3章 二人の夏休み
第125話 夏の訪れ(Another View)
夕方。もうすぐ時計は18時を回ろうとしている。
昼間の蒸し暑さと、この時間なのにまだ明るい空に、もう夏なんだと嫌でも思い知らされる。
それは街の掲示板に貼られた夏祭りのチラシでも同じだ。
毎年恒例のお祭り。色々な出店があって、同じ日に近くの川で花火大会もある。
私のとっても思い入れがあるお祭り。お兄ちゃんと行った楽しい思い出が詰まっている。
だと言うのに……そんなチラシを見ても私の心は晴れなかった。
一緒に行きたい人はもういない。ある日突然、私の前からいなくなってしまった。
「……はぁ」
憂鬱な気分になって、ため息が漏れる。
受験を控えた状況での期末テストの点数とか、長く続けてきた部活動の引退とか、ため息が出るイベントはいっぱいあった。
でも違う。私の中にある憂鬱はそれじゃない。
お姉ちゃんが言っていたあの言葉が原因だなんて、考えなくてもわかっている。
お母さんも少し緊張していたし、あの言葉を聞いた私たちの反応は両極端だった。
喜んでそうだったのはお姉ちゃんとお父さん。どうしていいかわからないのは私とお母さん。
直接言葉には出さないけど、お姉ちゃんが相当嬉しそうなのは見てとれた。前も一人だけあの人の味方だったから。久々に帰ってくるのが本当に嬉しいんだろう。私にはその感覚がわからない。
だって……どうしていいかわからないよ。
私はどんな顔をして会えばいいの?
どんな態度で接すればいいの?
答えがわかっていたらこんな悩まなくてもよかったのに、あの日からずっと私はその答えを探し続けている。
「六花ぁ! 置いてくよ!」
遠くで私を呼ぶ声で我に返る。立ち止まっている間に相当離されてしまったらしい。
いけない。今は小春と一緒に帰る途中だったんだ。
「ごめんごめん!」
気持ちを切り替えて小春のところに駆け寄る。
「何見てたの?」
「夏祭りのチラシ。ほら、毎年お盆の時期にやってるあれ」
「あぁ……去年私と行ったやつね。いつもは誘っても拒否してきたのに、去年は一緒に来てくれたもんね。ようやく私の長年の愛が実ったのだ!」
「あはは、そうだね」
「六花はお兄さん大好きっ子だったからねぇ。いつもはお兄さんと行くんだ! ってずっと振られていたから正直びっくり」
およよ、と小春はわざとらしく泣きまねをしてくる。
「それは昔のことだよ」
「まあ、今は大好きなお兄さんが一人暮らし中だもんね。会えない寂しさを私で埋めたんでしょ?」
小春がニヤニヤしながら見てくる。困った。
私がお兄ちゃんを好きなのは事実だけど、この質問はとても回答に困る。
寂しい、とは違う。私は実のところあの人が居なくなってホッとしていた。
あの人と一緒に居たら、私もどうしていいかわからなくなるから。
でもそれを素直に言えない。あの人の事情を私の口からおいそれとは言えないから。それくらいは弁えている。
それに誰かに言ったら認めることになる。もうお兄ちゃんは違う人なんだって。それは嫌だった。
「違うよ。私だっていつまでも子供じゃないってだけ」
だから、私はそれっぽい言葉で誤魔化す。
いつまでも子供じゃない。嘘だ。子供じゃなければとっくのとうに折合はつけられてる。お姉ちゃんみたいに。
私にはそれができない。私の中にいるお兄ちゃんはいつだって一人なんだから。あの人を認めたら、お兄ちゃんがいなくなっちゃうんだから。
「とうとう兄離れですか? 六花も成長していくんだねぇ」
「む、私はいつだって日々成長してるから」
「じゃあ今年の夏まつりも一緒に行く?」
「それは……」
すぐに答えられなかった。
「あれ? 誰かと行く約束してるの? もしかして私に黙って彼氏作ったの!?」
「ち、違うよ!? 彼氏じゃないよ!?」
「じゃあなんだ! お兄さんがいない、彼氏もいない、じゃあ誰と行くんだ!?」
「……帰って来るの」
「へ?」
「……が、帰って来るの」
2回目は、そっと自分に言い聞かせるように言った。
この前、何の気なしに言ったお姉ちゃんの言葉がずっと頭の奥で繰り返される。
『八尋、今年の盆は帰ってくるって』
今年の夏は……あの人が帰ってくる。
私はどんな顔をすればいいんだろうか。
少しずつ暗さを増していく空。私の心もそんな空と一緒で暗くなるばかりだ。
あの人が帰って来る。
お兄ちゃんの顔と声で話す、全くの別人が。
―――――――――――――――――――――
ご無沙汰してます。
やっと書きたい内容が定まったので、ひっそり更新再開します。
本編はGW中に更新再開を予定していますが、
まずは生存報告も兼ねてプロローグだけ置いておきます。
正式な再開まで少々お待ちください。
3章は夏休み編です。
☆でもコメントでも、また応援していただけますと嬉しいです。
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