第126話 歓迎会
夜のバイト先。いつもならバイト後に美咲と雑談をするこの時間。
だけど今日はちょっと別の要件がある。
今日のシフトは杉浦さん、柳さん、そして実梨。本来いないその場所に俺はいる。
要はバイト全員集合。数々の料理が並べられたテーブルをみんなで囲む。
それが意味するところ、つまり。
「中村さん、遅れちゃったけどようこそ僕の店へ」
「ありがとうございます!」
実梨の歓迎会だった。今日の主役は少し照れくさそうに笑う。
うんうん。懐かしいなこの感じ。ボスは新しいバイトが入ると今日みたいにバイトを全員集合させて歓迎会を行う。俺の時も今みたいにやってもらったな。ほんの数か月前なのに随分懐かしく感じる。今日まで流れた時の密度が濃すぎたんだろう。
それもそうだよな。美咲とすったもんだして付き合って、そしたら次は元アイドルと現役アイドルの問題に関わって、そんで1学期がまだ終わってないってんだから。え、ほんとに1学期終わってないの?
どうした俺? 去年とか学校と家の往復しかしてないクソみたいな生活だったからな? 一歩間違えたらニートまっしぐらだったんだぞ? 予備軍だったんだぞ? なのに今年はこんなにも変わるのか……。
でも、俺はそんな自分を顧みて今は真っ当な人間になってるから。将来の穀潰しルートは回避している。
あれ、でも高校生で一人暮らしして親のすねを齧りまくってるこの生活は既に穀潰しなのでは? はは、まあ姉貴と同じルートだしまだ大丈夫だよな。うん……素直に前を見れない。
「さあ、料理はたくさん作ったから好きなだけ食べてね」
テーブルに並ぶのは、から揚げ、エビフライ、サラダ等々ボスお手製の最強料理の数々。店で出すメニューにないものもあり、若者に好きそうなメニューのオンパレード。しかも無料。
ただでさえうまいボスの料理。並べられた料理の全てが魅力的過ぎてどれから食べていいのか迷う。
「八尋君、から揚げは私が作ったんだ」
迷い箸をしないように目だけで料理を吟味していると、隣に座る最愛の天使から素敵なお声がけ。
「なるほど……それは彼氏として一番に食べなくては……」
天使が作ったのであれば、それを一番に食べるのはしもべの責務。この規律を破ろうものなら、天界から浄化の光をお見舞いされて俺の存在はこの世からグッバイ。神崎八尋なる男は歴史から完全に姿を消す。
なんて戯言はさておき、美咲が作ったなら彼氏としてはしっかり堪能しねぇとな。ってことで早速から揚げを摘まんで一口。鶏肉のジューシーな食感が口の中に広がる。
やっぱりうまい。溢れる肉汁が食欲を掻き立て、次へ次へと箸が進む。
「美咲の手料理はやっぱ最高だな」
「えへへ……ありがとう」
はぁ……可愛い。少し顔を赤らめて控えめにはにかむ。それだけで俺を幸せにするんだからこの天使様は最強。神が産み落としただけある。
それに胃袋はとっくに掴まれちゃってる。こんなんもう学食には戻れねぇよ。
最近家で晩御飯食べても、なんか満足できない体になってるし。俺の舌がグルメになってやがる。
だが今後の人生を考えるとそれはあまりよろしくない。美咲の料理以外美味しく食べられない体になるのはさすがにまずい。ここはカップ麺をしっかりうまいと感じられるまでカップ麺生活をして、肥えた舌のリハビリするか? なんか美咲に怒られそうだからやめよう。でも怒られるのもそれはそれであり。
「え? から揚げみっちゃんが作ったの? 私も食べるぞ!」
目の前に座る実梨も美咲のから揚げを口に運んだ。
「お、美味しい! みっちゃん料理うますぎるよ! これから私のお弁当も作って!」
「おいおい実梨。美咲の弁当が食べられるのは彼氏の特権なんだよなぁ」
「じゃあみっちゃん私と付き合おうよ! 幸せにする自信あるよ?」
「は? いくら実梨でもそれは見過ごせねぇぞ?」
彼氏の前で堂々と略奪宣言とはやるじゃねぇか。その喧嘩、買うぜ?
「やっくん……考えてみてほしいんだよ。たしかに彼氏持ちの女子が別の彼氏を作るのは浮気だよ。でも、女の子が彼女を作ったらそれは浮気になると思う?」
「ふむ……」
「女の子同士ならセーフだと思わないかい? なにもやましいことは起こらないんだから」
「女の子同士なら……」
一理ある。
確かに付き合っている男女が、別の異性といい感じになったら浮気を疑われて然るべきだ。
しかし、同性同士なら? 確かに同性であれば間違いは起こらない気がする。いわゆる親友みたいな、そんな感じになるってことだろ。
「一概に否定できないな……」
「そういうことだよやっくん!」
「いやそれは違うよ!?」
納得しかけた俺に美咲から突っ込みが入る。
「そもそも女の子同士で付き合う価値観を私は持ってないよ!?」
「みっちゃんはまだまだですなぁ。時代は進んでいるんだぜ?」
「なら私は取り残されたままでもいいかな……」
「ちぇ……こんなお弁当を毎日食べられるやっくんが羨ましいよ」
文句を言いながら実梨はから揚げを摘まんでいた。うまいよなそれ。
そんな俺たちのやり取りをボスは優しい表情で眺めている。
実梨は元気になった。歌えなくなった自分に絶望し、自身の居場所と生きがいを探していた実梨。
たぶん新しくやりたいことはまだ見つかっていない。
それでも、委員長の言葉と俺のちょっとしたおせっかいで、実梨は再び立ち上がろうとしている。
まあ生きがいになりそうなことの予想はついてる。実梨は気づいてないみたいだけど、前にストリリのライブを一緒にみた時の顔を見れば、かつてライブで歌って踊る実梨の顔を見れば、彼女がアイドルを大好きなことくらい誰でもわかる。
そんなアイドル大好きっ子はまだアイドルを諦めきれていない。だから今も喉のケアを怠らないし、病院にだって通っている。
そうなれば彼女が今度は何を目指そうとするかは簡単に予想できた。今の実梨は前を向いている。だからあとはきっかけだけだ。まあ、そこは委員長がなんとかしてくれるだろ。なあ、まゆたん?
そして委員長はちゃんと体の回復に努めている。実梨との仲も改善し、今では前より仲良くなっているらしい。実梨が言ってた。雨降って地固まる。一度すれ違った二人は元に戻り、絆は前より深まっているみたいだ。
「ここはお前の居場所になったか?」
「うん……今はちゃんとそう思える」
「……そうか」
実梨は嬉しそうに無邪気に笑う。
周りはみんなアイドルだった自分しか見ていないと思っていた実梨。
ただの自分を誰も見ていないと思い込み、居場所を探していた彼女。
「だってやっくんは、私の居場所になってくれるんでしょ?」
「約束だからな」
「うん。約束だもんね!」
彼女とした約束。自分の居場所が見つからないなら、俺が居場所になってやる。たしかに俺はそう言った。
それで実梨が立ち直ろうと思えるなら、安いもんだと思っていた。
でも、俺は気づいた。大事なことに気づいてしまった。これって浮気にならねぇよな……と。
いやさ、居場所になるって言ったけど、彼女に接する距離感と同じではないから! そこはね、ちゃんと俺も線引きしてるわけですよ。だからこれは浮気には該当しないと俺は思う。男女の友情もしっかり成立すると思うんですよ俺は!
しかし俺が言った手前、やっぱり居場所はちょっと距離感近すぎるからさ……とか今更言えねぇ。
しかも実梨は2番目の女でもいいとかいうとんでも宣言をしやがった。
あれは本当に困ったなぁ。俺は一人しか愛せねぇから、早く俺以外の男を見つけてくれ。実梨ならいつでもどこでも男が放っておかないだろうからさ。
「中村さんは、アルバイトを始めた当初より雰囲気がより柔らかくなりましたね。神崎さんのおかげでしょうか?」
実梨の隣に座って静かにボスの手料理を食べていた柳さんが会話に混ざる。
サラサラの長髪を耳にかける仕草。それすら貴賓を感じる佇まい。
物腰が丁寧で、そのお淑やかさはどこか大人の雰囲気を感じさせる。
「どうして俺のおかげになるんですか?」
「なんとなくです。中村さんの神崎さんを見る目がとても優しかったので」
「ほあ!?」
その言葉に実梨が素っ頓狂な声を上げた。
ほあ!? とかとても元アイドルが発する声ではない。
「や、柳さん! そういうこと言うのは禁止です!」
「そうですか。私はとてもいい変化だと思いますよ」
「実梨ちゃん。八尋君はあげないからね。そこだけは譲れないからね」
「いいよ……もらえないなら奪っちゃうもんね!」
「むぅ……」
視線と視線が交錯する。無言の小競り合い。これもまた一種の様式美みたいになってきたな。
美咲の可愛い面がいっぱい飛び出てくるから悪くない。可愛いぞ美咲!
でも前からちょっと思ってたけど、俺のことは人間扱いしてくれてるんだよね? あげるとか奪うとか、子供がおもちゃを取り合うみたいに聞こえるんだわ。
「人が増えてこのお店も随分明るくなりましたね。最近の雰囲気はとても好きです。あとは、そこに座っているゴミさえいなくなれば完璧なんですが」
「……あん?」
穏やかに微笑む柳さん目線の先には、さっきから黙々とボスのごはんを食らう杉浦さんの姿があった。
今日もまた、開戦の狼煙が上がる。
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今日から可能な限り毎日更新再開します。(3章終わりまで)
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基本は予約投稿なので、なるべくご期待に沿えるようにします。
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平日は20時ごろ
休日は8時 or 20時ごろ目安
それでは、3章終わりまでよろしくお願いします。
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