第24話 どんぐりの背比べ
「ま、篠宮らしい服装なんじゃないか。似合ってると思うぞ」
佐伯の受け売りみたいなことを言ってしまった。
シャツの上からジャケットを羽織り、下は動きやすいハーフパンツ。いつもとは違いポニーテールの上には鍔付きのキャップを被っている。いい言葉が思いつかないが、篠宮っぽい服装なんだよな。
「なんかみさっちの時と違う。安っぽい。感情がこもってない」
「褒めたのに文句言うの酷くない⁉︎ 俺は思ったことをそのまま言っただけだっつの」
「むぅ……私っぽいってなんなのさ」
「さぁ、わかんね」
「ほらぁ!テキトーじゃん!」
「わかんねぇもんはしょうがねぇだろ。なんとなく篠宮っぽいって思ったんだよ」
俺に服の知識があればもっと論理的に説明できるのに。思ったことを言ったのは本当なんだよ! 俺の語彙力が足りないだけなの!
「神崎は、ボーイッシュなところに篠宮っぽさを感じたんじゃないか。篠宮は普段から明るく元気な雰囲気を持ってるから、感覚的にボーイッシュな服装が篠宮に似合ってると思ったんだろう」
「佐伯お前天才か⁉︎ 俺の思っていることをこんな的確に言語化するなんて」
そう、まさにその通り。どこか少年を思わせる服装が篠宮にぴったり。
「髪切ったら篠宮が男って言われても違和感ないんだよな。快活な少年って感じ」
「それはどう言うことかなざっきー? 私の胸が平らだから少年に見えるって言いたいのかな? ええ?」
「ああ言われてみればそういう要素もあったのか。納得した」
だから少年のっぽい服装が似合ってると思ったのか。すげぇ腑に落ちたわ。
「むきぃ! 私だってまだまだ成長期なんだからね! それにみさっちだって私とそんなに変わらないじゃん!」
「え、私⁉︎ 私はないわけじゃ……」
急に振られた相原は油断してたのか、はたまた仲間だと思われたことへの驚きで目を見開く。一度事故で相原の双丘を見てしまった俺から言わせてもらえば、相原も篠宮ほどではないが、何とは言わないがある方ではない。
だから相原が驚いたことに俺は内心驚いていた。
やはりこれは女子にとって重要なポイントなんだろうか。
「そんなこと言う人は直接チェックだ!」
「結菜ちゃん急に近づいてどうしたの…………ってきゃあ!」
篠宮が服の上から相原の胸の形を確かめるように揉みしだき、相原の可愛らし叫び声が響く。
道行く人が何事かと一瞬こっちを見て、ただのじゃれあいだと確認したら気にせず元に戻った。
「ちょ、結菜ちゃん恥ずかし……やぁ……」
「くっ……確かに大きくはないけど私よりはある。大きくはないけど……」
「なんでわざわざそこ繰り返したの⁉︎」
「現実を認めたくない友達に現実を知らしめるため」
「私だって、まだ成長期だし……」
おい篠宮なに羨ましいことしてんだよそこ変われ。
お前が今していることは全男子が憧れていることなんだぞわかってんのか。女子同士の特権を使って相原の聖域に触れるとか神罰が下るぞ。いや、俺も混ざれませんかね。
「不毛な争いだな。一説によると、女子の胸囲の成長は15歳で決まるらしいが?」
羨まけしからんことをした篠宮に鉄槌を下したのはハカセだった。俺が下すまでもなかったなっていうかハカセその情報どこで仕入れてきたんだよ。
相原と、ついでに篠宮もハカセの言葉を聞いて動きが止まった。そして軋む音が聞こえそうなほど、ぎこちなく首を動かしハカセの方を向く。その目からは光が消えている。
「そんなの嘘だよ。ねぇみさっち」
「そうだね。藤原君? 人を傷つける嘘は良くないよ」
相原たちの声は震えていた。
「あくまで一説だ。信じないのであればそれもまた自由。人は見たいものを見て信じたいものを信じる」
まだ16年しか生きてないのに、お前どんだけ達観したセリフ言ってんだよ。社会に揉まれた歴戦の男が言いそうな言葉だよそれ。
「みさっち。私たちまだこれからだよ」
「結菜ちゃん。そうだよねこれからだよね」
二人は互いに見つめ合い、そして次に抱き合う。できることなら挟まれたい。そんな勇気はないけど。
とにかく二人で慰め合ってた。尊い。
小競り合いの仲直りには共通の敵を作ることがいいらしい。今回の場合はハカセがそれになったようだ。
「人の夢と書いて儚いと読む」
「なんでそこで俺を見んだよ? 何も言わないぞ」
「ほお、否定はしないのだな」
「まあな。とりあえず高校卒業する時の篠宮で判断するわ」
篠宮が卒業までにナイスバディになってたらハカセの話は嘘だってことになるし、長い目で検証しようじゃないか。頑張れ篠宮、何を頑張るのかわからないけど、気合いだ。
「おいこらざっきー! とりあえずで人をモルモットにしないでよ!」
「真実の検証には篠宮が丁度いいと思って」
抱きついたまま吠えるな篠宮。というか早く相原から離れろ。そこはお前如きが独占していい場所じゃない。無論、俺のでもないし誰のものでもない。相原美咲が心に決めた人が現れるまで、そこは人類全てに開かれているべきなのだ。嫌われるリスクさえなければ俺も今すぐ抱きつきたいのに、同じ女子の特権を使うとは忌々しい女だ。
「期待してないけど頑張れ」
相原を独占せしめんとする貴様にはこの位の激励がお似合いだ。あとそろそろ相原から離れろ。
「きいいいいいい! みさっちだって同じようなもんなんだからね。いいの?そんなこと言うとみさっちも大きくなんないよ‼︎」
だから勝手に相原を巻き込むな。俺はそんなこと一言も言ってない。いいから早く離れろ。羨ましすぎて発狂するぞ。
「そ、そんな⁉︎ 神崎君……」
「おふ…………⁉︎」
いや、そんな縋るような目で見ないでくださいよ。俺の言葉なんて篠宮のどこかくらい薄っぺらいんだから気にしなくていいんだって。きっと牛丼屋の肉より薄いぜ。それは篠宮に失礼か。
まずい、篠宮はどうでもいいが相原を悲しませるのは気が引ける。まさか篠宮、俺が相原をフォローして自分も助かろうというところまで読んでの巻き込みなのか? どこまで卑劣なんだ貴様は。牛乳無効の呪いをかけてやる。
「そいつの言うことは気にするな相原。お前は篠宮とは違う。安心するんだ」
「なんでみさっちは別なの⁉︎ 私たちそんな大差ないよ⁉︎」
「うぐっ…………」
「目の前の友達に流れ弾あたってるぞ」
「死ぬ時は、いっしょ」
言葉の後ろに真っ黒なハートマークが見えたわ。こいつわかっててやってやがるな。あといい加減離れろ。平野が盆地になるぞ。
俺が相原だけをフォローしたのが裏目に出てしまった。ちくしょう。
「一人でくたばってくれ」
「なんでざっきーみさっちの肩ばっかりもつのズルい!」
そう言われてもなぁ。
そりゃあ、まあ偶然とはいえ相原の双丘を拝んでしまったわけで、大きくはないが決して無いとは言えない現実を知っている。その差としか言いようがない。ごめん相原、寝ても忘れられなかったよ。
「まあ、相原の方があるのは知ってるからなぁ」
「……え?」
「……ほお」
「……へえ」
三者共に揃った反応。
喚いてた篠宮が急に静かになって俺と相原を交互に見る。なんだやっと落ち着いてくれたのかって待て待て俺今何言った⁉︎
あの日のことを思い出してなんかとんでもないこと口滑らせてねぇか⁉︎
やばい、これは早く弁解しないと大変なことになる気がする。
「うっそー。そんなことあるわけないだろ? お前ら冗談にマジ顔するなって」
下手くそか! なにがうっそーだよ。もっと言い方あっただろ俺。しかし言ってしまったからにはこのテンションで行くしかない。
「だ、だよねー。マジトーンで言うから一瞬気づけなかったよ」
流石にそんなことはありえないと思ったのか、篠宮はすんなり納得してくれた。よし、このまま有耶無耶にして乗り切るぞ。
「ね、みさっち」
「あ……あう……」
「みさっち?」
思ってた反応と違い、篠宮から感情が消えた。
ちょおおおおお。そこで赤くなって黙らないで相原ああああああ。俺が冗談でゴリ押そうとしたのにマジっぽい雰囲気醸し出さないで。まあ厳密にはマジなんだけどさ。でもここでバレるのはお互いに良くないじゃん? いや、冷静に考えたら良くないの俺だけじゃね。
「ざっきーその話詳しく聞こうか」
篠宮さん感情を殺した目で俺を見ないで。
佐伯もハカセも助けてくれそう気配はない。佐伯なんかは興味ないふりしてるけど、耳はこっちに集中しているのがわかる。お前ちょっと体傾いてっからな。
「ははは、おいおいお前らいつまでここで話すつもりだよ。今日は遊びに行くんだろ? ならさっさと行こうぜ時間がもったいない。ほらほら」
相原の胸をリアルで見ちゃいましたなんて絶対に言えるかボケ。
やつらに今日の目的を再認識させ、俺は逃げるように颯爽と歩き出した。
「ちょ、待ってよざっきー!話は終わってないよ!」
追い縋る篠宮に、俺は夢で見たと嘘をついてひたすら誤魔化し続けた。不服そうだが、もう俺から情報を聞き出すことはできないと悟り、目的地に着く頃にはもう篠宮から追求されることはなかった。でも俺は変態の烙印が押されたことだろう。致し方ない。
ちなみに相原は口数が少なくなっていた。なんかごめん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます