第26話 競争が闘争を呼ぶ

「ざっきー遅いよ! 学割使うから学生証出して!」

「ハカセが俺を離してくれないのが悪い」

「なんだハカセもついてきてたんだ? 帰ったかと思った」


 心に少しモヤが掛かりそうだったけど、篠宮のハカセに対する辛辣な物言いを聞いてそれはどこかに消えて行った。というか篠宮ハカセに対して辛辣過ぎるんだが。


「先程の話を根に持ってるのか?」

「当たり前じゃん!乙女の希望を砕こうとした罪は重い!」

「ふっ小さいな」

「誰が小さいって言ったゴラァ!」


 何が、とは言わない辺りハカセも売られた喧嘩を正面から買っている。ちなみに隠された言葉は器だと思う。そんな二人の間では一触即発の空気が漂い始める。


 二人とも見えない火花をバチバチさせるのは良いけど、時と場所を考えてやろうな。ほら後ろに列できてるからさ。なんかうるせぇなみたいな顔してるしさ。


 不意に後ろの女子グループと目が合ってしまったので、申し訳なさそうに頭を下げたが、なんか舌打ちが聞こえた。いや、マジごめんってそんな俺を睨まないで。俺は悪くないんです。悪いのはそこのアホと馬鹿です。だから舌打ちはほんとやめて。


「藤原たちはまず時と場所を選ぶことを学ぶべきだね」


 佐伯が後ろのグループにすいませんと謝ると、何故か女子グループは何度も頭を下げて佐伯に感謝していた。


 いやおかしくね? なんで君たちそんな幸せそうな顔してるのさ。俺の時はちょっと舌打ちしてたよね。俺ちゃんと聴こえてたからね⁉︎


 つかイケメンは善悪の価値観まで超越させるのかよ。それもうチートじゃん。


「そうだよ結菜ちゃん。早く済ませないと周りの迷惑になるよ」

「学生証が必要なら最初から全員で行けば良かったろ。どんだけ遊びたかったんだよ」

「正論で私を虐めるな!何も言えないじゃん!」


 口を膨らませた篠宮は放って置いて、全員学生証を提示して受付を済ませた。


 今は混んでいるらしく待ち時間が発生するとのこと。受付番号で呼ばれるからそれまでは時間を潰す必要がありそうだ。というわけで俺たちは様々なゲームがあるアミューズメントゾーンで時間を潰すことにした。


「神崎君は何かやりたいゲームあった?」


 みんなでどんなゲームがあるかを散策している途中で相原が訪ねてきた。


「そうだなぁ、こういった所にはあまり来ないから、何がやりたいのか選べない」


 ビデオゲーム、リズムゲームとジャンルを切り取って見ても、数えきれないくらい様々なゲームがある。ここ広すぎね? 俺が想像していたゲームセンターより遥かに広いんだが。


 一階はクレーンゲームやアーケードと呼ばれる種類のゲームに支配されているみたいで、なんと2階もゲームセンターとのこと。そっちはメダルゲームオンリーらしい。そんなかで何が興味ある? と聞かれても正直なところやってみたいゲームは多数あったので選べないのが現状。


「じゃあこれやってみない?」


 相原は目で機械を見やり、手でハンドルを握るポーズをした。


 国民的人気キャラクターが使用されているレースゲームだ。


「ほお、俺と勝負しようというわけか。面白い乗った!」


 どのみち相原に誘われたら断るわけないのだが、あえて挑発に乗るような形を演出する。


「決まりだね。私負けないよ」


 妙に自信満々の相原。


「俺も負けるつもりはないからな」


 たとえ相原でも、勝負であれば手を抜くつもりはない。初見だろうと、複雑な操作がなければ対応は可能なはずだ。


「みさっちやる気満々だね。私も参戦だ!」

「機械は4台しかないけど、藤原はどうする?」


 先客がプレイ中なので、後ろに並んで待機する。


 佐伯の言う通り、ゲームが4台に対してこちらの人数は5人なので、必然的に誰かできないことになる。


「俺はどちらでもいい」

「俺もどっちでもいいけど、じゃあ今回は譲るよ」

「だってよハカセ。どうすんの?」

「では俺がやるとしよう」

「ああ、楽しんでくれ」


 そう言った佐伯の表情が、何か悪巧みをしているように見えたのは気のせいだろう。せっかく自分から身を引いてくれたイケメンを疑うなんてよくないよな。


 程なくして先客のプレイが終わり、次は俺たちの番だ。


 それぞれが席に座り、操作しやすいように席を調整する。戦いの前の静寂。チラリと隣を見ると、相原も自分の席を調整していた。確かめるようにアクセルを踏み込んでいる姿は真剣そのもの。


「せっかくレースするなら罰ゲームでもつけたらどうだ? その方が盛り上がりそうじゃないか?」


 さあ準備完了のタイミングで、唯一蚊帳の外にいる男がとんでもないことをのたまった。


「佐伯いいことを言うじゃん。確かに燃える!」


 一番端の席にいる篠宮が同調した。


 ちなみに席は相原、俺、ハカセ、篠宮の順。


「罰ゲームって、何させる気だよ。俺初心者なんだけど」

「大丈夫だよざっきー。私もこれは初めてだから条件は一緒だよ」

「相原とハカセはどうなんだ?罰ゲーム付けるか?」

「私は付けてもいいかな。その方が結菜ちゃんが言う通りやる気が出るし」

「俺も異論はない」


 二人の言葉にそうかと空返事を返す。


 ハカセはともかく相原も意外と好戦的な部分があるんだな。しかし罰ゲームか。


「神崎君は罰ゲームは嫌?本当に嫌なら無理しなくていいんだよ?」


 歯切れの悪かった俺を心配してくれるとかマジ天使。


「八尋は負けるのが怖いのか」

「ああん? もっぺん言ってみろ眼鏡」


 煽られた気がしたのでチンピラの如く下から睨み返す。誰が負けるのが怖いって?


「負けるのが怖いから乗り気ではないんだろ? 俺は自分が負ける姿など想像できん。だから何だって受けて立つ」

「おいおい誰が怖がってるって?」

「違うのか? だいたい負ける確率は25%だ。いや、すでに心が負けている奴がいる分俺の負けは0%だがな」

「…………いい度胸じゃねぇか。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやるよ」

「ふっ、それでこそ八尋だ」

「神崎君…………」

「ざっきーちょろすぎ」


 ここまで煽られてそれでも罰ゲームはなしにしようとか男じゃねぇ。なんかため息が聞こえたけどどうでもいい。もうこの煽りクソ眼鏡を絶対ギャフンと言わせなければ俺の気がおさまらないんだよ。


 かくしてここに仁義なき罰ゲームをかけたレースが幕を開けるのだった。

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