンウィーク! つってももう終わり間際のこどもの日。今日は約束の八尋君もっと外に出よう会。ラーメン屋に行くことを彼女は外出と認めないらしい。なんでこの日になったかと言えば、高校生が遊ぶならやっぱこどもの日でしょ、と篠宮が誰にも理解できない謎理論を展開したからだ。まあ、今日はそんな些細なことを気にする俺ではない。


 なぜならば俺は今最高に幸せだからである。


「なんかみんなと私服で会うのって新鮮だね。いつもの制服姿が頭にあるから、なんか新鮮過ぎて逆に緊張しちゃうね」


 相原は身を捩る。ロングスカートも照れ臭そうに彼女と一緒に揺れる。ちなみに俺は服に疎いからこのスカートの種類が全くらわからない。でもそんなことはもうこの際どうでもいい。


 そう、何を隠そう相原美咲という名の天使の外行きの私服姿を拝めたから。下々の民であれば一生拝見することができないかもしれないそのお姿。太陽の光を浴びた彼女は正に天界からの使い。バイト三昧で疲れていた俺の魂が一撃で浄化された。


 バイト先でも相変わらず会っているが、その時の姿はどちらかといえば部屋着のような感じで、Tシャツにズボン時折ジャージと言った動きやすさを重視した装い。しかし今日は明らかに外行きだとわかる格好。どの相原でも可愛いが今日の相原は群を抜いて可愛い。可愛いが具現化した存在。服ですら相原に着ていただいていることを喜んでいるように見える。つまり最高。


「みさっちを見て鼻の下を延ばしている男発見」

「は? 今日の相原見て鼻の下が伸びない男はそれはもう男じゃない。これは礼儀みたいなもんだ」

「え、何真顔で言ってるのキモ……」

「はは、ありがとな!」

「うわぁ……今日は極まってるね……」


 ドン引きしつつ言われた純度100%の悪口でさえも今の俺には効かない。なにせ俺は今最高に気分がいいから。キモい? それ今は褒め言葉だから。


「じゃあ佐伯とハカセは男じゃないんだね」

「おいおい何言ってんだよ」


 そんな男がこの世に存在するのか? 他の人より相原を見てきているであろう俺ですら顔が緩みきっているというのに。今の相原見て反応しないとかそれもう半分修行僧だろ。


「なん……だと?」


 両サイドを見るといつも通り表情筋が死んでいる男と、爽やかなイケメンが居るだけだった。馬鹿な。確かにどちらも鼻の下が延びていない。こいつら隠れ修行僧だったのかよ。


「男でない、を結論とした場合、多数決の原理で言えば鼻の下が延びている八尋が男ではなくなるな」


 不意にハカセが呟き、俺は衝撃を受ける。


「まさか、男ではないのは俺だったのか⁉︎ そんな馬鹿なことが、いやだとしたら俺はなんなんだ⁉︎」


 そんな民主主義的決め方をされると否定材料がない。鼻の下が延びている方が実は男でなかったというトリック。


「それは、色欲に染まりし悲しきモンスターだ」

「俺は、いつの間にか怪物になっていたのか……」


 天使の光に浄化されるのは悪しきモンスター。理に適っている。つまり相原に浄化され続けている俺は高校生になった瞬間からモンスターだったわけか。


「怪物は自分が怪物であるとは気が付かないもの。例え怪物でも、俺は八尋の味方だ」

「ハカセ……」


 こいつ、頭のネジはどこかに捨ててきてるけど、いい奴じゃねぇか。思わずハグしそうになったが、本能がそれを拒否した。そこは譲れないようだ。


「佐伯、男友達の責任としてあいつらを何とかしてよ。ここ教室じゃないんだけど」

「まあ少ししたら満足するよ。それに、俺はあいつらのああいうところも結構気に入ってるからね」

「佐伯も毒されてきてるね」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ」


 ハカセとの漫才はもうちょっとだけ続いた。


 まあ、時間が経てばさすがに冷静さも取り戻す。あ、でもやっぱり自然と目は相原に吸い寄せられる。可愛いの吸引力凄いわ。あの掃除機よりも強く吸い寄せられちゃう。


「……どう……かな?」


 目が合った相原が両手と体をモジモジさせながら言う。可愛いいいいいいい。


 その仕草、その俯きながら答えを待っている表情、狙ってやってるとしか思えない反則的な可愛さ。


 どうっていうのは服のことだよなきっと。辛うじて残っていた理性を使って考えた。


「めちゃめちゃ可愛いです」


 答えなど決まりきっている。本当はもっと相原の可愛さについて論理的な感想を言いたかったんだよ。でも相原に見つめられただけで全ての語彙が吹き飛んだ。たぶんブラジルくらいまで飛んでった。もう可愛い以外で相原を表現する語彙がわからないもん。


「そっか、えへへ……」


 相原は嬉しそうに頬を緩める。


「かわ…………」


 いいという言葉を叫びそうになった。そんなことしたら公共の迷惑になるし、最悪不審者として通報されかねない。


 しかしまあ、こんな幸せを体感したらこの後何か良くないことが起こりそうな予感さえする。仮に幸せと不幸せはプラスマイナスゼロになるのであれば、今日でプラスに振れ過ぎている。これは危険だ。もし車に轢かれてもまだプラスに思えるくらいだし。


「確かに。今日相原さんは誰が見てもわかるくらい輝いてるね。俺も可愛いと思うよ」

「あ、ありがとう佐伯君。今日はちょっと頑張ってみたの」


 佐伯テメェよくそんな歯の浮く様なセリフを平然と言いやがったな。しかもイケメンが言うから相原もさっきよりはっきりした笑顔を向けているではないか。美男美女。それが一瞬二人だけのお似合いな景色に見えた。


 てか相原その服装は頑張った服装なんだ。へぇ。


「ねえねえざっきー私は私は?」


 篠宮もこれ見よがしに一回転して自身の身なりをアピールする。つかアピールする相手間違ってんぞ。そこのイケメンにでも聞いて褒められた方が嬉しいんじゃねぇの? まあいいけどさ。


「ふむ…………」


 目を細めて、篠宮のつま先から頭頂部までを舐め回すように眺める。


「なんか目が嫌らしいんだけど」

「気のせいだろ」


 篠宮が身の危険を感じたのか怪訝そうに胸元を手で隠す。


 ぐへへ、隅々まで見て評価してやるから覚悟しろよ。まあ俺の服のことなんもわかんねぇけど。

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